糖質と鉄のただならぬ関係 その3 安全神話は本当か?

前回の記事「糖質と鉄のただならぬ関係 その1」「その2」では、鉄と糖尿病の関連の仮説を述べました。そこで、最後に疑問が残りました。それは鉄は人体の中で安全に取り扱われていると考える安全神話についてです。

まずは「鉄は吸収する段階で安全機能があり、余計な鉄は吸収せずに便に排泄してしまう」というものについて考えてみましょう。もし、この安全機能が完全なものであればどんなに大量の鉄を摂っても、吸収されず、黒い鉄の便が出るだけです。人間には強制排泄手段の「下痢」というものもあります。

しかし、実際にはそうではない場合もあるようです。鉄欠乏の治療目的ではない、他の目的(どんな目的かはお察しください)で意図的に大量に鉄剤を摂取して、急性鉄中毒で亡くなってしまった事例があります。ある例でいえば、推定される服薬量は鉄剤50 mg×48錠(合計2,400mg=48 mg/kg)です。医療用に処方されたものです。恐らく非ヘム鉄でしょう。フェロミアであれば、100mgで添付文書上は60~70血清鉄が上昇します。3〜4時間後にピークに達し、12時間後に投与前値に戻るとされています。そうすると2400mg摂取すれば理論上は血清鉄は1440~1680くらい上昇するはずです。服用から約1.5時間で救急搬入され、そのときの血清鉄の値はなんと2658でした。理論値のおおよそ2倍です。しかもピークが3~4時間だとするともっと上昇していた可能性もあります。

一般的な中毒治療に関する文献で致死量とされているのは「50 g以上」、「200 mg/㎏」 だそうです。しかし、血清鉄の致死量は1000だそうです。この方はその2.5倍以上だったのです。

もちろん、このような摂取の仕方は極端な例であり、異常であり、通常使用とは違います。しかし、本当に安全機能が働いていれば黒い便が出るだけで、死ぬことはなかったでしょう。私は鉄の吸収は、現在わかっていることが全てではなく、他のメカニズムが存在していると考えています。単に鉄の輸送体を介した鉄の吸収だけでは限界があり、このような血清鉄の異常な上昇は起こり得ないからです。

他の報告では、鉄の大量摂取で40〜60 mg/kgを摂取した患者には重篤な毒性は発生せず、摂取量がわかっていた199例では、平均投与量は39.5 mg / kgで、測定された血清鉄レベルのピークは12〜539μg/ dlの範囲であったとしています。(その論文はここ

これだけの血清鉄の範囲の幅の大きさは、人によっては安全機能がしっかり働き、また人によってはその機能が非常にルーズであり、人によってはほとんど働かない人もいることを推測させます。自分の安全機能がどんなレベルかは誰も知りません。

また、アミノ酸キレート鉄と呼ばれるものは通常使用でも問題がある可能性があります。キレート鉄は非常に高率で吸収されるようです。溝口徹先生の著書「最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門 」では、キレート鉄は通常の鉄の吸収の安全機能を無視して吸収されるために、その危険性に警笛を鳴らしていらっしゃいます。恐らくヘム鉄も非ヘム鉄も吸収は良くありません。特に非ヘム鉄は吸収が非常に悪いのですが、どちらもそこまで吸収が良くないのには理由があるのだと思います。そのような進化の中で備わったメカニズムを無視した、別の吸収のメカニズムをキレート鉄は利用しているのでしょう。このキレート鉄は自然界に存在するものではありません。工業的に人工的に作り出したものです。だから、安全性は保障されていません。

そもそも吸収率というものは人間が進化の中で獲得してきたメカニズムで決まっています。鉄の吸収率が低いのは、人間にとって鉄を安全に処理できるのがそこまで高くなく、それ以上吸収すると危険性があるから吸収しないのだと考えられます。鉄欠乏になると自然と吸収率が高くなると言われています。鉄の吸収には人間の体が獲得したしっかりとしたメカニズムが存在するのです。それを人間は様々な知識を使って、本来の人間のメカニズムを超えた吸収率を実現してしまったのです。一気に仕事量が増えればミスも多くなります。肉など食事で摂る鉄はかなり安全に扱えるかもしれません。

さらに以前の記事「鉄のサプリメントとうんこの関係」で書いたように、吸収されなかった鉄は腸に留まり、悪さをする可能性もあります。フリーラジカルの生成は約40%も増加します。

だから、吸収の段階での安全機能は過信しない方が良いでしょう。

そして、もう一つの疑問。「体内では鉄はトランスフェリンやフェリチンに捕まえられていて自由に遊離した状態はほとんどない」というものです。現在問題になっているのは非トランスフェリン結合鉄(NTBI)の存在です。つまり、トランスフェリンと結合していない遊離した自由な鉄です。トランスフェリンやフェリチンと結合している状態では鉄は危険ではありませんが、遊離したNTBIは酸化ストレスを起こす非常に危険な存在です。(図は原文より)

「Common presence of non-transferrin-bound iron among patients with type 2 diabetes」

「2型糖尿病患者における非トランスフェリン結合鉄の共通の存在」(原文はここ

上の図はNTBIの量を示しています。左がコントロールで健康な人、真ん中が新たに2型糖尿病と診断された人、右がすでに前から2型糖尿病になっている人です。健康的な人はNTBIが少ないですが、全く無いわけではありません。(NTBI測定法の精度の問題もあり、全てのNTBIが測定できていない可能性があります)そして糖尿病が進むにつれてNTBIの量は増加します。

上の図は左側が新規の糖尿病と診断された人、右側が前から2型糖尿病になっている人です。縦軸はどれもNTBIを示し、横軸はAとDはトランスフェリン飽和度、BとEはフェリチン、CとFが血清鉄です。どのグラフも横軸の数値が大きくなるとNTBIが増加しますが、新規の以前から糖尿病になっている人の方が大きく増加しています。恐らく、糖尿病の進行に伴ってNTBIが増加するのは、トランスフェリンが糖化して、機能障害に陥っているトランスフェリンが増加するのであろうと思われます。その意味からいえば、糖質制限をしていれば、NTBIの数は非常に少なくなると考えられます。ただそれでもゼロという訳にはいかないでしょう。HbA1cもゼロには決してならないのですから。生きている限り人間の体の中での糖化は決してゼロにはなりません。多いか少ないかです。糖化トランスフェリンも多いか少ないかです。糖化したトランスフェリンは鉄を捕まえきれないのでしょう。

トランスフェリン飽和度が20%以下では鉄欠乏と判断されますが、正常では35~40%です。しかし、正常の範囲でもNTBIは存在しますし、20%以下でも存在する人もいます。

フェリチンでは非常にばらけており、100以下でもNTBIが存在する人もいます。

血清鉄はNTBIとの関連が最も強いようです。鉄が吸収されて血清鉄が増加するとNTBIが増加する可能性が高くなります。

これらのことから考えられるのは、トランスフェリンが鉄を捕まえているといっても、ときに取りこぼしてしまうことがあるということです。これまではトランスフェリンの飽和度が非常に高くなったときのみ、取りこぼしが出ると考えられてきたかもしれません。しかし、どうやら飽和度が低くても取りこぼしがあるようです。血清鉄が増加するような場合は特に捕まえきれない鉄が出てきてしまうのだと思います。そうするとそれはNTBIになり、危険な鉄になるのです。

長くなってきたので、この続きはまた次回以降で…