昨日のテレビ「金スマ」で栗原類さんとピアニストの野田あすかさんの発達障害について放送していました。確かに、「普通」の人とは違う感じがします。
厚生労働省のホームページでは、「発達障害」とは、でこんな説明が書いてあります。
生まれつきの特性で、「病気」とは異なります
発達障害はいくつかのタイプに分類されており、自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害、チック障害などが含まれます。
これらは、生まれつき脳の一部の機能に障害があるという点が共通しています。同じ人に、いくつかのタイプの発達障害があることも珍しくなく、そのため、同じ障害がある人同士でもまったく似ていないように見えることがあります。個人差がとても大きいという点が、「発達障害」の特徴といえるかもしれません。
「障害」というのは、簡単に言えば治療では治らないということ。「生まれつき」というのは、簡単に言えばお母さんのお腹の中ですでに脳が障害を受けているということ。
しかし、本当に治らない「脳」の「障害」であり、本当に「生まれつき」なのでしょうか?
ADHDの診断基準は以下のようです。
DSM-5における注意欠如・多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の診断基準
A1:以下の不注意症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.細やかな注意ができず、ケアレスミスをしやすい。
b.注意を持続することが困難。
c.上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
d.指示に従えず、宿題などの課題が果たせない。
e.課題や活動を整理することができない。
f.精神的努力の持続が必要な課題を嫌う。
g.課題や活動に必要なものを忘れがちである。
h.外部からの刺激で注意散漫となりやすい。
i.日々の活動を忘れがちである。
A2:以下の多動性/衝動性の症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.着席中に、手足をもじもじしたり、そわそわした動きをする。
b.着席が期待されている場面で離席する。
c.不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする。
d.静かに遊んだり余暇を過ごすことができない。
e.衝動に駆られて突き動かされるような感じがして、じっとしていることができない。
f.しゃべりすぎる。
g.質問が終わる前にうっかり答え始める。
h.順番待ちが苦手である。
i.他の人の邪魔をしたり、割り込んだりする。
B:不注意、多動性/衝動性の症状のいくつかは12歳までに存在していた。
C:不注意、多動性/衝動性の症状のいくつかは2つ以上の環境(家庭・学校・職場・社交場面など)で存在している。
D:症状が社会・学業・職業機能を損ねている明らかな証拠がある。
E:統合失調症や他の精神障害の経過で生じたのではなく、それらで説明することもできない。
この診断基準には「脳」の検査が全く含まれていません。つまり、症状だけで診断するわけです。脳の検査もなしに、それでも脳の障害と決めつけてしまうのは危険ではないでしょうか?
ピアニストの野田あすかさんは広汎性発達障害と言われています。このような方にある特定のことに非常に才能があることがあります。野田さんの場合はピアノです。しかし、番組を見ていて気になることがありました。ピアノを弾くときは確かにすごく、表情も変わります。それ以外の普通のときの表情や行動とは別人です。ただ、ピアノを子供に教えている場面が映されていました。その時の野田さんの表情、しゃべり方などは、「普通」そのものです。何が言いたいかというと、ピアノというフィルターを通すと「普通」またはそれ以上になるのです。ピアノを弾くという行為だけでなく、ピアノがあればしゃべり方まで変わるのです。これって「障害」ですか?ピアノ演奏に特別な才能を発揮するだけならわかりますが、人にピアノを教えている時でさえ、「障害」というものを持った人に見えないのです。つまり、彼女の中では切り替えのスイッチがあるのかもしれません。「普通」の人とはちょっと違い、生き辛さがあり、その逃げ場所として発達障害があるのではないでしょうか?2重人格、多重人格に近いものかもしれません。国立の大学に合格しているので、知能は全く問題がありませんし、理論的な考え方も持ち合わせているはずです。しかし、周りの人とは違う。もしかしたら「発達障害」という居心地の良い場所を見つけたのかもしれません。
生まれつきの性同一障害で悩む人もいますが、男(女)として生きるのが本人にとって生き辛い場合に、性を変えるという逃げ場所を求める人もいます。それは「生まれつき」の「障害」ではありません。
栗原類さんも野田あすかさんも「生まれつき」の「脳」の「障害」と誰も証明できません。推測にすぎません。だから、脳が本当に障害を受けていると決めつけるのは非常に危険だと思います。私は多くの発達障害は早い段階であれば治る、または大きく改善する、と思っています。また、生まれつきのものではなく、ある一定の段階を超えると発達障害のような症状が出るのであり、それは大きくなってからのこともあるということです。
ニュージーランドの発達障害の論文を掲載します。
全文はここです。
Is Adult ADHD a Childhood-Onset Neurodevelopmental Disorder? Evidence From a Four-Decade Longitudinal Cohort Study
Method:
Participants belonged to a representative birth cohort of 1,037 individuals born in Dunedin, New Zealand, in 1972 and 1973 and followed to age 38, with 95% retention. Symptoms of ADHD, associated clinical features, comorbid disorders, neuropsychological deficits, genome-wide association study-derived polygenic risk, and life impairment indicators were assessed. Data sources were participants, parents, teachers, informants, neuropsychological test results, and administrative records. Adult ADHD diagnoses used DSM-5 criteria, apart from onset age and cross-setting corroboration, which were study outcome measures.
