鉄と酸化ストレス

フェリチン高値の場合、炎症と関連がある場合も多いと考えている人も多いと思います。フェリチンが高いことと病気のリスクとの関連があるというと、原因と結果が逆であり、病気だから炎症などがあり、フェリチンが高値になっているという主張をします。もちろんそのような側面もあります。そこがフェリチンのややこしさでもあり、不明確な部分でもあります。

フェリチン高値と病気のリスクの研究を行っている人は、炎症のことはもちろん知っていて論文の中で言及し、炎症を調整したり、炎症とは関連していない鉄のマーカーも用いて病気のリスクを分析してます。ただ、通常の診療で手軽に測定できる一般的なマーカーではないもの(例えばトランスフェリンレセプターの測定キットは1個で10万円以上だったと思います。)もあり、普通の人は知らない場合も少なくありません。そのような鉄のマーカーで、鉄が多いことと病気のリスクの関連はいくつも出ています。要は体内の鉄の量と病気の関連を示しているのです。そのマーカーとしてお手軽なフェリチンを代表として使っているに過ぎません。

また、炎症のない状態で鉄がいっぱいあるフェリチン高値は安全であると思っている人もいます。しかし、炎症があろうがなかろうが、フェリチンが高くなった時点ですでに細胞死が起きており、その細胞のフェリチンが鉄をバラまいて血中に出てきます。自然な細胞死でも炎症による細胞死でもフェリチンは鉄をバラまいてきており、血中に出てきたフェリチンの中にはすでに鉄は残っていません。フェリチンが高いということはその分バラまかれた鉄が多いことを表しています。その鉄は 非トランスフェリン結合鉄(NTBI)になってしまいます。炎症もないのに鉄がたっぷりでフェリチンが高値になっている場合には、その分バラまかれる鉄は多い可能性もあります。

今回は前回の「糖質と鉄のただならぬ関係 その3」の続きです。しかしすでに糖質との鉄の話ではないので、タイトルを変えました。 「糖質と鉄のただならぬ関係 その3」では鉄の吸収の安全機能の不十分さ、吸収された後トランスフェリンに捕らえらていない危険な鉄である、非トランスフェリン結合鉄(NTBI)の存在について書きました。その記事で書いたことが信じられず、自分の体の鉄の吸収の安全機能は完璧だ!トランスフェリンもフェリチンも絶対に鉄を離さず捕まえてくれているはずだ!私の体のメカニズムを信用できる!と思う方はこれから先を読む必要はありません。

しかし、私の50歳を過ぎたポンコツの体のメカニズムは毎日いっぱいミスをしていると思っています。だからこそ、できる限り体にやさしい糖質制限をしています。

今回は炎症や病気云々ではなく、鉄による酸化ストレスの話です。何か疾患にかかっている人を比較したものではありません。

次のような研究があります。

「Daily supplementation with iron increases lipid peroxidation in young women with low iron stores」

「鉄分を毎日補給すると、貯蔵鉄が少ない若い女性の脂質過酸化が増加する」(原文はここ

フェリチンが20以下の12人(18~30歳)の若い女性を対象に、8週間毎日鉄剤(硫酸第一鉄として鉄98mg) を飲んでもらいました。ベースラインの平均フェリチンは10.5でした。6週間後フェリチン値は平均で20.6、8週間後で18.9でした。

ベースラインでは「正常」レベルのマロンジアルデヒド(MDA)と呼気エタン呼気率(BEER)を示していました。MDAは脂質過酸化によって生じる分解終産物であり、BEERも脂質過酸化指標と考えられており、どちらも酸化ストレスのマーカーです。6週間の鉄剤使用後、MDAとBEERの両方がベースライン値より40%以上高くなり、さらに2週間鉄を補給した後、BEERはさらに増加し​​ました。 8週間の鉄剤使用後、BEERはベースライン値より157%高かったのです。(図は原文より)

