遺伝子変異と食後高血糖

遺伝子のことについては私は詳しくありません。それほど好きでもありません。しかし、その概要は非常に興味深いものがあります。

どうやら現代の高糖質食に対処するために進化した遺伝子変異が存在しているようです。その変異が存在すると、存在しない場合よりも食後高血糖は起きにくくなるようです。つまり元々のインスリンの感受性の違いは遺伝子で決定しているのかもしれません。同じだけ糖質を食べても人により血糖値の上昇幅が違うことの一部は遺伝子で説明ができるかもしれません。

糖質を食べると、それらは血中にブドウ糖として循環します。人間はインスリンを使って血糖値を調整します。それは血液から筋肉や脂肪細胞へのブドウ糖の取込みを引き起こします。このメカニズムは、筋肉や脂肪組織の表面にあるグルコーストランスポーター(GLUT4)と呼ばれる輸送体によって起こります。空腹時には、GLUT4は筋肉や脂肪の中に入ったままですが、食事をすると、インスリンの作用でGLUT4が表面に移動します。この過程がいかに効率的に起こるかは、血中のブドウ糖をいかに効率的に除去できるかを反映しています。これが上手く行かない場合には食後高血糖になり、糖尿病につながる可能性があります。

人間では、CHC22と呼ばれるタンパク質がGLUTの制御に重要な役割を果たしているようです。マウスやヒツジ、ブタなどでは、CHC22は存在しないそうです。

このCHC22というタンパク質はGLUTを細胞の中に保持する役割があるそうです。つまり、このCHC22により、GLUTは細胞の表面に移動しづらくなり、より血糖値が高くなるのです。このことは恐らく狩猟採集の時代では有利に働いたのでしょう。糖質を摂取できる機会、量は限られていたので、糖質が摂取できたとき、ブドウ糖を筋肉や脂肪に分け与えるのではなく、脳など他のブドウ糖を要求する臓器に優先的に分け与えることが可能になったと考えられます。

しかし、このCHC22を産生する遺伝子に変異が起きると、GLUTを細胞内に保持する効果が弱まり、容易に細胞の表面にGLUTが移動できるようになるそうです。そうすることで血糖値は下がりやすくなり、食後高血糖が抑えられると考えられます。

そして、進化の過程で、糖質摂取量が増加してきて、遺伝子の変異が起き、新しいCHC22を持つ人が段々と増加してきたと思われます。

そうすると問題は、自分が古いCHC22を持っているか、新しいCHC22を持っているかです。人間のグローバル1000ゲノムプロジェクトからの2,504人のゲノムで分析しました。(図は原文より)

上の図は各地域の農民と狩猟採集民との比較で、遺伝子変異を持っているかどうかを示しています。赤が農民、青が狩猟採集民です。左からアフリカ、中央アジアとシベリア、東南アジア、古代のユーラシアです。中央アジアとシベリアではほぼ同じくらいですが、それ以外は農民の方が遺伝子変異を持っている割合が多いことがわかります。農民は穀物などから糖質摂取量が増加し、この遺伝子変異を持つ割合が増加したと推測できます。

上の図は青が古い遺伝子、黄色が変異した新しい遺伝子を持っている割合を示しています。人数が少ないので、どこまで正確な割合かということには疑問がありますが、地域や国によって新しい遺伝子を持っている割合はかなり違います。全体としては半分ほどのようです。新しい変異した遺伝子は、ヨーロッパ、中東、中央アジア、南北のアメリカで多く認められますが、アフリカやアジアは低めです。

日本を見ると新しい遺伝子の割合は3割程度でしょうか?