Results:
As expected, childhood ADHD had a prevalence of 6% (predominantly male) and was associated with childhood comorbid disorders, neurocognitive deficits, polygenic risk, and residual adult life impairment. Also as expected, adult ADHD had a prevalence of 3% (gender balanced) and was associated with adult substance dependence, adult life impairment, and treatment contact. Unexpectedly, the childhood ADHD and adult ADHD groups comprised virtually nonoverlapping sets; 90% of adult ADHD cases lacked a history of childhood ADHD. Also unexpectedly, the adult ADHD group did not show tested neuropsychological deficits in childhood or adulthood, nor did they show polygenic risk for childhood ADHD.
Conclusions:
The findings raise the possibility that adults presenting with the ADHD symptom picture may not have a childhood-onset neurodevelopmental disorder. If this finding is replicated, then the disorder’s place in the classification system must be reconsidered, and research must investigate the etiology of adult ADHD.
この研究の結果について、1037人の内、子ども時代にADHDの診断を受けた人は 6% (ほとんどが男の子)、大人のADHDの診断を受けた人は 3%という結果でした。しかし、子どもの頃にADHDの診断を受けた61人のうち、大人になってからもADHDの診断を受けた人はわずか3人しかいませんでした。たった3人です。5%弱です。しかも当時のニュージーランドではADHDの薬物療法は普及しておらず、子どもの時代に治療薬を飲んだケースはなかったのです。薬物療法なしで自然に症状がなくなっていったのです。また、大人のADHD の診断を受けた31人の約90%は子どもの頃にADHDの診断を受けてはいません。この人たちの子ども時代の学校の先生からの報告でも、ADHDの症状が報告されている人はほとんどいなかったのです。さらに、親に子どもの頃のことを思い出してもらっても、大人のADHDの診断を受けた人のうちわずか13%しか12歳以前にADHDの症状があったことを思い出せなかったですし、子どもの頃にADHDの診断を受けていた子どもの親の中で、78%は子ども時代のADHDの症状を忘れていました。
つまり、子どもの頃にADHDと診断された人たちと、大人になってADHDと判断される人は、ほとんど重なりがないということです。以前から言われているように、子どもの頃にADHDの症状を持っていた人であっても、年齢と共にその症状が見られなくなっていくことは珍しくありません。また、子どもの頃にはADHDの症状がなかった人であっても、大人のADHDの症状を表してくることも少なくないと思われます。
この研究を純粋に受け止めれば、ADHDは治らないという「障害」ではないし、「生まれつき」でもないと考えなければなりません。
誰かにとって都合の良い診断基準で過剰に診断をして、「発達障害」と呼ばれている症状を示す子供を病院に連れていき、薬を飲ませて、潤っている人がいるのは事実です。必要なのは薬ではないと思います。
発達障害は「脳」の障害ではなく、治らない「障害」でもなく、「生まれつき」のものでもありません。もちろん、本当の障害の方も中にはいると思います。しかし、多くは違います。「生まれつきの脳の障害」という決めつけは非常に危険だと思います。