糖尿病診療ガイドライン2019の残念な食事療法 その1

皆さんはもう糖尿病診療ガイドライン2019を読んだでしょうか?その中の食事療法の項目を読んで、どのような感想をお持ちでしょうか?

「各栄養素についての推定必要量の規定はあっても、相互の関係に基づく適正比率を定めるための十分なエビデンスには乏しい。また、特定の栄養素が糖尿病の管理にかかわることを示すエビデンスは認められない。」

と書かれています。前半の栄養素の「適正比率」のエビデンスは乏しいと書いたのは評価できます。しかし、特定の栄養素が糖尿病の管理にとってどうなのかというのは本当にエビデンスはないのでしょうか?この文章の根拠となる論文は、

「The effect of macronutrients on glycaemic control: a systematic review of dietary randomised controlled trials in overweight and obese adults with type 2 diabetes in which there was no difference in weight loss between treatment groups」

「血糖コントロールに対する多量栄養素の影響:治療グループ間で体重減少に差がなかった2型糖尿病の過体重および肥満成人における食事無作為化対照試験の体系的レビュー」(原文はここ

です。しかし、この論文の中で選択された論文を見てみると悪意さえ感じます。例えば次の論文です。

「Effects of a low-intensity intervention that prescribed a low-carbohydrate vs. a low-fat diet in obese, diabetic participants」

「肥満の糖尿病参加者における低炭水化物食と低脂肪食を処方した低強度介入の効果」(原文はここ

この結論では、低炭水化物食と低脂肪食の間で、体重、血糖コントロール、脂質レベル、または食事摂取量に24か月で有意な差は見られない、としています。24か月後に低炭水化物食群では1.5㎏の体重減少で、HbA1cはたった0.1しか減少していません。低脂肪食群では体重は0.2㎏減少、HbA1cは0.2の減少でした。どちらの群もカロリー制限になっています。しかし、ちゃんと中身を見てみると、低炭水化物食群では1日に30g未満の炭水化物を推奨されながら、ベースラインで約40%の炭水化物が、6か月後ではベースラインより4.7%減少、12か月後ではベースラインより0.2%増加、24か月後では7.8%も増加していたのです。24か月後では1日に炭水化物を190g以上摂取していたことになります。全く研究のデザインで求められている炭水化物量を満たしていません。しかも、何をどれだけ食べたかは自己申告です。低炭水化物食群に割り当てられた人はできる限り炭水化物を摂っていないように申告すると思います。それでも190gも摂っていたのです。

結果ありきで、論文を選んだのでしょう。そしてガイドライン2019では次の文章が続きます。

「このため、栄養素のバランスの目安は、健常人の平均摂取量に基づいて勘案してよい」

と書いています。つまり、炭水化物50~65%、タンパク質13~20%、脂質20~30%です。やはりそこからの脱却はできません。栄養素の割合のエビデンスはないと言っておきながら、結局は元の比率のままです。そして様々な疾患の管理で推奨されている、脂質や食塩、タンパク質、総エネルギー摂取量などの設定はそれぞれの関係する学会の基準を参考にする主旨のことが書かれていました。はやり、糖質制限という言葉は全くでてきません。

次の項目で炭水化物の摂取量と糖尿病の管理について書かれていますが、ここでも選択された論文に問題ありです。例えば、

「総エネルギー摂取量を同等として、低炭水化物食の効果を見たメタ分析では、糖尿病の有無にかかわらず、体重、代謝パラメーターに影響はなかったと報告している」

と書かれた文章の根拠の論文は、

「Low carbohydrate versus isoenergetic balanced diets for reducing weight and cardiovascular risk: a systematic review and meta-analysis」

「体重と心血管リスクを軽減するための低炭水化物と等エネルギーバランスの取れた食事:系統的レビューとメタ分析」(原文はここ

ですが、この論文の低炭水化物食の定義は炭水化物の割合が45%未満です。全くふざけています。あえてこれくらいの割合を「低炭水化物」と呼んでいるのでしょう。スーパー糖質制限と比較するとはるかに多い糖質を摂っている研究を持ってこないと糖質制限を否定できないからだと思われます。

