肥満や糖尿病などでは、糖質から脂質へのエネルギーの流れが亢進し、フレイルなど低栄養病態ではタンパク質から糖質へのエネルギーの流れが増加します。
これらのエネルギーの流れは逆流することはなく、いわゆる3大栄養素のエネルギーの流れは一方向性であり、そのバランスは本来、厳密に制御されているはずです。その制御に最も重要なものの一つがインスリンです。
インスリンは、タンパク質分解を抑制し、脂質合成を促進します。筑波大学が解明したインスリンによる3大栄養素間のバランス維持機構は下の図のようです。(図はこのプレスリリースより)
インスリンによりスイッチがオン、オフになるようです。インスリン分泌が増加するとタンパク質分解系がオフになり、脂質合成系がオンになります。逆にインスリン欠乏時、つまり飢餓、絶食などの場合はタンパク質分解系がオンになり、脂質合成系がオフになります。脂質合成系はSREBP-1(ステロール調節配列結合タンパク-1)を介しています。
ただ、糖質制限は飢餓状態ではなく、インスリンは少ないけれど、エネルギーは豊富な状態なので上の図のような単純なものでは無いと思います。いずれにしても今回言いたいのはインスリンが増加するとSREBP-1が増加するということです。SREBP-1は脂肪酸代謝関連遺伝子の転写調節、つまり中性脂肪の合成に関与します。
今回の研究では、そのSREBP-1と乳がんとの関連を分析しています。乳がん患者82人の組織サンプルを調べました。そうするとSREBP-1は、がんの周りの組織と比較して、がんの組織の大部分で確実に増加していました。
さらに、SREBP-1の発現の増加と臨床病理学的特徴との関連を分析したところ、高いSREBP-1発現が腫瘍分化、腫瘍リンパ節転移(TNM)病期、およびリンパ節転移と強く相関していることを示唆しました。(図は原文より、表は原文より改変)
上の図は5年生存率を示しています。Aは全体、Bは乳がんによって死亡したかどうかの生存率です。実線がSREBP-1が低い場合、点線がSREBP-1が高い場合です。どちらの図もSREBP-1の高発現は、乳がん患者の5年生存率の低下と相関しています。
全生存 | 疾患特異的生存 | |||||
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変数 | HR | 95%CI | P値 | HR | 95%CI | P値 |
SREBP-1 | 2.976 | 1.109〜7.987 | 0.030 | 2.327 | 1.093〜4.955 | 0.029 |
年齢 | 0.993 | 0.741〜1.352 | 0.836 | 0.854 | 0.651〜1.223 | 0.885 |
腫瘍サイズ | 2.731 | 1.945〜3.786 | 0.003 | 2.912 | 1.883〜4.147 | 0.001 |
リンパ節転移 | 3.183 | 1.991〜4.505 | 0.001 | 3.962 | 2.975〜4.756 | <0.001 |
組織学グレード | 1.842 | 1.185〜2.846 | 0.023 | 1.954 | 1.512〜2.513 | 0.032 |
上の表は様々な変数が5年生存率にどれほど関連しているかを示しています。SREBP-1は、5年生存率の独立した予後マーカーでした。SREBP-1が高いと約3倍も生存低下のリスクがありますし、乳がんでの死亡リスクも上がります。
SREBP-1が乳がん細胞の遊走と浸潤に影響を与えると考えられます。つまり、その元を考えれば、インスリン分泌増加がSREBP-1増加をもたらし、そして乳がん細胞の浸潤や転移をもたらし、死亡率増加をもたらすと考えられます。
乳がんになっても好きなものを食べていては、インスリン分泌が増加し、脂質合成系が活性化し、予後不良になる可能性を高めるでしょう。がんは糖質過剰症候群です。糖質制限が基本でしょう。
「SREBP-1 is an independent prognostic marker and promotes invasion and migration in breast cancer」
「SREBP-1は独立した予後マーカーであり、乳がんの浸潤と遊走を促進する」(原文はここ)
「逆にインスリン欠乏時、つまり飢餓、絶食などの場合はタンパク質分解系がオンになり」
筋トレ民の「糖質摂らないと筋肉が削られる」論拠にされそうですね。
糖質制限は飢餓状態ではないことは理解されなさそうです。
先日中高年女性と糖尿病の話になり、さりげなく糖質制限について言及したら即否定、
「日本人が長生きなのはご飯を食べているから」だそうです。
「甘いものは体に良くない」認識はあり矛盾ですが、これが現実多数派なのでしょうね。
ただ、糖質制限で多数派を出し抜けるということなので、我々にはいいこと?なのかも。
鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。
タンパク質分解系もオンになると思いますが、タンパク質豊富な糖質制限食では合成系もオンになるでしょう。
この研究はやはり、糖質過剰摂取状態を前提としたものですから。