抗うつ薬のサインバルタの適応に慢性腰痛症が追加されました。しかし、厚生労働省からすぐにお達しが来ました。
内容は簡単に言えば、「自殺や攻撃性の副作用があるから、安易に処方するな!」というものです。以前からSSRIやSNRIにそのような副作用が知られておりました。だから慎重に投与する必要があります。うつであればセロトニンが減少しているという仮説のもと、投与するのは理解できますが、慢性腰痛症の場合でセロトニンやノルアドレナリンが減少していないのであれば、この副作用、つまり自殺や攻撃性が高まる可能性が十分考えられます。うつの人でもSSRIの被害者はいっぱいいるのに、このような適応拡大は大丈夫なのでしょうか?
自殺や攻撃性の副作用を考慮すれば、自ずと家族にも説明が必要になりますし、一人暮らしの患者さんには危険すぎて処方できません。つまり、家族の監視がある中での投与でなければ難しいのではないでしょうか?小児に抗インフルエンザ薬を投与する場合にも異常行動が現れないか目を離さないように、と説明されていますが、サインバルタも同じですね。目を離さないように…無理です。慢性腰痛症で家の中に閉じこもっており、常に家族が監視している状態なんてありえっこありません。でも、そうせずにもし自殺したら、または誰かを傷つけたら監視していなかった家族に過失があると言われてしまいます。こんな薬怖くて処方できません。
皆さんもご存じだと思いますが、日本でうつ病の患者が爆発的に増えたのはSSRIという抗うつ薬の発売と同時なんです。そこで大々的にマスコミを使ってキャンペーンが行われました。「うつは心の風邪」というものです。このキャンペーンを信じて医者にかかった人はうつでもないのに「うつ」の病名が付けられ、新しい薬をどんどん投与されました。しかし、抗うつ薬をのまされて、この社会からうつの患者やうつによる自殺患者が減ったかと言うと逆に増加しました。それもそのはず、このSSRIはうつの患者の8割には無意味な薬だからです。当然うつでもない人にもたくさん処方されていますから、副作用に自殺があれば、自殺者は増加するでしょう。
詳しく知りたい方はこの下の本を読んでみてください。
さて、このサインバルタ、抗うつ薬としての効果はどうなんでしょう。ネットで誰でも添付文書を入手できますので、それを見ると面白いことがわかります。
添付文書の臨床成績のうつ病の表を見てください。HAM-D17というのはうつ病の評価をするスコアです。表5は6週間投与した結果です。プラセボは効果のない偽薬です。パロキセチンはSSRIの「パキシル」です。
投与群 | n | HAM-D17合計評点 ベース ライン注1 | HAM-D17合計評点 最終 評価時 | 変化量 ベースラインからの 変化量 | 変化量 プラセボ群との対比較注2 群間差 (95%信頼区間) | 変化量 プラセボ群との対比較注2 p値 |
プラセボ群 | 145 | 20.4 ±4.2 | 12.2 ±7.0 | -8.3 ±5.8 | – | – |
本 剤 40mg群 | 73 | 20.6 ±4.4 | 10.1 ±5.6 | -10.5 ±5.7 | -2.17 (-3.83,-0.52) | 0.0103* |
本 剤 60mg群 | 74 | 20.4 ±4.1 | 10.5 ±6.2 | -10.0 ±6.4 | -1.70 (-3.35,-0.05) | 0.0440* |
本 剤 併合群 | 147 | 20.5 ±4.2 | 10.3 ±5.9 | -10.2 ±6.1 | -1.93 (-3.28,-0.58) | 0.0051* |
パロキセチン群 | 148 | 20.4 ±4.8 | 11.0 ±7.4 | -9.4 ±6.9 | -1.29 (-2.64,0.07) | 0.0623 |
注1:割付時(プラセボリードイン期終了時)
注2:投与群を固定効果,性,病型分類,投与前HAM-D17合計評点を共変量,治験実施医療機関を変量効果とした共分散分析
p:有意確率,*:有意差あり(p<0.05)
(mean±S.D.)
評価時期 | n | HAM-D17合計評点 | 変化量 |
ベースライン | 215 | 20.9±5.1 | – |
6週時 | 187 | 12.5±5.3 | -8.3±5.2 |
12週時 | 182 | 10.1±5.2 | -10.6±5.6 |
24週時 | 172 | 8.4±5.3 | -12.6±6.5 |
52週時 | 146 | 5.5±4.8 | -15.6±6.1 |
(mean±S.D.)