つまり、遺伝子的に糖質に対して上手く対応できるのはたった3割くらいと予想されます。このような変異したCHC22を持っているのであれば、多少の糖質であればスムーズに筋肉や脂肪に取り込むことができ、食後高血糖を招きにくいと思われます。ただ、南北のアメリカでは新しい遺伝子の割合が多いにも関わらず、肥満の人が多いということは、糖質の取込みはうまく行ってもその後はやはり脂肪に変わってしまうので、このような変異した遺伝子を持っていても、大量の糖質には対応できない可能性の方が高いと考えられます。糖尿病にはなりにくくても、逆に糖質過剰摂取で肥満をもたらしやすいかもしれません。

結局この遺伝子変異が存在しても、食後高血糖が起きやすいかどうかの違いがあるかもしれませんが、糖質過剰摂取では糖尿病になるか肥満になるかの違いで、何も体に害をもたらさずに、安全に糖質を処理できるわけではないと思います。

いずれにしても、日本人は自分が新しい変異した遺伝子を持っている確率の方が低いので、食後高血糖を起こしやすく、糖質摂取に適応していないと考えた方が良さそうです。

「Genetic diversity of CHC22 clathrin impacts its function in glucose metabolism」

「CHC 22クラスリンの遺伝的多様性はグルコース代謝におけるその機能に影響を与える」(原文はここ

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コメント

  1. いつも楽しみにブログ拝見しています。
    私は分子生物学を生業としていまして、現在、海外の大学で遺伝学を教えています。一年半前から糖質制限を始めて、その効果に驚いています。というのも、私自身現在54歳なのですが、35歳ぐらいから癌に罹患したり認識能力の低下を感じていて、それがダイエット目的で始めた糖質制限によって頭が驚くほどスッキリしたのです。糖質制限による認識能力の改善は私の糖質制限に対する考え方を根本から変えました。n=1ですが(笑)。そのような状況で、これはきっと遺伝的な違いがあるのだろうなと漠然と思っていましたが、今回ご紹介いただいた論文でスッキリしました。癌患者ではCHC22のバリアントの割合はどうなっているのだろう?アルツハイマー病ではどうだろう?と次々と実験のアイデアが浮かんできます。

    今回ご紹介された論文をきっかけに、OECDの認知症レポートなどを見てみました。OECD加盟国の中で日本はダントツで認知症の発症率が高く、次いでパスタの国、3位はポテトとビールの国でした。

    • Dr.Shimizu より:

      Miki Nakazawa-Miklasevicaさん、コメントありがとうございます。

      遺伝の専門家から言えば、チープな記事かもしれませんが、何かのアイデアのお役に立てたのならうれしいです。
      遺伝的な差やいわゆる個人差のひとつが、この遺伝子変異で説明ができるのは非常に興味深いです。

      糖質制限は本当に頭がスッキリしますね。恐らくn=1ではなく、非常に多くの糖質制限を実施している人が感じていると思います。

      認知症については「糖質過剰症候群」でも書いたように、OECDで1位です。しかし、国はお米文化を守りたいのか、
      それとも農家などを守りたいのかわかりませんが、何も対策は出てきません。
      認知症を減らす目標を出すだけで(取り下げられましたが)その具体的な方法は全くありませんでした。
      国は本気で国民の健康を守るという気はないようです。

  2. 西村 典彦 より:

    この記事を読ませ頂き、ふと、基本的なことで疑問が湧いてきました。

    食後ピーク血糖値が140を超えない人はどれくらいの割合でいるのでしょうか。
    例えば、そう言う人は糖質たっぷりの炭酸飲料などをがぶ飲みしても140を超えないのでしょうか。
    この割合と遺伝子変異の割合が一致すると面白いとおもいまして。。。

    私の知人で健康診断の時に、何を思ったのか、採血1時間前にカツカレーを食べて挑んだ強者がおりまして、結果110だったそうです。高糖質に対応した遺伝子変異を持つグループに属する人なのでしょうか。私だったら200をはるかに超えてしまいます。

    因みに、他の検査値は無茶苦茶で再検査だったそうです。

    • Dr.Shimizu より:

      西村 典彦さん、コメントありがとうございます。

      もちろん高血糖にならないことも大事ですが、インスリン分泌を激増させて、血糖値を低く保っていても、
      いずれ破たんしますし、高インスリン血症の有害性もあるので、血糖値があまり上がらないから安心ではないと考えています。