糖質制限のときの甲状腺ホルモン低下(低T3症候群)

糖質制限をすると甲状腺のホルモンであるT3の低下を認めることがよくあります。これにより「糖質制限は甲状腺に有害である」と考える人がいます。TSHやT4が正常の場合は「低T3症候群」と呼ばれます。しかし、糖質制限の場合、この「低T3症候群」という名前にはちょっと違和感があります。

通常の「低T3症候群」は、絶食や低栄養の場合では、人体が代謝を低下させてエネルギー消費を抑えるため、とりわけタンパク質を節約するため(筋肉の喪失を防ぐため)の反応と考えられています。

つまり、糖質制限をしたときにエネルギー不足(カロリー不足)が伴った場合に起きると考えられます。自分では十分なエネルギーを摂取しているつもりでも、糖質を過剰に摂取していた状況を考えると、糖質の分を脂質やタンパク質で補うには結構な量が必要になります。また、糖質制限をすると多くの人は空腹感が少なくなり、自然と食べる量も減ることがあることもエネルギー不足の原因になるかもしれません。

「低T3症候群」は甲状腺機能低下症とは違います。通常の甲状腺機能低下症では、T3が低下するとその代償としてTSHが上昇します。FreeのT3の各検査機関の基準値は以下のようです。

SRL:2.30~4.30pg/mL BML:2.30~4.00pg/mL

LSI:1.88~3.18pg/mL CRC:2.60~5.10pg/mL その他:1.71~3.71pg/mL

というように様々な範囲での基準値があります。どれが正しいという訳ではなく、健康と思われている人のほとんどの人がこの基準値に当てはまるという程度の値です。この中で最低の値である1.71をほんの少し下回ったぐらいで問題になるわけではありません。しかもこれは糖質制限をしていない人たちの基準値です。例えばある病院での検査でf-T3が2.2という値だったとしましょう。検査機関によればそれは基準値以下ですし、違う検査機関では基準値内です。もちろん大幅に低下している場合には注意が必要ですし、TSHが上昇している場合には甲状腺機能低下症と考えられますが、少しの低下は全く問題にならないと思われます。

さて、甲状腺機能低下症の症状は以下のようなことがあります。

顔の表情が乏しくなる。声がれがみられ、話し方がゆっくりになる。まぶたが垂れる。眼と顔が腫れぼったくなる。毛髪は薄く、粗くなり、乾燥してくる。皮膚はきめが粗く、乾燥し、うろこ状に厚くなる。多くは体重が増え、便秘になり、寒さに耐えられなくなる。月経過多や月経不順、徐脈、食欲低下、脱力感、無気力。血液検査ではコレステロール上昇、CPK上昇、AST(GOT)やLDH上昇。など

そうすると糖質制限のときに上の症状の一部が起きることがあります。一過性であることも多いのですが、よくある症状や検査値は次のようです。

便秘、脱力感、無気力、コレステロール上昇、脱毛

肌の乾燥も脂質を制限してしまっている場合には起こる可能性があります。

上の症状の内多くはエネルギー不足であったり、間違った糖質制限であると考えられます。このように症状の一部で甲状腺機能低下症とエネルギー摂取不足が重なってしまうので、T3が下がっただけで甲状腺機能低下症が起きたと考えてしまう人がいるのです。

最初に書いた「低T3症候群」という名前の違和感は、T3が低下したことによる症状ではないことで、それがあたかもT3低下によるものだと決めつけてしまっていることです。「低T3症候群」の症状のほとんどはエネルギー不足(タンパク質不足や脂質不足)によるものと思われ、甲状腺ホルモン低下そのものによるものなのか、タンパク質不足や脂質不足による症状なのかははっきりしないこともあります。しかも、何も症状がない状態でT3だけが低下しているのであれば、それは「症候群」ではありません。ただの「低T3」なだけです。しかも「低値」となる基準値は糖質過剰摂取の人のものです。