さらにガイドラインでは、低炭水化物食の体重減少は総エネルギー摂取量の減量に伴うものだと言っています。あらら。糖尿病専門医の世界ではまだ糖質制限反対派がやはり強いのですね。

そして、

「総エネルギー摂取量を制限せずに、炭水化物のみを極端に制限することによって減量を図ることは、その効果のみならず、長期的な食事療法としての遵守性や安全性など重要な点についてこれを担保するエビデンスが不足しており、現時点では勧められない」

と書いています。つまり、いまだ糖質制限は勧められない、という立場は全く変わらないのです。糖質制限のエビデンスは不足しているから勧められないが、これまでの食事はエビデンスが不足しているのに推奨しているのは、全くおかしなことです。

果糖も1日100g未満であれば、血糖、中性脂肪レベルを改善し、体重増加はきたさない、そうです。残念!

必殺手の平返しが無かったばかりか、何もないガイドラインです。もう少しは、ほんのちょっとは、糖質制限の考えが入ってくると予想していましたが裏切られました。裏切られたというよりも、日本の糖尿病を牛耳っている人たちは、ここまで頭が固く、既得権を手放したくない、患者ではなく他の方向を向いているのだな、と思いました。

以前の記事「アメリカ糖尿病学会が出した歴史的なコンセンサスレポート 糖質制限を推進!」で書いたように、アメリカは糖質制限の方向に大きく舵を切りました。ヨーロッパでも糖質制限を認め始めています。日本はまた世界からかなり遅れてしまいました。

これで、今後またしばらくは糖尿病の患者さんは専門医にかかっていると苦しめられそうです。

4 thoughts on “糖尿病診療ガイドライン2019の残念な食事療法 その1

  1. シミズ先生、こんにちは。

    この記事を待っていました!

    それにしても、このガイドラインに基づいて指導を受ける患者さんが気の毒です…。

    1. ミホさん、コメントありがとうございます。

      本当に気の毒です。しかし、自分の体のことは自分で考えなければなりません。

  2. キプチョゲの記録達成の瞬間、YouTubeでリアルタイムで見ることができて、感動しました。
    2時間もの間集中力を切らさず、自分の限界を見極めなながら走り続ける姿見は、神々しくも見えました。

    今回の記事について、
    私にも糖尿病の治療を真面目に主治医に従って継続している友人がおります。
    残念ながら、あまり改善は見られず、合併症の兆候と思われるような症状もまま見受けられています。

    ただ、標準的な治療を行う主治医を信頼しており、糖質制限の話をさり気なくしても全く関心無い様です。

    もちろん主体的に治療に取組む事が最も大切と思うので、こちらから無理に勧めたりはしませんが。

    糖質制限が、糖尿病に対して効果無く、逆に身体に悪影響を及ぼしかねない、という可能性も、もしかしたら無くはないでしょう。

    しかし現状、糖質制限反対派は、標準的な治療を推奨されている医師を始めとして、そこまでは突き詰めて糖質制限について調べてはおらず、目新しいものは(自分の考えをおびやかす存在として)反対しているようにしか見えません。

    先生の糖質過剰症候群に関する著書や、他にも説得力のある主張をされている医師がいらっしゃるにもかかわらず、標準治療オンリーの医師は、真剣に患者を健康にしようとはしていないように感じてしまいす。

    1. 鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。

      どのような情報を信じ、どのような治療を受けるのかは、患者本人が決めることなので、
      いくら糖質制限を勧めても、やりたいと思わなければ無理です。
      ただ、ガイドラインは根拠を持って決められていると思われがちですが、実はその根拠となる論文が
      ものすごく質が悪かったり、選択された論文が非常に偏っていたりというオンパレードです。
      ガイドラインを用いる医師もわざわざ根拠となる論文を読んでいる人は少ないでしょう。
      糖尿病専門医の医師からこのガイドラインに批判は出ていないのでしょうかね?
      それとも、糖質制限が盛り込まれずにほっとしている医師が多いのかもしれませんね。
      今回のガイドラインで分かったことは、日本糖尿病学会ではまだまだ糖質制限反対派がものすごい力を持っているということです。

ミホ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です