糖尿病は血管合併症のリスクが非常に高くなります。網膜症や腎症などの微小血管合併症、大血管合併症は糖尿病患者における死亡率に大きく関与しています。血管障害の早期の徴候は、血管透過性の増加であり、これは最終的には後に微量アルブミン尿と関連する可能性があると考えられます。そのメカニズムは完全にはわかっていませんが、「瘀血(おけつ)とグリコカリックス(勝手な仮説)」で取り上げたグリコカリックスが大きなカギを握っていると考えられています。
腎臓の糸球体でアルブミンはろ過されますが、糸球体内皮細胞には内皮細胞間小孔(直径60〜80nm)という穴が開いており、水や尿毒素などの小分子は自由に透過できる構造になっています。内皮細胞の表面は厚さ約200〜400nmのグリコカリックスが覆われています。このグリコカリックスに覆われた内皮細胞はろ過障壁となりアルブミンなど分子量の大きいもの(約66,000 Da)はろ過されず、尿中に漏れない仕組みとなっています。糖尿病では高血糖そのものまたは、それによる炎症や酸化ストレスの亢進によってグリコカリックスが傷害されることで、アルブミン透過性が亢進すると考えられています。
では、高血糖や糖尿病でどれぐらいのグリコカリックスの低下を起こすのでしょうか?
健康なボランティアを使った研究では、6時間の高血糖(約300mg/dL)を維持した後、全身グリコカリックスの体積はベースライン値の約50%に減少したという研究があります。(図はこの文献より)
上の図は全身のグリコカリックスの量です。左のバーがベースラインで、右がブドウ糖を注入して高血糖を保った後のものです。高血糖によりグリコカリックスの量は約半分に減少していることがわかります。血糖値を300で6時間も維持するなんてことは通常はなかなかないシチュエーションですが、1日のうちで300を超えている時間がトータルで6時間という人はいるかもしれません。よっぽどですが。
上の図はFMD(血流依存性血管拡張反応)です。(「高血糖は血管内皮細胞の機能不全を起こし、血管の拡張を妨げる」参照)
血管内皮機能が低下していると一酸化窒素(NO)の産生が少なくなり、FMD値は低下します。この高血糖によりベースラインの約66%までFMDが低下しました。
次に2型糖尿病の研究です。舌下の血管のグリコカリックスの厚さを測定しています。(図はこの文献より)
上の図で左がコントロール群で、右が2型糖尿病群です。コントロールの平均値0.78μmに対し2型糖尿病の平均値0.64μmと有意にグリコカリックスの厚さが低下していました。
1型糖尿病ではどうでしょうか?次に図を見てください。(図はこの文献より)
上の図は全身のグリコカリックスの量です。左がコントロールで、真ん中が1型糖尿病で微量アルブミン尿が出ていない人の群、右は微量アルブミン尿の出ている1型糖尿病の群です。コントロール群1.5L、微量アルブミン尿の無い1型糖尿病群0.8L、微量アルブミン尿のある1型糖尿病群0.2L、と微量アルブミン尿の無い1型糖尿病でさえコントロールからほぼ半減しているのですが、微量アルブミン尿がある状態まで進行するとさらにグリコカリックスの量は激減してしまっています。
上の図のAは舌下の血管のグリコカリックスの厚さを表しています。1型糖尿病で微量アルブミン尿の有無では有意差がなく、コントロールと比較すると有意に厚さが低下し、半分近くになっています。Bの図は横軸が舌下の血管のグリコカリックスの厚さで、縦軸が全身のグリコカリックスの量を示しています。舌下のグリコカリックスの厚さと全身のグリコカリックスの量は正の相関を示しています。
健康な人の高血糖の状態や、1型と2型の両方の糖尿病でもグリコカリックスの量は低下しています。
グリコカリックスは血管のバリア機能としての働きがあります。つまり、高血糖にさらされるとそのバリアが薄くなり、バリア機能が低下してしまい、血管の問題が起きてくるのではと考えられます。
あなたが自分の血管のグリコカリックスを守るためにできることは、高血糖と炎症をできる限り抑えることです。最も近道は糖質制限と考えられます。日本の糖尿病の医師が勧めるカロリー制限ではグリコカリックスは守れません。