しかし、十分にエネルギーを摂ったとしてもT3が基準値の下限付近や、少し基準値の下限を下回ることがあります。どうしてT3が低下するかは後で書きます。中にはエネルギーもしっかり摂っているのにT3の値だけでなく症状があるという方もいるかもしれません。私はその多くは以前の記事「糖質制限で倦怠感やエネルギー切れを感じる場合」で書いたように、塩分制限によるものではないかと考えています。糖質制限+塩分制限での最初の頃はエネルギーが足りててもストレスホルモンであるコルチゾールなどが分泌されます。これによりT3が低下すると考えられます。糖質制限の初期の頃は自分ではエネルギーを摂っているつもりでも、実際には不足していたり、糖質をエネルギーにしていた体がすぐに脂質をエネルギーにする体に切り替わらず、倦怠感を感じたりする場合もあります。そこに塩分制限が加わるとストレスホルモンにより、なおさらT3が低下し、症状も甲状腺機能低下症のような症状が出ますが、低T3による症状ではない可能性が高いと思います。

塩分の制限の継続は副腎の機能低下を起こす可能性があります。無気力や脱力感など様々な症状が重なります。(このときのT3は恐らくは低値とはならないかもしれません。)

糖質制限をしているときに赤肉を嫌がる人は、もしかしたらカルニチンが不足して脂質をエネルギーに上手くできていない可能性もあります。

では、なぜ糖質制限をするとT3は減少するのでしょうか?

進化の過程で現在のように糖質を過剰に摂取することはこれまでなかったのですが、糖質の摂取量が増加したことが、甲状腺ホルモンの要求量を増加させ、T3の増加につながっていると考えられます。絶食や低栄養でT3が低下することは最初に書きましたが、絶食ではおよそ50%T3は低下します。断食後に様々な栄養素を再摂取する研究では脂質やタンパク質ではT3は変化せず、糖質の摂取量の増加に伴ってT3が増加するようです。160gほどの糖質を摂ると元の値に戻るようです。進化の観点から、人間は糖質が非常に少ない状況に適応していると考えると、この低糖質食における低T3の方が正常であると思われます。つまり糖質制限でT3が低下するのではなく、糖質過剰摂取でT3が異常に増加しているのです。ヨウ素の欠乏が起きている地域ではヨウ素の摂取量が少ないのではなく、進化の過程で必要とされるヨウ素の量に比べて、糖質の摂取量が異常に増加したことにより相対的にヨウ素の必要量が増加して起きていると考えられます。

また、糖質制限で低T3の状態でT3を補充してしまうと、ケトン体は減少し、インスリン/グルカゴン比は増加すると言われています。(この文献参照)そしてせっかく脂肪をエネルギーにして、T3を低下させて筋肉の喪失を防止しているのに、T3を補充すると筋肉がかなり失われてしまうようです。この研究ではT3の補充で、体重減少の74%が筋肉の低下によるものだという結果が出ています。

血液検査の基準値はあくまで糖質過剰摂取をしている人たちの基準値です。コレステロールについては学会の圧力で決められてしまっていると思いますが、基準値に収まれば健康であるというわけではありません。糖質制限の人たちがどのようなデータになるかはまだわからないことも多いのですが、以前の記事「驚きの結果!糖質制限におけるHDLコレステロールと中性脂肪 みなさんの血液データから その2」でみなさんの血液データを分析した結果を示したように、糖質過剰摂取の人たちとは全くデータが異なる検査項目もいっぱいあると思います。特にエネルギー代謝に関するパラメーターの基準値は、糖質制限と糖質過剰摂取では違って当たり前なのかもしれません。進化を考えれば、実はやや低いT3ぐらいの値が人間の初期設定なのかもしれません。

2型糖尿病ではインスリン抵抗性が高いほどFreeのT3が増加するという研究もあります。(この文献参照)糖尿病でない人にも当てはまるかもしれません。

糖質制限をしてT3がたとえ少し低かったとしても、症状がなく、体調が問題なければ通常無視して良いと思います。何らかの症状がある場合には「低T3症候群」を考え、タンパク質不足や脂質不足がないかどうかを考えてみて、エネルギー量が足りなければ十分に摂ってください。エネルギーも足りてると思う方は、塩分制限になっていないかどうかを考えてみてください。もちろん、ビタミンやミネラル不足は様々な症状の原因にもなるので、そこはしっかり摂取してください。

「Nutrition, evolution and thyroid hormone levels – a link to iodine deficiency disorders?」

「栄養、進化と甲状腺ホルモン値 – ヨード欠乏障害へのリンク?」(原文はここ

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