前回の記事「高血糖は、妊娠中の胎盤での脂肪酸酸化を減少させ、胎盤の中性脂肪の蓄積を増加させる」では、母体の高血糖が脂肪酸の酸化を減少させることを書きました。脂肪酸の酸化が減少するということは、脂肪酸をエネルギーとして利用しにくくなるということです。しかし、十分にブドウ糖があるなら良いのでは?という考えもあるかもしれません。
胎児の母親からの栄養素の利用は、栄養素の直接移動、栄養素の胎盤での消費、胎盤での栄養素の代替燃料源への転換が主要メカニズムだと考えられています。つまり、胎盤が母親と胎児との間の栄養交換を調節しているのです。そして、糖尿病女性の胎盤について行われた研究では、遺伝子の発現レベルの大きな変化が起きており、恐らく胎盤での脂質合成が増加し、それが胎児に大量に流入している(または何らか大きな影響している)のではと考えられます。
また、母親の高血糖は胎盤を通じて胎児の高血糖ももたらします。通常、母体と胎児の血糖値の差は20mg/dl以内と言われています。仮に母体に対して急速にブドウ糖含有の輸液を投与された場合、臍帯血の血糖値は300mg/dl以上になると報告されています。そうすると胎児はインスリンを分泌しなければなりません。(図は原文より)
上の図は1970年代に行われた研究です。今ではこんな研究は倫理的に許されるものではありませんが、当時はこのような危険な研究があったのです。母親にブドウ糖を持続的に投与し、そのときの母体と胎児の血糖値、インスリン値を測定しているのです。上のグラフが正常妊娠の場合で、下が妊娠糖尿病です。そうすると、正常妊娠で母体の血糖値が240ぐらいのときに、胎児の血糖値は160くらいです。インスリン値は母体は非常に上昇していますが、胎児は母体に比べれば低めを保っています、しかし、50分後には40くらいまで上昇しているので、十分にインスリンが分泌されています。
妊娠糖尿病では母体の血糖値が200ぐらいのとき、胎児の血糖値は160ぐらいを示し、インスリン値は母体の反応は悪いのですが、胎児では時間と共にどんどん上昇し、60分後には120を超えてしまっています。
また、ブドウ糖として50gを4時間、すなわち12.5g/時間ブドウ糖を投与した帝王切開の研究では、投与されたブドウ糖のために胎児はインスリンを分泌しますが、出生後母体からブドウ糖の供給が突然途絶えるために、新生児の血糖値が30mg/dl以下の症例が出生後1時間で10例中6例、出生後2時間で10例中5例に認めた、という報告もあります。(もちろん私は帝王切開時にブドウ糖の入った点滴はしません)
母親の高血糖により、胎児は自分でインスリン分泌をして、高インスリン血症になります。母親や胎盤で起こるのと同じメカニズムの代謝が胎児の体内で起きてしまいます。そうすれば胎児は脂肪酸の酸化が減少し、脂肪酸をエネルギーとして利用できなくなり、中性脂肪を異常に蓄積してしまうのです。インスリンは成長も促進します。その結果、妊娠糖尿病では巨大児の危険性が高くなるのです。
高血糖、高インスリン血症で脂肪酸を酸化できないのであれば、ケトン体もできなくなります。以前の記事「ケトン体は胎児、新生児に必須のものである」で書いたように、ケトン体はエネルギー源だけではなく、様々な臓器が形成されるときのコレステロール供給源にもなっていると考えられています。また、脳のエネルギー需要量は非常の多いので、ブドウ糖だけでは非常に不安定な状況になってしまいます。ケトン体は、ブドウ糖の代替エネルギーである大人の脳とは異なり、新生児ではブドウ糖だけでは脳のエネルギー需要を満たすことができないため、必須の脳のエネルギーなのです。
そして、そのような高血糖、高インスリン血症のままで出産を迎え、生まれてきた場合、その新生児は高インスリン血症のために、急速に低血糖になってしまう可能性があります。そしてインスリンのために、低血糖時に非常に重要なケトン体も非常に少なく、脳を危険な状態にさらしてしまうのです。
いずれにしても、高血糖にならない食事が重要になると考えられます。
「Effect of sustained maternal hyperglycaemia on the fetus in normal and diabetic pregnancies」
「正常および妊娠糖尿病における胎児に対する持続的な母体高血糖の影響」(原文はここ)