以前の記事でプラセボ効果について書きました。プラセボはどちらかというと、効かないものが効いたというプラスの効果を言いますが、その反対、マイナスの効果を示すことをノセボ効果と言います。効かないわけがないものが効かなかったり、副作用が出るはずがない(もともと効果のないものだから)のに副作用を示したりすることです。
つまり、脳がどのように感じるかが非常に大きく影響するということです。
そのことを痛みで実験したのが次の研究です。
「The effect of treatment expectation on drug efficacy: imaging the analgesic benefit of the opioid remifentanil.」
「薬効に対する治療期待の効果:麻薬のレミフェンタニルの鎮痛効果をイメージングする」(原文はここ)
この研究で使われたのがレミフェンタニルという非常に強力な麻薬です。麻薬というと悪いイメージを持つ方もいるかもしれませんが、医療麻薬は手術時の全身麻酔には必須のもので、強力な鎮痛作用を示します。この薬がないと全身麻酔ができないというぐらい必須のものです。レミフェンタニルと眠るための薬があれば、とりあえず全身麻酔が可能なのです。(もちろんそれ以外の薬も必要ですが)その、最も強力な鎮痛剤を使って研究が行われました。
健康な被験者に痛みの刺激を与えます。1から100のスケール(0は「痛みなし」に対応し、100は「耐え難い痛み、想像できる最も強い痛み」)で70レベルの痛みを与えるように設定しました。70というのはかなりの痛みです。
実験は4回行われました。最初の実験では、被検者にはベースラインを確立するために生理食塩水を注入しました。生理食塩水は、簡単に言えば「ただの水」で全く効果はありません。
次に何も言わずにレミフェンタニルという強力な鎮痛剤を投与しました。
3回目は、「鎮痛薬を開始します。」と伝え、実際にレミフェンタニルを注入します。つまり「プラスの期待」を与えます。
そして4回目は実際にはレミフェンタニルが注入され続けていましたが、被検者には「麻薬(鎮痛剤)の注入を中止した後の痛みの可能性を調べるために注入を停止します。」と伝えられました。つまり、「マイナスの期待」を与えます。
1回目はただの生理食塩水でしたが、2~4回目はずっとレミフェンタニルが注入されていたのです。その結果は次の図です。(図は原文より)
左のグラフが痛みの程度を表し、右のグラフが不快感を表しています。そしてそれぞれのグラフで、左から1回目:ベースライン(生理食塩水のみ)、2回目:期待無し(何も言わないでレミフェンタニル注入)、3回目:プラスの期待(レミフェンタニルの注入開始を伝えられる)、4回目:マイナスの期待(レミフェンタニルの中止を伝えられる。実際には注入は続いている)です。
そうすると、痛みのレベルは1回目66、2回目55、3回目39、4回目64です。不快感のレベルは1回目52、2回目38、3回目23、4回目47です。
被検者にはレミフェンタニルが投与されているにもかかわらず、4回目と1回目では差がありません。つまり、マイナスの期待を持ったときには薬の効果が全く無くなってしまったのです。
この研究では機能的磁気共鳴イメージング(fMRI)を使って、脳の反応も見ていますが、実際にプラスの期待のときとマイナスの期待のときでは脳の活動自体が異なっていたことがわかりました。
私たちが感じていることは、脳がどのように反応するかがカギであり、その反応は言葉だけでも大きく左右されると考えられます。現代の医療で最強の鎮痛剤の効果さえ無くすことができるのですから、本当に言葉は力があります。昔の人が言っていた「言霊」というのは本当かもしれません。「言葉には魂がある」ので、悪いことを言うとそのように脳が反応して、そのように感じて、行動してしまうのかもしれません。マイナス思考は本当にあなたをマイナス方向に向けている可能性があります。もちろん体の不調がマイナス思考を作り出すこともあるかもしれません。
それにしても、脳は非常に高度な機能がありながら、こんなにも単純なんですね。すぐに騙されてしまいます。言葉一つで脳の反応が変わります。それを何度も続ければ完全に定着します。だから一度信じたことがなかなか否定できなくなるような状況も起こるのかもしれないですね。洗脳も簡単なのかもしれません。気をつけましょう。