前回の記事「糖質制限とLDLコレステロール上昇6 みなさんの血液データから」では糖質制限でLDLコレステロールが上昇している人が結構いることがわかりました。今回はHDLと中性脂肪です。みなさんの血液データを分析して、非常にびっくりしました。予想はしていたのですが、こんなにも違いがあるのかと本当に驚いてしまいます。(前回と今回のデータは5月25日19時頃までに送っていただいたものを分析しております。それ以降のデータは含まれておりません。今後、サンプル数が増加してきた時点でさらに分析しようと思っております。また、今回も糖質制限をしていない人のデータは非常に少ないため分析していません。)
糖質制限をすると、HDLコレステロール値は上昇し、中性脂肪値は下がることがほとんどです。しかし、この変動の仕方は尋常ではありません。これまでの通常の基準値が無意味に思えてきます。
まずはHDLコレステロールです。
ピンクの範囲は通常の基準値で異常となる値を示していますが、下限値は40で40未満は異常です。しかし、上限値は検査機関によっても、学会などによっても違います。100以上は異常であると考える人もいるでしょう。通常の検査機関では上限値は80~90付近です。
日本人間ドック学会の基準値は40~119です。日本動脈硬化学会では上限がありません。恐らくHDLコレステロール値が高くなることは動脈硬化と関連がないと考えているからだとは思います。しかし、一方でそこまで高くなるはずがないと思い込んでいるのかもしれません。
上のグラフで日本人3,499人のデータは青いバーで表しています。オレンジが今回データが得られた50人の糖質制限のデータです。一目瞭然ですが、通常の日本人のHDLコレステロール値のピークは50台です。しかし、糖質制限の場合はピークが100以上です。一般的な基準値の40未満の人はゼロです。全員が60以上です。全く通常の基準値と異なっています。
一般の日本人でHDLコレステロール値が100を超えるのはたった1.7%です。しかし、糖質制限では実に40%です!HDLコレステロール値が80を超えるのは一般の人では11.8%、糖質制限では80%!驚きの数字です。
中性脂肪値はどうでしょうか?
同じように青いバーが一般の日本人のものです。オレンジが糖質制限の人です。今回、中性脂肪値に関しては食事の影響を考え、食後6時間までの方のデータは省いています。日本人のデータの区切りが良くなく、一番右に基準値である150以上のデータだけを別に示しています。
中性脂肪の基準値は日本人間ドック学会では30~149としています。日本動脈硬化学会では下限値を設けていないと思います。つまり、やはり中性脂肪がそこまで下がらないと思い込んでいるのかもしれません。
上のグラフを見ると、中性脂肪に関しては一般の日本人ではかなりばらけています。200以上の人が16.9%もいます。基準値以上の150以上の人は何と32.3%もいます。しかし、糖質制限では150以上の人はゼロです。20~49と言う人が実に55.6%にも及びます。100を超える人はほんのわずかしかいません。何という違いでしょうか!
そして、「糖質制限とLDLコレステロール上昇」「糖質制限とLDLコレステロール上昇3 脂質をもっと食べるべき?(人体実験)」「中性脂肪が低くHDLコレステロール値が高いと虚血性心疾患のリスクは低い」などで書いている、心血管疾患のリスク評価、小さなLDLであるsdLDLの評価となる中性脂肪/HDLコレステロール比はどうでしょうか?
データは糖質制限の方だけしかありません。まずは中性脂肪値とHDLコレステロール値のグラフです。
中性脂肪値とHDLコレステロール値に相関関係はありません。
中性脂肪/HDLコレステロール比は上のようにほとんどの人が1以下です。最大の人でも1.33と私の推奨している1.3と偶然にも一緒です。非常に素晴らしい値です。通常のデータと比較できないですが、恐らくは1以下というのはほとんどの日本人はクリアできないでしょう。
ここまで糖質制限をしている人のデータが素晴らしすぎると、逆に不安になってきます。なぜなら、リスク評価をしてきた様々な値、基準値は糖質過剰摂取をしている一般の日本人から得られたデータをもとに作っているからです。それに糖質制限をしている人のデータを当てはめても良いのか?という疑問があるからです。
こんなにHDLコレステロール値は高くても良いのか?こんなに中性脂肪値は低くても良いのか?完全な答えはまだ持っていません。しかし、様々な生理学的、生物学的、生化学的な事実や理論の当てはめて考えると、恐らくは安全であると考えています。ただし、以前の記事「HDLコレステロールは高ければ良いってもんじゃない?」のシリーズ1~5に書いたように、HDLにも質が重要となってくると考えています。質の悪いHDLがいくら増えても健康的とは言えず、逆に心血管疾患のリスクが増加する可能性すらあるかもしれません。
しかし、糖質制限をしている場合、中性脂肪値が非常に低いので、恐らくはHDLの質も良質であると私は考えています。
素晴らしいデータを公表していただき,誠にありがとうございます.糖質制限下の脂質データは初めてで,とても貴重な成績だと思います.私も糖質制限を始めてLDL-Cがおよそ120から190に上昇して,最初はとても心配いたしました (今は全く心配しておりませんが).先生のデータを拝見してLDL-Cの上昇が糖質制限による一般的な現象であることが理解できました.
現在,疑問に思っておりますのは一般臨床での高LDL-C血症の取り扱いです.私は循環器内科医なので特にPCI後の二次予防の患者さんを多く診ております.患者さんにも糖質をなるべく減らすように指導しておりますが,実際に糖質を減らしてくださる方は少数のようです.ガイドラインでは二次予防の場合LDL-Cは100以下,ハイリスクの場合は70以下が要求されます.糖質制限をしている方はここまで下げる必要はないと思いますが,その患者さんが糖質制限を本当にしているのかどうかは全く分かりません.そのため,私としてはTG (或いは先生が重視されているTG/HDL-C) と高感度CRPが低ければLDL-Cが高くても様子を見て,それらが高ければガイドライン通りにLDL-Cを下げるようにしております.先生はどう思われますか?
