以前の記事で断食していたことを書きましたが、その前後で血液の検査をしました。そうしたところ、面白い数値が得られました。当然n=1だということを承知の上ですが、仮説を考えたいと思います。
その仮説は「フェリチンは鉄の貯蔵量を表してはいない」というものです。
今年の6月にウルトラマラソンを走る前後でのフェリチン値は
ウルトラマラソン前108.5→ウルトラマラソン後137.5
通常、炎症があれば、フェリチン値は上昇しますから、マラソン前後でのフェリチン値の変動はマラソンによる炎症が関係しているでは?と思っていました。
今回、膝をちょっと故障したので1か月全く運動を行っていませんでした。その状態でのフェリチン値を見て、ちょっと驚きました。なんと53.4です!6月ウルトラマラソン前の半分です。この間、私は特に出血するようなことはありません。(私は男性なので定期的な出血もありません)食事は特に変わっていませんし、非常に多くの肉を食べています。恐らく平均的な日本人の量よりも多いと思います。1か月間運動もしていないので、どちらかというとフェリチン値は増加していてもおかしくはありません。そう考えるとフェリチンが貯蔵鉄を反映した値だとするならば、このような半分の値を示すことは疑問に思ってしまいます。
そして、この検査をした日は、お付き合いでいつもよりも多くの糖質を摂りました。お酒も結構飲みました。その後丸2日間断食をしました。
約60時間の断食後のフェリチン値は110.6です!
フェリチンは何を示しているものなのでしょう?何者?断食が炎症を起こしたわけではないでしょう。断食がフェリチン値に影響しているとしか思えません。
そこで、調べてみると、日常的に断食ではありませんが、十分な栄養を摂っていないと考えられる、摂食障害の神経性食欲不振症のフェリチン値に関する研究を見つけました。
神経性食欲不振症患者の平均のBMIは13.1と明らかに栄養不足です。しかし、鉄に関する検査データはコントロール群よりも高いぐらいです。(表や図は原文より)
神経性食欲不振症群 (n=27) | コントロール群 (n=11) | 正常範囲 | |
ヘモグロビン(g/dL) | 13.2 (12.6–14.0) | 13.4 (12.5–13.8) | 12-16 |
MCV(fL) | 91.4 (88.0–93.3) | 86.8 (84.7–94.15) | 80–100 |
血清鉄(μmol/L) | 13.8 (12.1–16.0) | 12.0 (7.2–24.8) | 11–27 |
フェリチン(μg/L) | 198 (136-319) | 49 (21-76) | 20–150 |
ヘプシジン(μg/L) | 186.5 (99.8–278.5) | 39.5 (30.0–64.5) | 28–245 |
フェリチン値は198とコントロール群よりもかなり高い値を示していますし、ヘプシジンも同様にかなり高いです。
そして、この患者さんたちが入院して栄養的な治療を行い、フェリチンがどのようになったかは、下の表と図です。
患者番号 | 治療前BMI | 治療前フェリチン | 治療前ヘプシジン | 入院月数 | 治療後BMI | 治療後フェリチン | 治療後ヘプシジン |
kg/m2 | μg/L | μg/L | 月 | kg/m2 | μg/L | μg/L | |
5 | 16 | 213 | 158 | 18 | 17.6 | 21 | 未測定 |
7 | 13.6 | 310 | 296 | 11 | 20.6 | 34 | 未測定 |
8 | 12.8 | 287 | 201 | 22 | 17.7 | 165 | 78 |
9 | 10.8 | 178 | 292 | 6 | 13.6 | 68 | 77 |
24 | 11.2 | 136 | 110 | 2 | 14 | 44 | 未測定 |
25 | 14.2 | 556 | 294 | 12 | 16.3 | 210 | 未測定 |
26 | 12.7 | 465 | 779 | 14 | 17.6 | 31 | 14 |
ヘプシジンの測定数は少ないですがかなり低下しています。フェリチン値も劇的に低下しています。この治療の間、女性の患者さんは無月経なので出血があったわけではありません。また、炎症によるものではないことは確認しています。治療で栄養が補われたから、通常であればフェリチン値は増加しても不思議ではありません。