上の図は血清鉄またはフェリチンとMDAの値の関係を示しています。MDAは血清鉄やフェリチンが増加すると上昇しています。恐らくはNTBIによる酸化ストレスが増加したと考えられます。この研究では驚くほどのフェリチンの増加はなく、平均しても18~20くらいの値までしか上昇していません。人によっては全く不十分な値でしょう。6~8週間で穏やかにフェリチンは上昇しています。それでも酸化ストレスが増加します。

さらに、フェリチンとDNA損傷の関連を見てみましょう。(図は原文より)

「Body iron store as a predictor of oxidative DNA damage in healthy men and women」

「健康な男女における酸化的DNA損傷の予測因子としてのボディーアイアンストア」(原文はここ

上の図の縦軸は尿中8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)というもので、酸化的DNA損傷の信頼性の高いマーカーです。DNA損傷が起きると尿中の8-OHdGが増加します。横軸はフェリチンです。グラフは左から男性、50歳未満の女性、50歳以上の女性です。そうすると、どれもフェリチンの増加と共に8-OHdGが大きく増加しています。

次の図は他の研究のものです。(その論文はここ

先ほどと同じように、縦軸はDNA損傷を表す尿中の8-OHdG、横軸はフェリチンです。フェリチンの増加と8-OHdGの増加は大きく関連しています。

さらに、次のような妊婦さんの研究があります。(図は原文より)

「Antenatal iron supplements consumed daily produce oxidative stress in contrast to weekly supplementation in Mexican non-anemic women」

「メキシコの非貧血女性における毎週のサプリメント投与とは対照的に、毎日消費される出生前の鉄サプリメントは酸化ストレスを引き起こす」(原文はここ

貧血のない妊婦さんに、毎日60mgの鉄を摂取してもらうことと、毎週週に1回120mgの鉄を摂取してもらい8週間ずつ続けました。逆のパターンで毎週120mgの後、毎日60mgというグループもあります。そうしたところ、2-チオバルビツール酸反応性物質(TBARS:通常は先ほどのMDAの量として測定される)という酸化ストレスのマーカーは毎日60mg摂取している間に増加し続け、毎週120mgでは変化がないか減少していました。同じ人で2種類のパターンを行っていますので、炎症とは関係していないと考えられます。つまり、毎日の鉄の摂取は酸化ストレスを増加させると考えられます。

上の図は36週のTBARSと血清鉄の関係です。血清鉄が高くなるほどTBARSは増加しています。他の研究と同じ結果です。貧血のない妊婦さんに毎日の60mgの鉄は恐らく過剰なのでしょう。毎週120mgの方が安全に使用できるようです。

ではビタミンCも一緒に摂れば良いのではないか?と思いがちですが、こんな研究もあります。

「Increased lipid peroxidation in pregnant women after iron and vitamin C supplementation」

「鉄とビタミンC補給後の妊婦における脂質過酸化の増加」(原文はここ

これも酸化ストレスのマーカーとしてTBARSを測定していますが、毎日の鉄剤(フマル酸塩(フェルムなど)として100mg/日)とビタミンC(アスコルビン酸塩として500mg/d)の効果を妊娠後期で調べています。対照群と比較して、鉄とビタミンC群では、血漿鉄濃度は高く、TBARSも有意に増加しました。ビタミンCによる吸収率増加が原因なのか、ビタミンC自体が悪さをするのか、鉄の酸化ストレスがビタミンC500mg程度では抑えられないほどなのか、はたまた鉄の存在下では逆に500mgのビタミンCが多すぎて酸化剤になってしまうのか、詳細はわかりませんが、鉄に対する抗酸化物質としてのビタミンC500mgは無効であるというより有害であるという結果でした。

妊娠に対する米国医学研究所(IOM)(現在の全米医学アカデミー)の勧告「Iron Deficiency Anemia: Recommended Guidelines for the Prevention, Detection, and Management Among U.S. Children and Women of Childbearing Age」では、次のようになっています。

