プリンセス駅伝2020で途中棄権の選手は本当に脱水だろうか?

全日本実業団女子駅伝予選会 プリンセス駅伝 in 宗像・福津 2020 (2020年10月18日)が先週行われ、第1中継所手前約100メートルで倒れ、途中棄権となった選手がいました。

京セラの選手が全身けいれんで棄権 実業団女子駅伝予選

 全日本実業団対抗女子駅伝大会予選会は18日、福岡・宗像ユリックス発着の6区間42・195キロに28チームが出場して行われ、積水化学が2時間17分3秒で2年続けて1位通過した。14位までが本大会(11月22日、宮城)に進出する。  21年連続で全日本に出場していた第一生命グループは15位で涙をのんだ。新型コロナウイルス感染拡大後、初の全国規模の駅伝で、各チームは沿道での応援を自粛するよう求められるなど感染対策がとられた。  

京セラは1区の選手が第1中継所手前約100メートルで倒れ、途中棄権となった。全身けいれんが見られ、医師が救急車を要請。1区の責任者から報告を受けた審判長が競技中止を判断した。一昨年のこの大会で骨折した選手がはってたすきをつないだ事例を受け、日本陸連は競技規則に競走を中止させる手順を明記。審判長や医師は走行困難な選手に対して、監督の意向にかかわらず中止を命じることができる。今回はそれが適用された。大会関係者によると、選手は脱水症状とみられ、病院に搬送されたが、その後チームに復帰した。

このレースを見ていましたが、明らかに全身けいれんを起こしていましたが、果たして7kmという距離で全身けいれんを起こすほどの脱水になるでしょうか?余程体調が悪かったり、前の日から水分制限をしていれば別でしょう。

確かに今の季節としては気温が上がり、スタート時の気温は約20度、天候は晴れだったのですが、今年はその日だけが急に暑い日ではなかったはずです。毎日トレーニングをして、もっともっと長い距離を走っているはずの若い選手が、たった7kmで脱水症状というのはちょっと疑問です。

もちろん、私はその選手を診察したり検査結果を見たわけではないので、わかりませんが、恐らくは低血糖ではないかと私は考えます。

まだまだ根強いカーボローディングの考え方、走るには糖質が必要だという考えにより、選手たちはスタート前に糖質を摂取していたと思われます。しかし、その摂取タイミングやその選手のインスリン分泌パターンによって、スタート時にちょうど血糖値が急降下しているときなのかもしれません。

食後の運動は一過性の低血糖を起こす可能性があります。

今回の研究では2型糖尿病、肥満の人、肥満ではない人で、食後の運動が血糖値にどのような影響を与えるかを調べています。

対象は18人の非肥満、18人の肥満、および10人の肥満で2型糖尿病の男女(25〜65歳)です。運動なしの場合と夕食2時間後に運動をした場合で比較しました。夕食は10kcal/kg体重と1g/kgの炭水化物の食事を摂取しました。(目標主要栄養素組成:40%炭水化物、35%脂質、25%タンパク質)運動はトレッドミルで45分間です。(図は原文より)

上の図はAとBは運動なし、CとDは運動ありで▲が非肥満、〇が肥満、■が2型糖尿病です。当然2型糖尿病で他のグループよりも血糖値は高くなりました。

運動中(120分後~165分後)で2型糖尿病では血糖値が94.8低下しました。肥満では44.8の低下、非肥満では39.3の低下でした。また、性別によって有意差が観察されました。120~165分後まで、男性よりも女性の方が血糖値が低下しました。運動なし女性55.0、男性29.5の低下、運動あり女性66.0、男性38.9の低下でした。さらに、2型糖尿病の女性は血糖値の低下がもっと大きく、運動なし女性66.8、男性23.5の低下、運動あり女性109.9、男性34.5の低下でした。

血糖値の最下点は糖尿病で80.1、肥満では60.2、非肥満では53.3でした。低血糖(70mg/dL未満)は、運動なしで非肥満17人、肥満12人、2型糖尿病4人が経験し、運動ありでは非肥満17人、肥満17人、糖尿病5人が経験しました。つまり、非肥満では運動にかかわらず低血糖にならなかったのはたった一人であり、肥満では運動なしで6割以上が低血糖になり、運動すると一人を除いて17人が低血糖になってしまったのです。

運動ありとなしの両方の条件で低血糖になったのは25人でした。(非肥満15人、肥満10人、糖尿病2人)

より重度の低血糖60mg/dL(および50mg/dL)は、運動なし非肥満12人(3人)、肥満7人(2人)、糖尿病2人(0人)、運動あり非肥満16人(14人)、肥満14人(6人)、糖尿病4人(1人)に認めました。糖尿病の2人のみが症候性であり、これは70mg/dLを超える血糖値で発生しました。食後に運動をすると非肥満の人で8割近くが血糖値50となっていたのです。