和田久泰さん、コメントありがとうございます。
先生は恐らく循環器内科医としての立場があるので、それを守るか、自身の信じるところに進むかは、どちらが良いかはわかりません。
LDLコレステロールを低下させるというのは、恐らくスタチンを使うと思いますが、すでに心疾患のある方に5年間で得られるスタチンの
命を助けるNNTは83です。非致死的な心臓のアタックを防ぐのはNNT=39です。
これらのNNTを得たデータは製薬会社が関わったデータも含んでいるでしょうから、恐らくはもっとNNTは高くなると推測します。
この数値をどう捉えるかはそれぞれの人で違いがあると思います。
糖質摂取をなるべく減らす程度では、すでに起きている状況を改善するのは難しいと思います。
一生しっかり糖質制限をするか、一生薬漬けになるかは患者さんが選択することであり、医者が決めることではありません。
患者さんが本当に糖質制限をしているかどうかは血液データを見ればおおよそ見当が付きます。
先生なりに患者さんに説明し、糖質制限を理解し、患者さん自ら糖質制限をやろうと思わなければ、ガイドライン通りが良いと思います。
ガイドラインに従っていれば先生の立場は悪くはならないでしょうから。
でも、先生は本当にLDLコレステロールがアテローム性動脈硬化を起こしているとお考えですか?
スタチンは本当に有益な薬だと思っていますか?
LDLコレステロールが70以下でも心筋梗塞を起こす人がいるのはなぜですか?
FHでLDLコレステロールが300や400を超えても心筋梗塞を起こさない人がいっぱいいるのはなぜですか?
LDLは量ではなく質が問題だというのは全くその通りですし,多くの場合スタチンは不要だというのもその通りだと思います.実際,私自身もスタチンは服用しておりませんし,ほとんどの患者さんにも勧めておりません.
ですから,一般的な高コレステロール血症の患者さんではなく,既にPCIを受けている二次予防の患者さんで,かつLDL-CとTGが共に高くて高sdLDLや高レムナントが疑われ,なおかつ,いくら説得しても糖質制限を受け入れてくださらない方に限定して考えていただきたいと存じます.
先生はこのような方にはどう対処されますでしょうか?
私としてはこのような方に対してはスタチンでLDL-C量を下げるのも止むを得ないかと思っております.高血圧など他のリスクを十分にコントロールすることはもちろんやった上でのことでです.
和田久泰さん
私だったら、スタチンを飲んだときの効果はたかが知れていること、糖質制限には2次予防のエビデンスは現在ないこと、
医師としての見解を全て話し、患者さんに選択していただきます。
また、糖質制限をするように説得しても仕方がないと思います。自らが積極的にやろうと思わないと無理です。
2年ほど前に、心筋梗塞を発症し、2度カテーテル処置を受けました。最初の時には緊急でバルーニングのみ、1か月ほど後に最初のカテーテルで発見された別の個所にステントが入れられました。それ以来1年ほど、ラスベプラゾール、バイアスピリン、エナラプリルマレイン、アムロジピン、ロスバスタチンを服用していましたが、貴サイトの記事などを参考に、スタチンを止めて(時々プロトンポンプ阻害薬もさぼります)1年ほどになります。家庭医からはスタチンの服用を強力に迫られています。確かに服用中は、LDL40もざらでした。数日前の血液検査では、LDL約170、HDL約50、TG約150(最近上昇中)で、糖質制限を心掛けている身としては、TG/HDL=3は心もとないかと考えています。スタチンは自己責で継続して止めようと思っています(血液検査結果は送付可能です)。
追記ですが、メディカルトリビューンで最近、LDLと動脈硬化の関係性は薄いという発表があったようです。機会があればご紹介いただけると幸いです。
はいぱーさん、コメントありがとうございます。
中性脂肪値150というのは空腹時でしょうか?空腹時だとしたら、糖質制限のやり方が何か違っている可能性もあります。
申し訳ありませんが、メディカルトリビューンの記事のアドレスを示していただかないと、わかりかねます。
中性脂肪値は空腹時(朝食抜きで水のみ)で、午前10時ごろに計測したものです。
個人的にも首をひねっているところです。前夜の夕食は6時過ぎでした。
MTの記事は、日本版で、medical-tribune.co.jp 中
「LDC-C低下治療にベネフィットなし」2020.8.20という記事です。
会員登録が必要なようで読んでいません(あまりあちこちに無料登録はしないようにしています。まあ読んでも理解できるかということもあります)。
糖質制限は約6年前から始めました。ちなみに同時に計測した血糖値は、105、HbA1cは6でした。
はいぱーさん、コメントありがとうございます。
細かい情報がないので何とも言えませんが、アルコールが関係していないのであれば、他の疾患や遺伝的な問題もあるのかもしれません。
medical-tribuneの「LDC-C低下治療にベネフィットなし」の記事の要約は、
「LDLコレステロール(LDL-C)は動脈硬化性疾患の発症にとって非常に重要な因子であることから、
LDL-C低下治療により心血管疾患(CVD)を予防できるという考え方は直感的かつ論理的に適切だとされている。
しかし、スタチン、エゼチミブ、PCSK9阻害薬のいずれかによるLDL-C低下を検討したランダム化比較試験(RCT)のシステマチックレビューの結果、
CVDイベントや死亡の回避において一貫したベネフィットは認められなかった。」
ということです。
すでに記事「心血管疾患リスクを抑えるためにLDLコレステロールを下げることはほとんど意味がない」で取り上げていますので参考にしてみてください。