最近、「日本の大腸がんの5割 腸内細菌の毒素が原因か」なんてことがニュースになっていました。(ここ参照)どうやら、国立がん研究センターの研究によるものらしいです。(ここ参照)
過去 20 年間で、50 歳未満の早発大腸がんの発生率は多くの国で倍増しているそうです。日本では次のようなデータが出ています。(罹患数は2015年までですが、統計が古いですね。図はここより)
上の図Aは日本における15~39歳の大腸がんの発生率で、Bは死亡率の変化です。1995年に大きく罹患数が低下したにも関わらず、その後右肩上がりです。死亡数はどんどん低下しています。2016年以降のデータを見てみると、罹患率はほとんど横ばいのような気がしますが…
まあ、いずれにしても、この国立がん研究センターの研究によれば、日本を含む11か国の国際共同研究により981症例の大腸がんを対象とした全ゲノム解析が行われ、解析の結果、日本人症例の5割に、一部の腸内細菌から分泌されるコリバクチン毒素による変異パターンが存在することが明らかになりました。コリバクチン毒素による変異パターンは、高齢者症例(70歳以上)と比べて若年者症例(50歳未満、大腸がん全体の約10%を占める)に3倍多い傾向がみられ、日本をはじめ世界的に問題視されている若年者大腸がんの重要な発症要因である可能性が示唆されました。さらに、コリバクチン毒素によるDNA変異が大腸がん発症早期から関与していることも示されました。(ここ参照)
これまで、食事要因が大きく取り沙汰されていましたが、今回では腸内細菌の大腸菌の一部が出す毒素が悪さをしていることになります。
でも、この腸内細菌の変化も、やっぱり食事要因だと思います。
しかし、こんな研究(ここ参照)があります。トロント大学が「低炭水化物食は大腸がんの発症を促進する可能性があると研究者らが発見」というものを出しました。分析の結果、低炭水化物食と、DNAを損傷するコリバクチンを生成する大腸菌株の組み合わせだけが、大腸がんの発症につながったのです。糖質制限危うし…?
このような研究を見たときは、気を付けなければならないことがありますね。それは、人間の研究であるかどうかです。この研究は、可溶性食物繊維が欠乏した低炭水化物食、高脂肪高糖食、または通常の固形飼料食を、コリバクチン産生大腸菌を定着させた「マウス」に摂取させた実験です。人間の食事はマウスの食事と同様ではありません。そして糖質制限食は決して食物繊維が欠乏してはいません。(もちろん欠乏している人もいますが)上の2つの研究を組み合わせて、糖質制限は大腸がんのリスクを上げるという専門家が出てきそうですね。
様々な早期発症型大腸がんの研究を見てみましょう。アメリカのある研究(ここ参照)では、肥満や喫煙も関係していましたが、早期発症大腸がんの可能性は、糖尿病があると19.8倍、大腸がん以外のがんの家族歴があると7.3倍でした。また、炎症性腸疾患(IBD)または大腸がんの家族歴を有する患者でも、早期発症大腸がんの可能性は高く、潰瘍性大腸炎やクローン病でも約10倍、大腸がんの家族歴は約49倍でした。家族歴や喫煙以外では糖質過剰症候群が大きく関係しているようですね。
別の研究(ここ参照)でも、メンデルランダム化分析で、早期発症大腸がんの可能性は、ウエストヒップ比増加で1.47倍、腹囲の増加でも1.42倍などの中心性肥満指標で高くなり、BMI、体脂肪率なども正の相関関係にありました。さらに、空腹時インスリン値について、log(pmol/l)の単位増加ごとに2.35倍になりました。これまた、糖質過剰症候群が大きく関係していると思われますね。
また、メタボリックシンドロームと早期発症大腸がんの関連(ここ参照)では、メタボリックシンドロームを1つ、2つ、または3つ以上併発している患者は、それぞれ9%、12%、31%、早期発症大腸がんの可能性が高くなりました。
食事の誤りにより、代謝障害が起きるだけでなく、腸内細菌の異常も出てくるのでしょう。
では、糖質制限(ケトン食)では、大腸がんに影響する腸内細菌の変化はどうなるのでしょうか?ケトン食では動物実験や一部の人間の研究でがんへの効果を認めていますが、腸内細菌の影響はあまりわかっていません。この研究はネズミさん研究なので、鵜呑みにしないように。(ここ参照)ケトン食を摂取したマウスでは、ステアリン酸を産生する細菌種への移行が見られ、遊離ステアリン酸の増加が観察され、がん細胞のアポトーシス誘導による直接的ながん抑制効果と、病原性結腸Th17細胞の抑制による間接的ながん抑制効果を示しました。人間でも同様の効果があると良いですね。
早期発症大腸がんの研究ではありませんが、最後に日本人を対象の研究を見てみましょう。(ここ参照)伊豆大島の40~79歳の島民全員を対象としています。大腸内視鏡検査を受けた1034人のうち、22人は大腸がん、521人は1つ以上の腺腫、49人は過形成ポリープのみ、17人は病理学的に確定診断されたその他の病変(神経内分泌腫瘍、非腫瘍性病変など)を有していて、残りの425人は正常大腸でした。大腸腫瘍(大腸がんまたは腺腫)を有する543人を症例群、正常大腸を有する425人を対照群としました。症例群の平均年齢は62.8歳、対照群は58.1歳です。
腸内細菌のコリバクチン毒素産生大腸菌を有する割合は、症例群で32.6%、対照群で30.8% で差はありません。症例群の中でコリバクチン毒素産生大腸菌が陰性の人と陽性と比較しても、大腸腫瘍の可能性は有意差がありませんでした。
大腸がんと食事要因との関連を見てみると、なんと穀物を中央値を超える摂取量で摂取した人では、コリバクチン毒素産生大腸菌を有する人の大腸腫瘍の発生の可能性が1.66倍上昇と有意に関連していました。穀物を中央値以下の摂取量で摂取した人の間では、有意ではない逆相関が認められました。その他、肉も乳製品も関連はありません。アブラナ科野菜摂取量に関して統計的に有意な相互作用が認められ、中央値以下の摂取量では有意ではない大腸腫瘍の発生の可能性の増加がありました。
もちろん、この食事要因のデータは食事アンケートなのでデータの質は低いですが、もしかしたら糖質である穀物の摂取量は大腸がんと関連している可能性があります。
コリバクチンという毒素が関係しているとはいえ、そのさらに根本には食事が関係している可能性が高いでしょう。