上の図はインスリンの推移です。インスリン値は運動の有無にかかわらず非肥満に比べて肥満と糖尿病で高くなっていました。運動するとどのグループも急激にインスリンは低下しました。しかし、どのグループも血糖値のピークは60分付近なのに、インスリンピークは120付近でした。つまり、最もインスリンが高い状態で運動を開始しているのです。運動によるグルコースの取り込みとインスリン作用が相まって作用すれば、運動がない時よりも血糖値の低下は大きくなる可能性は高いでしょう。

 

上の図はグルカゴンの推移です。運動をするとどのグループもグルカゴンが急上昇し、ピークも運動なしよりも高くなりました。

運動なしでも低血糖が起きていることから、機能性低血糖であると思われます。しかもその低血糖は運動をするとさらに起こりやすく、糖尿病や肥満の人よりも肥満でない人の方が多く起きるのです。非肥満で食後運動をすると8割近くが血糖値が50になっているのです。

もちろん、この研究はエリートアスリートを対象にしたものではありません。しかし、エリートだからと言って機能性低血糖を起こさないということはないでしょう。しかも、この研究の傾向から考えると痩せたエリートランナーはより低血糖になりやすいのかもしれません。インスリンが出ていれば、脂肪をエネルギーにしにくいし、グリコーゲンも分解しにくい状態です。駅伝のような強度の運動ではこの研究よりも血中のブドウ糖は低下しやすいでしょう。

運動前の食事やスポーツドリンクなどの糖質摂取は、タイミングにより非常に危険な状態を起こす可能性があります。

このようなことが今回の駅伝のランナーに起きていたのではないかと推測します。

食後運動するのであれば食後30分~1時間で開始するのが良いのかもしれませんね。

 

「Post Meal Exercise May Lead to Transient Hypoglycemia Irrespective of Glycemic Status in Humans」

「食後の運動は、血糖状態に関係なく、一過性の低血糖につながる可能性がある」(原文はここ

8 thoughts on “プリンセス駅伝2020で途中棄権の選手は本当に脱水だろうか?

  1. 最近は糖質制限は言わずもがな、断食を24時間(1日一食)から、
    たまに48時間(2日間で一食)の時もあります。
    ランニングや筋トレも継続しながらですが、今のところ快調です。

    無論、あくまで個人の感想、自己責任で行なっております。

    1. 鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。

      私は食事をすることが好きなので、どうしても1日2食ですね。

  2. いつもブログ拝見しております。突然ですが、運動前の食事について質問させていただきます。
    私は糖質制限歴4年ほどなんですが、スポーツ時の食事について試行錯誤しております。
    朝一番の自転車レースで、いつ食事を摂ればいいのかについてです。レース自体は高強度ながら30分から40分です。
    いつもの糖質制限食では、高強度のレースでは少し力不足を感じていたため、最近は少し糖質を摂取すると、いい感じでした。しかし食事のタイミングがいつも難しいと感じていました。こんな場合はどのタイミングの糖質摂取がベストでしょうか?
    先日、2時間前に糖質摂取してしまい、まさにこの駅伝選手のようになってしまったきがします。

    1. かみさん、コメントありがとうございます。

      自転車は高強度がずっと続くのでしょうね?何度か様々なパターンを試してみるのが良いと思いますが、
      レースが始まった直後では遅いのでしょうか?
      レース前なら吸収の良いもの(液体またはジェルなど)を20~30分前、せめて1時間前でしょうか?(エビデンスはありません)
      血糖値もインスリンもピークになる前の方が良いと思います。
      2~3時間前は最悪なタイミングでしょう。

  3. 先生返信ありがとうございます。
    強度はレース開始から最後までほぼ最高心拍数のままです。
    レース開始後は補給を食べる余裕はありませんね。ですからスタートの30分から1時間前の摂取を今度は試みます!できれば私は糖質制限をしてるので、ケトンパワーで乗り切りたいところですが、短時間高強度ではやはり不利でしょうね。

  4. わかりやすい考察ありがとうございます。大変に参考になります。
    日本人に居眠りが多いのも、食後数時間に低血糖が原因なのでしょうか?
    昔、車を長時間運転中に居眠りして危ない目にあってから、運転する前と途中の食事は、糖質をなるべくやめるようにしました。そうしたら、運転中の眠気はほぼなくなった感があります。
    最近運動もしているので、食事時間には気を使っていこうと思います。
    これからも情報発信お願いします。

    1. いくさん、コメントありがとうございます。

      数時間後であれば低血糖の可能性もありますし、食後間もなくであればオレキシンかもしれません。
      私も糖質過剰摂取時代は運転中何度も眠くなりました。今考えるとぞっとしますね。
      タクシーなど運転中の眠気対策に糖質制限を取り入れているところもあると聞いたことがあります。
      様々な業務中の眠気にも糖質制限は有効化もしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です