表5と表6をじっくり見てみましょう。まず表5のプラセボの変化量は-8.3です。サインバルタの変化量は40㎎と60㎎合わせて-10.2です。パキシルが-9.4です。パキシルはプラセボと比べて有意差が無いので、効果なしということです。では、サインバルタはどうでしょうか。プラセボ-8.3とサインバルタ-10.2で有意差ありということですが、ここで表6を見てみると、表5と同じ条件の6週時で見ると、サインバルタの変化量は-8.3です。おや?表5のプラセボの値とまるっきり同じです。となると、表5では上手くプラセボと差が出たものだけを取り上げている可能性が考えられませんか?つまり、ちゃんと比べるともしかしたら有意差が無いとなるのかもしれません。明らかに操作しているように感じます。また、表5は二重盲検並行群間比較試験といって、治療を受ける患者さんも処方する医者も、投与した薬が偽薬なのか本物なのかはわからないことになっていますが、本当にわからないと思いますか?偽薬は小麦粉を丸めた様なもので、全く作用は示しません。しかし、サインバルタであれば何らかの変化を感じるはずです。それが症状に対して効果があるかどうかは別として、変化を感じれば本物の薬とわかり、効果があるかもしれないという期待感が出てきます。一方、偽薬はその変化が何もないので、その期待感はない場合もあるでしょう。その変化が本当はなくても効果があるのがプラセボ効果です。偽薬とサインバルタの違いはわずか-1.9です。しかし、表6にあるように最初からサインバルタだとわかって処方すると結果は-8.3と表5のプラセボと同じになるんです。これは効果があると言えるのでしょうか?私は効果があったとしてもごくわずか、ほとんど効果はないと思います。しかも、危険な副作用がある。
次に今回適応拡大された慢性腰痛症についてのデータを見てみましょう。表11は14週時の変化量です。
投与群 | BPI-疼痛重症度 (平均の痛み)スコア ベース ライン注1 | BPI-疼痛重症度 (平均の痛み)スコア 投与14週時注1 | 変化量 ベースラインからの変化量注2 | 変化量 プラセボ群との対比較 群間差(95%信頼区間) | 変化量 プラセボ群との対比較 p値 |
プラセボ群 | 5.09 ±1.04 (226) | 3.16 ±1.78 (200) | -1.96 ±0.11 | – | – |
60mg群 | 5.14 ±1.11 (230) | 2.73 ±1.69 (209) | -2.43 ±0.11 | -0.46 (-0.77,-0.16) | 0.0026* |
注1:平均値±標準偏差 (評価例数)
注2:混合効果モデルに基づく調整平均値±標準誤差
投与群,観測時点,投与群と観測時点の交互作用を固定効果,ベースラインのBPI-疼痛重症度(平均の痛み)を共変量とした。
p:有意確率,*:有意差あり(p<0.05)
評価時期 | n | BPI-疼痛重症度(平均の痛み)スコア | 変化量 |
ベースライン | 150 | 3.89±1.55 | – |
8週時 | 142 | 2.35±1.72 | -1.56±1.58 |
16週時 | 140 | 2.17±1.71 | -1.76±1.78 |
28週時 | 137 | 1.95±1.54 | -2.01±1.76 |
50週時 | 121 | 1.59±1.50 | -2.26±1.63 |
(mean±S.D.)
先ほどと同じカラクリがあります。まず、表11ではプラセボで変化量-1.96、サインバルタで-2.43、その差-0.46です。でも統計的には有意差ありになります。そして表12を見ます。14週が無いので16週時で見ても、変化量は-1.76です。表11よりのプラセボより変化量が少ないですね。そこでベースラインを見てみると表11では5.14、表12では3.89となっています。もともとのベースラインが違うので変化量の差があってもおかしくはないのですが、そもそも何でこんなにベースラインが違うんでしょうか?これまた、都合のいいデータを持ってきた可能性が十分考えられます。集めたデータを全部使っているのでしょうか?
チャンピックスのところでも書きましたが、脳は非常に複雑なネットワークを形成しています。だから、何かが足りないから何かを増やせば良いという単純な問題ではありません。(痛みに対しては下行抑制系に働くので、うつとちょっと違いますが、脳に働いてしまうのは間違いありません。)直接脳に働く薬を投与するデメリットをもっと考えるべきです。特に慢性腰痛という命にかかわらない病気の薬の副作用で人が死んでしまってはなりません。偽薬と変化量の違いが-0.5にもならない薬を命を懸けて使いますか?慢性腰痛は運動療法や認知行動療法で治療すべきです。本当に安易な処方が行われて、また犠牲者が出ないことを祈ります。
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