つまり、高いフェリチン値が、低エネルギー摂取への適応過程における何らかの調整を表すかもしれないということです。栄養の不足によって誘発された栄養ストレスが肝臓に対しての刺激となり、フェリチンとヘプシジンの遺伝子の発現を増加させている可能性があるのです。そして、栄養が回復するとそれにより何らかの代謝の変化により、それらの遺伝子発現が低下し、フェリチン値やヘプシジン値が低下するということです。
そう考えると、私のウルトラマラソン前後でフェリチンが上昇したのは、炎症によるものではなく、12時間以上も栄養が途絶えて、さらにずっと運動することによりエネルギーはかなり不足するので、それによる肝臓のフェリチンの遺伝子の発現増加によって起こったのではないかと推測もできるのです。1か月運動を休むことで、体全体のエネルギー要求が減ることにより、肝臓の代謝が変化して、フェリチンの遺伝子発現が減少して、フェリチン値が低下したとも推測できます。もちろん日々の運動によるCRPには表れない軽い炎症がずっと続くことにより運動している間のフェリチン値が高かったことも否定はできません。しかし、炎症があるときにフェリチン値が増加するというのは関連がありますが、炎症によってフェリチン値が直接上がっているかどうかはわかりません。(一応メカニズムは説明されているとは思いますが)さらに、CRPに出ないような非常に軽い炎症で、フェリチンがそれほど変化するのかどうかもわかりません。
また、アメリカ人が非常に高いフェリチン値を示すのは、もしかしたら鉄の貯蔵量の多さではなく、肝臓に対する栄養面などの影響である可能性があります。つまり、アメリカ人は肥満が多く、脂肪肝も多いので、それによる炎症または、栄養過多などによる肝臓に対する何らかの変化が起こってフェリチン値が高いだけで、鉄貯蔵量そのものが多いかどうかはわからないということです。
あるアメリカ人のデータでは、フェリチン値530ありましたが、糖質制限で230まで低下しました。これはその間に出血して失われたわけではありません。炎症はわかりません。同時にγGTもかなり低下しているので、脂肪肝が改善したと思われます。
肝臓は栄養的なエネルギーが不足しても、過剰でもフェリチン値が上がるような仕組みがあるように思えてなりません。つまり、栄養不足も栄養過多も肝臓にとっての栄養ストレスとなっていると考えられます。ヘプシジンも関連し、その他わからないことが関係するかもしれません。もしかしたらアルコールも同様に肝臓の栄養ストレスを生み出して、フェリチン値を増加させているのかもしれません。アルコール性肝障害にならなくても、アルコールを摂取しない人はもしかしたらフェリチンが低いかもしれません。肝臓の働きが忙しくないときはフェリチン値が低く、何らかの仕事で忙しいときにはフェリチン値が上がっているような気がします。
肝臓の状態を評価せずにフェリチンを見て鉄が多いか少ないかは判断ができないでしょうし、肝臓の状態がわかってもフェリチンは本当は何を表しているのかよくわかりません。いずれにしても、フェリチンは鉄の貯蔵量を反映していない可能性が高いのです。
フェリチンはもっと何か違うものを表していると考えられますが、何を表しているのか現時点ではわかりません。栄養状態が一定に保たれている場合にはもしかしたら、鉄の貯蔵量を反映するかもしれませんが、何らかの栄養の変化、肝臓に対する何らかの変化、運動量、代謝など様々な要因でもしかしたら思っていたよりもダイナミックな変動があるのかもしれません。
現在のところ私の考えでは、「フェリチンは鉄の貯蔵量を表していない」という仮説を立てるしかありません。もちろん極端な鉄欠乏では低下する可能性はあります。しかし、実際にヘモグロビンが低下するほどの鉄欠乏性貧血の患者さんは、全員フェリチンがゼロに近い低値なのでしょうか?どなたかもっと詳しくわかる方は教えてください。
「Iron metabolism in patients with anorexia nervosa: elevated serum hepcidin concentrations in the absence of inflammation.」
「神経性食欲不振の患者における鉄代謝:炎症の非存在下での血清ヘプシジン濃度の上昇」(原文はここ)