今回の「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書(案)で最もびっくりしたのは次のような記述があることです。
「1-2 機能
栄養学的な側面からみた炭水化物の最も重要な役割はエネルギー源である。炭水化物から摂取するエネルギーのうち、食物繊維に由来する部分はごくわずかであり、そのほとんどは糖質に由来する。したがって、エネルギー源としての機能を根拠に食事摂取基準を設定する場合には、炭水化物と糖質の食事摂取基準はほぼ同じものとなり、両者を区別する必要性は乏しい。糖質は約 4 kcal/g のエネルギーを産生し、その栄養学的な主な役割は、脳、神経組織、赤血球、
腎尿細管、精巣、酸素不足の骨格筋等通常はぶどう糖しかエネルギー源として利用できない組織にぶどう糖を供給することである。脳は体重の 2%程度の重量であるが、総基礎代謝量の約 20%を消費すると考えられている 。基礎代謝量を 1,500 kcal/日とすれば、脳のエネルギー消費量は300kcal/日になり、これはぶどう糖 75g/日に相当する。上記のように脳以外の組織もぶどう糖をエネルギー源として利用することから、ぶどう糖の必要量は少なくとも 100 g/日と推定され、すなわち、糖質の最低必要量はおよそ 100 g/日と推定される。しかし、肝臓は必要に応じて筋肉から放出された乳酸やアミノ酸、脂肪組織から放出されたグリセロールを利用して糖新生を行い、血中にぶどう糖を供給する。したがって、これは真に必要な最低量を意味するものではない。」
「糖質」という言葉が正式に使われるようです。2015年版では「糖質」という言葉はなかったと思います。江部先生の努力の賜物でしょう。
そして、「最低必要量は100g/日と推定されるが、糖新生を考えるともっと少ないと考えられる」という内容はそのまま残っているので非常に良いことです。ただ、相変わらず脳はブドウ糖しかエネルギー源として利用できないと言っています。ここは全く進歩していません。ケトン体がこれほど情報として出ているのに、無視です。レベルが低いですね!
そして、指標の設定について、
「炭水化物、特に糖質は、エネルギー源として重要な役割を担っているが、上述のようにその必要量は明らかにできない。また、通常、乳児以外の人はこれよりも相当に多い炭水化物を摂取している。そのため、推定必要量を算定する意味も価値も乏しい。さらに、炭水化物が直接に特定の健康障害の原因となるとの報告は、2 型糖尿病を除けば、理論的にも疫学的にも乏しい。そのため、炭水化物については推定平均必要量(及び推奨量)も耐容上限量も設定しない。同様の理由により、目安量も設定しなかった。一方、炭水化物はエネルギー源として重要であるため、この観点から指標を算定する必要があり、アルコールを含む合計量として、たんぱく質及び脂質の残余として目標量(範囲)を算定した。 」
「必要量は明らかではないし、設定もしない。目安量も設定しない。しかし、タンパク質と脂質の量は決めたので、その残余が目標量である。」というような決め方をしています。そして最も気になるのが、「炭水化物が直接に特定の健康障害の原因となるとの報告は、2 型糖尿病を除けば、理論的にも疫学的にも乏しい」との記述です。本当でしょうか?
例えば以前の記事「太っているかどうかは関係ない インスリンが多いとがんで死ぬリスクが高い」で書いたように、インスリン分泌量の増加は、がんと関連しています。インスリン分泌を大きく増加させるのは糖質過剰摂取です。「直接」という逃げの言葉を使って、ごまかそうとしていますが、糖質が肥満を起こし、高インスリン血症を起こすのは事実です。理論的にも疫学的にも十分な証拠があるはずです。「米国の若年成人における肥満関連がんの割合の急激な増加」で書いたように、肥満の関連がんは急激に増加しています。アメリカだけの話ではありません。これは本当に糖質とは関連していないと言うのですか?
その後の文章では、「単糖及び二糖類、すなわち糖類の過剰摂取が肥満や齲歯の原因となることは広く知られている」とも書いてあるのに、矛盾を感じないのでしょうか?
その後の文章で言い訳をします。
「しかしながら我が国では、日本食品標準成分表に単糖や二糖類など糖の成分が収載されたのは比較的に最近であり、現在においても成分が与えられていない食品が多く、そのために、糖類の摂取量の把握がいまだ困難である。そのために今回はその基準の設定を見送ることにした。」
ほんまかいな?かなりの食品で成分が記載されており、巷の食品にも「糖質」という表示もされるようになっているのに、本当ですか?