ヘモグロビンまたはヘマトクリット、そして可能であれば血清フェリチンを妊娠初期の早い時期に決定するよう勧告する。…20ng/mL以上の血清フェリチンの存在下でヘモグロビンが11.0g/dl以上の場合妊娠中の女性に鉄分を補給することを推奨しませんヘモグロビが9.0〜10.9g/dl、血清フェリチンが12〜20ng/mL、またはヘモグロビンが11.0g/dl以上、血清フェリチンが20ng/mL以下の場合、30mgの鉄補給が毎日提供されるべきです。ヘモグロビンが9.0〜10.9g/dlで血清フェリチンが12ng/mL未満の場合、1日当たり60〜120 mgの鉄を処方するべきです。

つまり、アメリカでえ、フェリチン値は決して40必要などとは言われておりません。フェリチンが20以上で貧血がなければ、鉄を補給することを推奨していません

以前の記事「妊娠糖尿病と鉄の関連 フェリチン低値で鉄を補充する危険性」でも書いたように、妊娠糖尿病の発症には鉄が関係している可能性があります。鉄摂取、フェリチン高値と妊娠糖尿病のリスク増加を示す研究は非常に多くあります。「糖質と鉄のただならぬ関係 その1」「その2」で書いたように、すい臓のβ細胞は鉄を制御するヘプシジンも分泌しており、β細胞が糖質だけでなく鉄の制御にも関係している、ということから考えても、鉄の摂取が妊娠糖尿病や2型糖尿病のリスクに関連しているのは納得できると思います。

フェリチン値は鉄欠乏の指標ではあるものの、フェリチンの変動と鉄状態との相関性は不明確であり、体内の鉄貯蔵量の評価指標としてはあまり役に立ちません。フェリチンが低いときに鉄欠乏はわかっても 、その後鉄の補充で、鉄が充足したのか、それとも過剰なのかは全くわからないのです。もちろん病的な鉄過剰症であればフェリチン値は非常に高くなるでしょうが、通常の人では、同じ鉄貯蔵量でもフェリチンが80のこともあれば300のこともあるのです。あるときのフェリチン値が100であったとして、次のときも100だった場合、実は貯蔵鉄は非常に多くなっている可能性もあるのです。わからないのです。

フェリチンは鉄「欠乏」のマーカーであり、フェリチン低値には意味がありますが、高い方の値は鉄のマーカーではないと考えられます。細胞死のマーカー、酸化ストレスのマーカーと考える方が妥当です。だからフェリチンが低いときには鉄欠乏は間違いなく存在し、鉄剤や鉄サプリを飲み始めることは良いのですが、フェリチンだけを指標に鉄を飲む量をしっかりとコントロールすることはナンセンスです。もちろん、多くの人は他の指標も同時に測定しているかとは思います。

酸化ストレスは様々な病気の原因となります。今回の記事で書いたようにDNAも傷害します。そしてがんをもたらす可能性もあります。(「鉄はがんの原因のひとつとなる」「鉄とがんの関係 数年後に後悔しないために」など参照)

「糖質はがんのエサ」と言いますが、がん細胞は増殖するのに鉄が必要であり、鉄を何とか獲得しようと必死になっています。そう考えれば「鉄はがんのエサ」です。

酸化ストレスを増やしてまで、フェリチン値を高くしたいですか?

ところで、アメリカ人のフェリチン値ってどれくらいか知っていますか?それは次回に。

5 thoughts on “鉄と酸化ストレス

  1. フェリチンだけが低いひとは少ないと思います。通常、同時に低蛋白があります。低蛋白状態に鉄をいれたせいではないでしょうか。

    1. 尾崎正時さん、コメントありがとうございます。

      わかる範囲で教えてください。
      日本の女性がフェリチンが低く、タンパク質の摂取量が少ない傾向があることは同感です。
      ただ、同時に脂質の摂取量も少ないですよね?脂質は関連しないのでしょうか?
      低フェリチンと低たんぱくは本当に関連していますか?もし根拠をご存知でしたら教えてください。

      また、フェリチンが低く、低たんぱくというのは、男性にも当てはまることでしょうか?
      世界的に当てはまることでしょうか?
      今回の記事の論文はアメリカ人やメキシコ人などのものも含まれていますが、彼女たちがみんな低たんぱくとは思えません。
      タンパク質が十分にあれば鉄を入れても酸化ストレスが増加しないというメカニズムは何でしょうか?

