脳はものすごい力を持っています。そして、人間のすべてのことを決めているのは脳と言っても過言ではありません。私はよく、「脳の罠」という言葉を使っています。(「ウルトラマラソンはメンタルスポーツ。脳の罠に気を付けろ!」など参照)特に、フルマラソンやウルトラマラソンでは、メンタルが大きく関わっていることが非常に実感できます。
昔から、イメージトレーニングというものがあり、その効果もあると思います。では、イメージするだけで筋肉を鍛えることは可能なのでしょうか?
非常に面白い研究があります。4週間の間、腕を動かないように固定しました。固定のまま何もしない固定群とイメージトレーニング群に分けられました。固定も何もしない通常通りの自由な生活をするコントロール群と比較しました。イメージトレーニング群では、実際には固定しているので腕は動かせない状態です。1週間に5回イメージトレーニングを行いました。静かな部屋で、手首の屈筋の想像上の最大収縮を52回行いました。1回の想像上の収縮は5秒間行い、その後5秒間の休憩を取り、それを繰り返します。
4週間も腕を固定すると、当然筋肉が動かないので、非常に筋力は低下します。結果は次のようでした。(図は原文より)
上の図は縦軸が筋力を表し、横軸は左から実験前のベースライン、次が4週間の固定終了直後、右側が固定解除1週間後です。●はコントロール群、△はイメージトレーニング群、○は固定群です。確かに筋力は固定群もイメージトレーニング群も固定終了直後では低下していますが、固定群では45%も筋力が低下したものが、イメージトレーニング群では約半分の24%の低下だけでした。しかも1週間後では固定群ではベースラインの状態にまだ回復していませんが、イメージトレーニング群ではベースラインまで戻っています。
随意運動の脳の活性化を見てみると、先ほどと同じように、固定群では固定終了直後で23%ほど低下しています。1週間後でもベースラインに戻っていません。しかし、イメージトレーニング群では13%程度の低下にすぎず、1週間後には元に戻っています。
次に脳を磁場で刺激して、神経と筋肉のつながりの強さを調べると、上の図のようになりました。黒いバーは固定終了直後、グレーのバーは1週間後です。左から固定群、イメージトレーニング群、コントロール群です。縦軸の数値が大きいほど神経と筋肉のつながりが弱くなっていると考えられます。そうすると、固定群では直後でつながりが弱くなり13.5%低下しています。しかし、イメージトレーニング群ではそのような低下は認められませんでした。
つまり、実際に筋肉を動かさなくても、脳がイメージするだけで筋力低下を50%も減らすことが可能なのです。脳のイメージトレーニングは実際の筋トレのような効果が得られる可能性があるのです。イメージしないと神経と筋肉のつながりが弱まり、筋力の低下を起こしてしまいますが、イメージによって神経と筋肉のつながりを維持することが可能であり、それにより筋力の低下を弱めることが可能です。
これは確実に、故障したアスリートに非常に有用な方法です。イメージするだけで良いのですから。そして、故障明けの回復も早くなります。普通の人でも入院中の安静時にも有用かもしれません。高齢者にも必要かもしれません。
また、故障していない通常の状態でももしかしたら意味があるかもしれません。自分の動きやトレーニング、私ならベストパフォーマンスで走っている具体的なイメージによってもしかしたら記録が伸びるかもしれません。想像するだけで脳は活性化しているのです。
本当に脳は不思議です。脳の罠に負けず、脳をうまく騙して、脳に実際の練習以上の効果を出してもらえるようにすることが重要かもしれません。逆に言えば以前の記事「脳はここまで単純 すぐに騙される」でも書いたように、実に単純なのかもしれません。だから、ネガティブな考えはパフォーマンスを落とす可能性すらあります。
最近のフルマラソンでイメージトレーニングを行い、たまたまかもしれませんがそれが奏効しました。(「北海道マラソン2018 試練と復活のサブ4」参照)具体的なコースを頭にイメージしながら、途中の走っている状態やタイムもイメージしていました。