そして目標量は、
「精製度の高い穀類や甘味料や甘味飲料、酒類は数多くのミネラル、ビタミンの含有量が他の食品に比べて相対的に少ないからである。たんぱく質の目標量の下の値(13 又は 15%エネルギー)と脂質の目標量の下の値(20%エネルギー)に対応する炭水化物の目標量は 67 又は 65%エネルギーとなるが、上記の理由のために、それよりもやや少ない 65%エネルギーを目標量(上限)とすることとした。」
また、今回も炭水化物(糖質)の上限は65%のままです。これで、平成が終わって新しい元号に変わっても、医療業界は安泰です。病気の人が減りませんから。そもそもの設定の仕方がおかしいです。タンパク質の量を決め、脂質の量を決め、残りが炭水化物だという意味の分からない方法で設定してしまうのですから。
わからないものはわからないで良いのです。
「炭水化物摂取量が 50~55%エネルギーであった集団でもっとも低い総死亡率と最も長い平均期待余命が観察された」
というランセットの2018年の研究をもとに述べられています。しかしこの論文は以前の記事「糖質を制限すると寿命が縮まる? 冗談のような研究」で反論しているように、ひどい内容のものです。それを採用しているのですから、悲しくなってしまいます。これがエビデンスでしょうか?ひどいですね。
「同じエネルギー量を有する炭水化物が有する減量効果は同じエネルギー量を有する脂質及びたんぱく質と有意に異なるものではないとしたメタ・アナリシスが多い。これは、炭水化物摂取量の制限によって総エネルギー摂取量を制限すれば減量効果を期待できるが、炭水化物摂取量の制限によって減少させたエネルギー摂取量を他の栄養素(脂質又はたんぱく質)で補い、総エネルギー摂取量が変わらない場合には減量効果は期待できないことを示している。」
上の文章のエビデンスは3つ挙げられていますが(これとこれとこれ)、低炭水化物と言いながら、定義はエネルギー量の40%~45%未満としているのです。どこが低炭水化物でしょうか?話になりません。さらに、
「糖尿病患者又は高血糖者を対象として、炭水化物摂取量を制限したときの血糖(又は HbA1c)の変化を観察した介入試験も一定数存在する。これらの研究をまとめたメタ・アナリシスでは、短期間(3 か月)かつ非常に炭水化物摂取量が少ない(15%エネルギー前後)試験でのみ、対照群(通常の炭水化物摂取量)に比べて有意な HbA1c の低下が観察されたが、それ以上の炭水化物制限や、それ以上の長期試験(6 か月以上)では有意な HbA1c の低下は観察されなかった。他の類似のメタ・アナリシスもほぼ同じ結果を得ている。」
メタアナリシス至上主義です。しっかりと糖質制限をした研究のメタアナリシスは存在するのかどうかはわかりません。しかし、明らかに糖質制限は血糖値、HbA1cを改善します。例えば「糖尿病に対する1年間の食事による生理的ケトーシスのパワー」で書いたように、糖質制限1年で大きく様々なパラメーターが改善します。中途半端にやれば以前の記事「中途半端な糖質制限では中途半端な結果になる」に書いたような結果です。
もう疲れてきました。次回はエネルギーとタンパク質についてです。
久しぶりに投稿させていただきます。毎日有益な情報をご提供いただき感謝しております。さきほど、先生のブログに関連して、宗田先生らのFBのグループである「糖質制限・ケトン体の奇跡」に下記のような投稿をさせていただきましたので、報告させていただきます。
(以下、投稿内容の写し)
この2~3日、シミズ先生のブログで、厚労省の新しい「日本人の食事摂取基準」(2020版)(案)が話題になっていますが、シミズ先生がおっしゃるように、本当に「がっかり」な内容になっています。
http://promea2014.com/blog/?p=7621
例えば、(以下引用)「炭水化物が直接に特定の健康障害の原因となるとの報告は、2 型糖尿病を除けば、理論的にも疫学的にも乏しい。そのため、炭水化物については推定平均必要量(及び推奨量)も耐容上限量も設定しない。同様の理由により、目安量も設定しなかった。一方、炭水化物はエネルギー源として重要であるため、この観点から指標を算定する必要があり、… たんぱく質及び脂質の残余として目標量(範囲)を算定した。」(引用ここまで)
炭水化物は健康障害の原因とは「理論的に」(!)あり得ない、ということのようですが、そこまで言ってしまって大丈夫でしょうか?
2型糖尿病の原因にはなる、と読めますが、この点は、かろうじて、少しの進歩かもしれません。でも、そうであれば、炭水化物の摂取の危険性に鑑みて、摂取量の制限を提言すべきではないのでしょうか?
そして、相変わらず、「炭水化物がエネルギー源として重要」という固定観念から脱却できていません(脂肪・ケトン体が重要ということが認識できてない)。そして、重要だから食べなきゃいけない、と言うのですが、自ら認めるように2型糖尿病の原因物質なのに、本当に食べるべきなのでしょうか??
和田さん、コメントありがとうございます。
今回の報告書を読んで思ったことは、集まったメンバーは最初から内容を見直そうなんて、これっぽっちも思っていない、ということです。
前回のものを少し手直しするだけです。この5年間に糖質制限がこれほど広まったにも関わらず、無視をしています。
そのつけは国民みんなに及ぶのですが…