「30kmの壁」について私的に考察してみたいと思います。以前ラジオで話したときには「30kmの壁はない!」と言いました。もちろんその考えは変わりません。皆さんが「30kmの壁」と言って30km辺りで大幅な失速をする場合、どの程度の失速を「壁」と考えますか?今年の東京マラソン2016で見てみると前半5~10kmの1kmの平均ペースと35km~40kmの平均ペースを比べると、
1~7位までが外国人選手でしたが、11秒~31.8秒平均ペースが落ちていました。7人の平均は17秒でした。
もうちょっと下の方で順位が20位以下(20~28位が日本人だったのでその方たちを対象にします)の選手では21.2秒~40.6秒平均ペースが落ちていました。9人の平均は29.2秒でした。もちろんレース展開やコースによってペースは変わりますが、日本人のマラソンを実業団で行っている人達でもあまり上位に食い込めない人たちは30秒ぐらいはペースが落ちています。トップレベルの選手でも10秒以上は落ちています。だから、我々市民ランナーレベルであれば1分程度の失速は「壁」ではないと勝手に考えます。ペースダウンが1分以内の場合は前半にタイムの貯金をするポジティブスプリットだったということです。
そして、「30キロの壁」と言われている1分を超えるペースの大失速はほとんどがオーバーペースだと思います。つまり、無謀な走りをしただけのことです。自分の実力を無視したオーバーペースで前半を走れば、必ず失速します。当然だと思います。それは「壁」ではありません。「前半のタイムの貯金は、疲労の借金」なので無謀にタイムの貯金をすれば、それだけ疲労の借金が増えていきます。では適切なペースはどれぐらいでしょう。私の考えるのは目標のタイムを完全なイーブンペースで割り出したタイムよりも10~15秒早いペースで余裕を持って15~20km走れるペースです。例えば目標がサブ4ならイーブンペースで5分41秒です。だから、練習(15km~20km)やハーフマラソンで5分30秒ぐらいで余裕を持って走れなければオーバーペースでしょう。サブ3.5なら4分45秒ペースで走れなければオーバーペースでしょう。余裕を持ってというのが曖昧ですが、私であれば心拍数で160台前半ぐらいでしょうか?もちろん息が上がった状態ではダメです。あと10km同じペースで走れる感覚でしょうか?(もちろんエビデンスはありません)
なので、「30キロの壁」を超えられないと思っている方はまず自分の目標設定やペースを見直すことだと思います。よく「30キロの壁を超えるには30キロ走だ!」と言いますが、本当につらいのは30キロ以降なので、いくら30km走を行っても、オーバーペースなら壁は超えられません。
よって、「30kmの壁」と思っていたのは実はただのオーバーペースだというのが多いと思います。しかし、このオーバーペースに当てはまらずに「30kmの壁」にぶち当たる場合は、実はメンタルによるものがほとんどだと思います。これもラジオのときに話しましたが、南アフリカの運動生理学のティムノックス氏が唱えるセントラルガバナー理論というのがあります。体が壊れる前に発動する脳のリミッターにより、パフォーマンスが左右されるという仮説、それがセントラル・ガバナー理論です。脳は総運動量を認識していて、総運動量に対して筋肉がエネルギーを使い切らないようにある地点で「疲労感」を感じるように脳が物質を出すのですが、実際は筋肉にエネルギーは残っているというものです。どんな物質が出ているのかはわかりませんが、その物質の放出のピークはおおむね総運動量の4分の3あたりだと言われています。つまりフルマラソンであれば30km付近なんです。ウルトラマラソンでも70~80kmが非常につらく、決して30kmでは疲労は感じません。
よく、「30キロの壁」はグリコーゲン(エネルギー)の枯渇という説明をする人がいますが、非常に無理のある説明です。これではラストスパートを説明できません。実際に30km付近で失速した人でもラストの1kmは頑張って速く走れる人もいっぱいいることはわかると思います。エネルギーの枯渇ではこのラストスパートはできないはずです。もちろんリタイアするほどの超オーバーペースならばグリコーゲンの枯渇というのも理解できます。しかし、多くの方は失速であり動けなくなるわけではありません。