  2. 脂質に関しては、何を指標にしていいかわかりませんので不明です。
    論文はしらべてません。
    私のとこに来る閉経前女性は、ファリチンが20以下、UNが10前後の人が多いです。月経のためと思います。閉経後のひとはフェリチンは50前後になりますが、UNは10前後のままのひとが多いです。小中の男児も同じような数字です。
    成人男性はフェリチン20以下はまずいませんが、ダイエットで肉をやめていたら閉経前女性と同じような数字になったひとがいました。世界レベルのことはわかりません。
    アメリカは小麦粉に鉄いれてるので、日本より鉄欠乏は少ないと思います。それでもフェリチン20以下ということは、かなりの過多月経があり、蛋白が出ていっているのではないでしょうか。
    放射線宿酔を起こす人はだいたい女性です。そういう人はだいたい低蛋白です。SOD、ペルオキシダーゼ、カタラーゼなどのラジカルスカベンジャーは蛋白です。グルタチオンもペプチドです。低蛋白のためにラジカルスカベンジャーがすくないのだと思います。
    また低蛋白の人は、慢性感染を起こしやすいです。慢性上咽頭炎、歯科感染など。そこに鉄が入れば感染が悪化して、酸化ストレスが増すと思います。

    1. 尾崎正時さん

      過多月経で鉄欠乏になるのはわかりますが、低たんぱくにもなるのでしょうか?低たんぱくはあくまで摂取不足または消耗ではないのでしょうか?
      尾崎正時さんのところに来る方がどのような病気かわかりませんが、病気であることによる低たんぱくの可能性はないのでしょうか?
      近日中の記事でアメリカ人のフェリチン値を取り上げようと思っていますが、現在70%が過体重以上で、40%が肥満の国でさえ決してフェリチン値はものすごく高くありません。
      SODなどにタンパク質が必要なことはわかりますが、鉄が他の競合するミネラルに対して相対的に過剰であれば、それだけでSODは低下します。
      通常の糖質過剰摂取で感染を起こしやすいのは、本当に低たんぱくが関連してるのでしょうか?糖質過剰摂取の方が重要な要素だと思っています。

  3. 漢方外来にくる不定愁訴中心の閉経前女性、成長期男児は低蛋白、低鉄です。女性の低蛋白が月経によるのか摂取不足かはわかりませんが、成人の男性ではほとんど見かけないので、月経の影響は大きいと思います。男性でも独居で三食カップ麺のようなひとは低蛋白です。これは摂取不足だと思います。
    進行癌では原疾患による低蛋白はありますが、早期癌や非がん患者では低蛋白は結果といういうより原因と考えています。低蛋白で不定愁訴、がん、感染、炎症がおこってくるのだと思います。
    肥満は糖質で起こるので肥満だからといって、鉄、蛋白がたりているとはいえません。カロリーが一定なら、糖質がふえれば蛋白脂肪は減ります。糖質過多≒低蛋白です。糖質過多が独立して存在することはむしろ稀ではないでしょうか。
    糖質過多は良くないけれど、糖質過多で蛋白の糖化が多少激しくても、それを更新できるアミノ酸が十分あれば、なんとかなるとも言えるわけです。
    糖質過多の易感染の原因ですが、糖質が(真)菌のえさになる、糖化で免疫能が落ちる、糖化した蛋白更新のため蛋白が使われる、糖質でお腹いっぱいで蛋白食べてない、などなどいろいろ考えられると思いますが、糖質だけでなく(相対的)低蛋白の影響と合わせて考えたほうが考えやすいように思います。

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