この人、佐野研二郎、小保方、佐村河内、野々村元議員と同じ匂いがする

今日はちょっと毛色の違う話です。栗城史多という自称登山家がまたもエベレスト登頂断念。もう5度目なのかな?

単独・無酸素登頂と言い張っているけど、非常に怪しい。その断念の理由が「強風と深い雪のため」だそうな。

「強風」、「深い雪」?って知らなかったの?と思ってしまいます。わざわざ夏ではなくそれよりも条件の厳しい秋に登頂に挑戦し、断念して下山。まだ一度も成功していないのに何で条件の悪い時に登るわけ?しかも前回の登頂失敗のときに両手の指が凍傷になり切断している。自分で勝手にハードルを上げて、やっぱり失敗。

ここで一句

「冒険家失敗すればただの無謀」

この人、何か勘違いしている気がする。できもしないことをできると言って、いろいろな言い訳を言って、結局できない。嘘で固める。自分を大きく見せることだけには必死。佐野研二郎、小保方、佐村河内、野々村と同じ匂いを感じるのは私だけでしょうか?この人の所属している吉本ももう少し考えた方がいい。スポンサーになっているいくつかの企業も考えた方がいい。

もちろん、挑戦することが悪いことではないです。でも無謀なことを敢えてやって、それを「挑戦」とは言わないのではないかと思います。この人のやっていることを勉強に例えるなら、普通の高校生がノー勉(全く勉強せず)で東大に合格することに挑戦する、といったところでしょうか。生まれつきの天才ならまだしも、普通の高校生がこんな挑戦をしたら、ただの笑いもの。受験しようとしたが断念。その理由は「ノー勉で合格を目指す中、センター試験で大した点数が取れず、今後さらに難しい問題が出題されるので、これ以上点数が取れないことを考え、悔しいですが受験断念を決意しました。」

という感じですね。最初からわかっているだろ?と誰もが思います。そんなレベルです、この人。「強い風」も「深い雪」があることも百も承知のはずで、それを断念の理由としているのが信じられない。

しかも、単独無酸素登頂と自分では言っているけれど、実は誰かが一緒に登っている気配もあり、この人の言っている単独無酸素は登山家の中では「単独無酸素」とは認められないようです。

たぶんこの人は各地でまた、講演をしてお金を稼ぐのでしょうが、成功もしていないのに、この人の話を聞きたい人がいるのでしょうか?

佐村河内と同様にこの人もNHKに出たようですが、NHKもいい加減ですね。

前回の登頂断念後の雑誌か何かのインタビューでこの人はこのようなことを言っています。

「僕が毎回この時期にエベレストを登るのは、気象条件の厳しい秋に無酸素で単独登頂した登山家がいないからです。ジェットストリームが出る可能性も織り込み済みでした。最悪の環境に身を置くからこそ、生身のエベレストを体感できる。皆にはいつも『あいつはバカだ』とか『無謀過ぎる』とか散々言われるけれど、その言葉で発奮している面もあります」

発奮するのはいいけど、結局できない。厳しい条件は織り込み済みだけど、やっぱり厳しい条件に負けて撤退。

最悪の環境に身を置くからこそ、生身のエベレストを体感できる、とカッコいいことは言うけど、体感しただけで何も得られず断念。その繰り返し。何回体感だけするんでしょうか?

まずは良い気象条件でやってみて、成功したら厳しい条件にしたらどうですか?そうしたら、登頂できなかった時の言い訳が見つからないか。最初から言い訳を用意している気がしてならないですね。

もうマスコミもいい加減ほっといた方がいいと思います。

栗城史多さん エベレスト再アタックも登頂断念「強風と深い雪のため」

スポニチアネックス 10月8日(木)8時45分配信

 世界7大陸最高峰制覇を目指す登山家の栗城史多さん(くりき・のぶかず=33)が8日、秋季エベレスト(8848メートル)への単独・無酸素登頂を断念した。先月27日にも挑戦していたが断念、今月7日夜から登頂を目指し再アタックしていた。

 栗城さんは自身のFacebookを8日朝に更新。「全力を尽くして登ってきました。しかし強風と深い雪のため、これ以上進むと生きて戻れないと判断しました」と今回も登頂を諦めたことを報告。「無酸素で登る中、今後さらに強くなる風と最終キャンプに戻るまでのタイムリミットを考えて、3:35(日本6:50)に悔しいですが8150m付近で下山を決めました」と苦渋の決断となったことを明かした。

 先月27日に登頂を目指した際は「ラッセル(深い雪をかきわけて進むこと)で長い時間が掛かり、このまま進むと生きて戻ることができないと判断して、悔しいですが下山を決めて最終キャンプまで戻ってきました」と一度は下山。今月2日に再度ベースキャンプを出発し、8日午前から午後3時頃の登頂を目指していた。4月に発生したネパール大地震後、エベレストに挑戦するのは世界初で、挑戦の模様はインターネット中継される予定となっていた。

 栗城さんは2012年10月に4度目の挑戦を行ったが、8070メートル地点で強風のため登頂を断念。下山途中に両手、両足、鼻が重度の凍傷となり、両手の指9本を失った。リハビリとトレーニングを続け昨年、世界12位高峰ブロード・ピーク(8047メートル)の単独無酸素登頂に成功し、復帰を果たした。その後も富士山や標高6000メートルに設定した低酸素室でトレーニングを重ねてきた。

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