「マラソンとカーボローディング」のところでも書きましたが、人体の総グリコーゲン量がどれくらいあるかということを議論しても無意味なんです。肝臓のグリコーゲンは血糖維持のためで、筋肉を動かすときに使うものではありませんし、筋肉もそれぞれの筋肉のグリコーゲンを使うわけですから、トータル量は関係ないです。マラソンで一番使う足の筋肉にグリコーゲンを結集できれば良いですが、そんなことはできません。途中にエネルギーを補給しながら、というのもありますが、フルマラソン中の消化吸収が極端に落ちている状態でどれだけエネルギーになるか不安定です。走るエネルギーは脂肪が中心です。そうすればエネルギー切れなんて全く心配する必要はありません。カーボローディングなんて止めた方がいいと思います。先日マラソンを走っている人たちと話しましたが、いい記録を出している人はみんなカーボローディングを否定していました。もちろん人それぞれですが。
よって、「30kmの壁」と思われているもう一つの原因はメンタルです。
「今回のフルマラソンでの脳との戦い」でも書きましたが、脳はとにかく危険や苦しいことを回避しようとして必死です。その脳が発する信号が30キロ付近でピークとなります。その「脳の罠」に耳を傾けてしまうと「30キロの壁」にぶち当たってしまいますし、「脳のたわごと」だと無視をしたり、私の様に脳と話をして逆に脳に命令したりすると「30キロの壁」はなくなります。
また、人間は非常に弱い生き物なので、失敗レースのときに言い訳を探します。フルマラソンを走り切るのは非常につらいので、そのつらさ、苦しさから逃げる言い訳を探します。このときの一番都合の良い言い訳が「30kmの壁」なんです。「30kmの壁」は非常に有名ですし、多くの人は一度は経験していると思います。だから共感してもらえるので、言い訳に使いやすいのです。「30km過ぎてエネルギー切れちゃってさ」「30km過ぎたあたりで足が痙攣しちゃってさ」「30km付近で膝に痛みが出てさ」などの言い訳。最悪なのは「東京マラソン2016に見た日本のマラソン界の凋落」で書いた「5キロ付近で右足親指のまめがつぶれて出血。13キロからつま先に力が入らなくなり、22キロ過ぎに先頭集団から脱落すると急激にペースが落ち、後続に追い抜かれた」ですね。川内選手もオリンピックの代表選考レースで10km付近で足のしびれに襲われた、と言っていましたが完全なメンタルだと思います。
さらに、言い訳でないとしても、脳は未知のことは苦手で、すでにわかっている情報から命令を出そうとしていると思います。つまり、「30kmの壁」という情報を事前にインプットされた脳は30km付近で壁を作ろうとします。以前の投稿でも書きましたが、「心因性の病気はその時代に理解されている精神的苦痛に関する病気に無意識の内に当てはまろうとするのではないか?その人が症状を出すときに、その時代によくある症状の引き出しの中から無意識に選ぶのではないか?心の中のうまく言葉にできない感情や心の葛藤をその時代に認識されている症状や行動に置き換えているのではないか?」というのと非常に似ています。もちろん「30kmの壁」は心因性の「病気」ではありません。しかし、心因性の部分がかなり大きいと思います。30kmを意識すると、脳が「もうすぐ30kmだよ。30kmには壁があるんでしょ!足が動かなくなるのが当たり前なんだよ。みんなもそうだよ。ほら、自分の足ももう限界で動かなくなっているよ。止まったり、歩いたりしようよ!」と足を動かないように命令してきます。でも、これは心の中の「完走したいが苦しさから早く逃れたい、タイムは更新したいが早く楽になりたい。」という葛藤をマラソンでは良く知られている「30kmの壁」に置き換えたものとも考えられます。30kmを意識すればするほど、どんどん「30kmの壁」に当たりやすくなっていくんです。
もちろんレース後しばらくの間走れないような本当に足を故障する場合や、走っている途中にこむら返りで一旦止まらなければならない場合もあるので、全てがメンタルではありませんが、いつも私が言っているように「脳の罠」での痛みを本当の痛みかの様に言っている場合も多くあると思います。
「心が折れる」というのは本当に良い表現で、心が折れなければ足は動きますし、心が折れればどんなに体力やエネルギーが残っていても走れません。
私も最初はカッコ悪いので「足が急に痙攣して」とか「足が急に動かなくなって」という理由を口にしていましたが、最近は足が動かなくなったとは言いますが、その原因はメンタルだと言うようにしています。実際に本当にメンタルの弱さだと思っています。実は最初のフルマラソンから自分の身内には「メンタルが弱い」とずっと言い続けてはいました。
もちろん、こんなエラそうなことを言っても、まだ「30キロの壁」を毎回超える自信はありません。いつも、後半は心が折れそうになります。まだまだです。
「30キロの壁」の原因と対策
1.単なるオーバーペース。もう一度自分の目標設定、ペースを見直しては?
2.単なるメンタルの弱さ。脳の悪魔のささやきに耳を傾けないようにしてみては?自分のメンタルの弱さに向き合っては?
3.走るエネルギーは脂肪中心。糖質制限してみては?カーボローディングはやめた方が。