過酷なレースでは、脳は自分の体に危険が迫らないように「脳の罠」を仕掛けてきます。以前の記事「「30kmの壁」私的考察」でも書いたように、30kmの壁はメンタルにより起きる、セントラル・ガバナー理論だと考えています。ウルトラマラソンで42.195kmはまだ余裕で超えられるのに、同じようなタイムでもフルマラソンの42.195kmは非常につらいです。そこで、脳は全体の運動量の4分の3あたりでブレーキをかけようとするのです。
イメージトレーニングをすると、脳はあらかじめ準備し、その通りに繰り返すだけです。脳にとっては慣れたことのように錯覚し、ブレーキがかかりにくくなり、「脳の罠」を仕掛けてこなくなるのではないかと考えています。しかし、イメージトレーニングがないと、運動量全体を計算し、後半にブレーキを発動するのです。ただ、それは脳が行うことであり、本当に体が壊れてしまうような状態ではありません。メンタルが強い人はその壁を自分の意思で乗り越えられるのだと思います。
もちろん毎回イメージトレーニングが上手く行くとは思えませんが、リスクはありません。「信じるものは救われる」です。
レース前や普段の生活でも良いイメージを毎日想像しましょう。
「The power of the mind: the cortex as a critical determinant of muscle strength/weakness」
「心の力:筋力/衰弱の決定的要因である皮質」(原文はここ)
清水先生、
本日の記事は、我が家の子供達にも、知らせたい内容です。
運動後のストレッチの際に、スマホで何かを見ながら行っています。
本人は、筋肉はきちんと伸ばしているのだから、
目は動画を見てもいいではないか?と、思っているよう。
私は、今伸ばしている筋肉を意識していることが大事ではないか?と感じていたし、
どこかでそのような、文章を読んだかもしれないです。
ながらスマホが、良くないのは、どんなことにも言えそう。
この研究からは、脳できちんと考えて(イメージして)、
体を動かすことの重要性を再認識できます。
しかも、体を動かさなくても衰えを少なくできるなんて・・・!
たかはしさん、コメントありがとうございます。
何か他のことをしながらだと効果が違うかどうかはわかりませんが、十分あり得ると思います。
筋肉を動かすのは脳ですから、脳と筋肉や関節などが信号でしっかりつながらないと、
いくら筋肉を鍛えても使い物にならないと思います。
初めてコメントいたしますが、実験方法に疑問が有ります。
腕を固定するだけでは筋肉に力が入らない訳ではないので、どうしても力んでしまい結果としてアイソメトリックな筋トレをやったのと同じになりませんか?この記事だけだと「器具を使わなくても筋トレは出来るんだよ」程度の話としか思えません。
それと他の方のコメントに口出しするのは気がひけるのですが、筋トレならともかくストレッチでは「伸ばしいる筋肉」を意識しすぎると緊張が抜けず、「やってる感」は強くても逆効果となる場合が有ります。ストレッチは「意識して伸ばす」のではなく、脱力する事で「筋肉本来の柔軟性」を取り戻すと考えた方が良いと思います。
長文失礼しました。最後になりますが、先生の著書は大変興味深いテーマですので後ほどAmazonで注文させていただきたいと思います。
KAZZILLAさん、コメントありがとうございます。
論文では「During the imagery sessions, subjects were instructed to relax their arm muscles, and to maximally activate the brain, but not the muscles. 」と書いていますので、脳の想像だけであり実際には筋肉に力を入れていない状態です。筋肉は弛緩しています。
また、拙著に興味を持っていただきありがとうございます。
お返事いただきありがとうございます。
脳は最大収縮をイメージして筋肉はリラックスするというのがよく分からず疑問を感じていました。失礼しました。
先生の著書「運動するときスポーツドリンクを飲んではいけない」を早速Amazonで注文させていただきました。届くのを楽しみにしております。