運動後の冷却は逆効果かもしれない

プロ野球のピッチャーが交代した後、非常に大きな冷却用のバッグで肩や肘を冷却しているのをよく見ます。これは炎症や浮腫、筋肉痛などを抑えるためだと思いますが、本当に有効なのでしょうか?捻挫などのけがをしたときは別として、炎症は筋肉の修復過程で起こるべくして起きる必要なメカニズムなのではないでしょうか?もしかしたら、冷却することで逆に筋肉の修復を遅らせているのではないでしょうか?

私はランナーで、ランニング中に強い痛みが出たときには冷却することもありますが、フルマラソンやウルトラのレース後に冷却することはほとんどありません。もちろんプロのアスリートと市民ランナーではレベルが違いすぎますが、フルマラソン後の脚は中継ぎ投手よりも酷使された状態でしょう。

最近の研究では運動後の冷却を疑問視する研究がいくつも出ています。

今回の研究では平均年齢21歳の12人の男性でレクレーション程度の運動をしている人が対象で、2週間にわたる筋トレの筋原線維タンパク質合成速度に与える冷却の影響を測定しました。毎日の筋トレ後、両脚を20分間水に浸しました。一方の脚は冷水(8°C:CWI)に浸され、もう一方の脚はぬるま湯(30°C:CON)に浸されました。その後、45 gの炭水化物(すごく多い!)と20 gの乳タンパク質の摂取後、5時間の回復期間にわたって生体内での筋原線維タンパク質合成率を評価しました。(図は原文より)

上の図は温度です。Aは深部温と皮膚温、Bは筋肉の温度です。Aの▲は深部温、○はコントロールの30度の脚、●は冷却の脚です。皮膚温は冷却で20度以上低下しています。筋肉5度程度低下しています。皮膚温は3時間後まで有意差があります。

血糖値は、30分後に大幅(88から128)に増加しました。インスリン値は、0分(〜8.5 mU/L)から30分後(〜68.4 mU/L)および60分後(〜24.9 mU/L)に有意に増加しました。(大量の糖質摂取なので当たり前でしょう)

20 gのラベルした乳タンパク質の摂取により、外因性フェニルアラニンの出現率が急速に上昇し、これは5時間を通してベースラインと比較して有意に上昇したままでした。 5時間全体で、14.1±1.2 g(71±6%)の摂取タンパク質由来アミノ酸が循環に放出されていました。上の図はラベルしたフェニルアラニンの筋原線維タンパク質への取り込みを示しています。2時間後では冷却脚で有意差はないですが低下傾向、5時間後では有意に約26%低下しています。

上の図は筋原線維タンパク質の合成率を示しています。0~2時間では有意差なく冷却脚で低下傾向、0~5時間では有意に約20%低下しています。

上の図は2週間での筋原線維タンパク質の合成率です。明らかに冷却脚で低下しています。

上の図は炎症の所見であるIL-6とTNF-αです。左から0時間、2時間後、5時間後です。IL-6とTNF-αの両方のmRNA発現について、コントロール脚と比較して冷却脚の有意な減少は観察されず、運動後の冷却は局所の筋肉内炎症を減少させないことを示唆しました。そして逆にコントロール脚と比較して、冷却脚は水を浸した直後にTNF-αのmRNA発現が有意に高いことを観察しました。運動後の冷却がの局所の筋肉内炎症を減少させるという考えにさらに疑問を感じます。

これらの結果より、筋トレの回復時の冷却は、筋原線維タンパク質合成率を低下させるため、筋肉のコンディショニングを損なう可能性があります。

液体窒素を利用して超低温になったブース内に数分間入って全身を冷やす装置が何年か前に流行りました。(現在はどうなのでしょうか?)(関連記事はここ

装置は1台1,800万円もするそうです。この装置の効果も根拠があるのでしょうか?

 

「Postexercise cooling impairs muscle protein synthesis rates in recreational athletes」

「運動後の冷却は、レクリエーションアスリートの筋肉タンパク質合成率を損なう」(原文はここ

6 thoughts on “運動後の冷却は逆効果かもしれない

  1. アイシングは、損傷した細胞の周囲で、まだ元気な細胞が損傷した毛細血管などで血流が滞り、酸欠などにより死んでダメージが広がるのを冬眠状態にして防ぐ効果だとどこかで読んだことがあります。
    したがって、ダメージが広がらないようにするためであり、損傷そのものの修復効果はないはずです。
    この機序が正しいとすれば、低温状態で活性が下がっているため、ダメージを受けた部分の回復も遅れるのではないかと、以前より疑問に思っています。
    損傷の度合いとアイシングの時間のどこかに損益分岐点があるのでしょうか。

    1. 西村 典彦さん、コメントありがとうございます。

      明らかな骨折や損傷は別として、通常ではどれほど激しく運動しても、それによるマイナーな損傷はダメージではなく
      そこからの回復後の強化につながっていると思います。それを冷却して良い効果までも低下させていると思います。

  2. アイシング、やはりプロ野球のピッチャーがしているのを見て故障予防に必須なのかと思っていましたが、ラン後にやっても効果実感できず、最近はしていませんでした。
    (シューズやインソールを替えたり、適度に休む方が有効な感じです。
    運動後やっている静的ストレッチもどうなのでしょうか)

    おぉ!やっと(いい事づくめなのになかなか一般化しない)糖質制限が日の目を、
    と熊本日日新聞の「お米を食べると認知症」関連記事を見たかったのですが開く事ができませんでした。残念。

    1. 鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。

      認知症の関連記事はかなり前から見れなくなっていますね。通常のことなのか、どこからの圧力なのかはわかりません。

  3. 私もアイシングについては、以前から疑問を抱いていました。
    というのも、50歳まで現役を続けた中日ドラゴンズの元投手・山本昌さんは、アイシングをした経験がない…とのこと。
    (※山本昌は先発投手でしたが、メジャーで43歳まで抑えとして活躍したリベラも、アイシング否定派)

    また、田中将大投手の治療で話題となったPRP(多血小板血漿)療法ですが、数日間は治療部位に腫れ・痛み・熱感が出るとのことで(※先生のご専門の分野で恐縮です)、熱を帯びるのはヒト本来の修復システムであり、これを封じ込めてしまうアイシングは、むしろ逆効果…という思いを強くしました。

    なお、液体窒素の装置については修復の効果は不明ですが、血流を増大させる効果は覿面です。

    私の個人的な体験ですが、学生時代にファミリーレストランのアルバイトをしていた当時、急に身体が柔らかくなりその理由を探ったところ、マイナス40℃の冷凍室での30分ほどの作業が原因であることを突き止めました。
    (※後に担当をはずれたところ、元の木阿弥…)

    良かれと思ってするアイシングが、逆に選手生命を縮めているとしたら非常に残念なことであり、今後スポーツ界で議論が喚起されることを切に願います。

    1. 山田隆博さん、コメントありがとうございます。

      アイシングは恐らく逆効果で、人類が獲得したメカニズムに反すると思います。
      液体窒素は短時間急激に冷やして、その後の反発で血流が増大するのですかね?

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