前回の記事「PPI(プロトンポンプ阻害薬)の暗黒面 その1 薬を止められなくする仕組み」で、PPIのダークサイドの一つを書きました。今回はその続きです。
胃酸の生理的機能は次のように様々なものがあります。
胆嚢
•胆嚢を刺激して収縮させる(CCKによって調節される)
•胆汁流量を増強する
胃
•ペプシノーゲンをペプシンに変換する
•ガストリン分泌を刺激する
•無菌環境を維持する
•タンパク質をペプチドに分解する
小腸
•GIP分泌を刺激する
•セクレチン分泌を刺激する
•CCK(コレシストキニン)分泌を刺激する(ペプチドおよび脂肪によって調節される)
•病原体のコロニー化を防ぐ
•蠕動運動を刺激する
•脂肪の乳化を高める(胆汁の流れによる)
膵臓
•重炭酸塩分泌を刺激する(セクレチンによって調節される)
•消化酵素の分泌を促進する
胃酸はこのようにして、様々な臓器を刺激して、様々な酵素などを分泌し、栄養素の消化吸収に重要な役割を担っています。胃酸は、ペプシノーゲンをペプシンに変換することによりタンパク質消化を助け、経口摂取した病原体に対して胃を無菌化し、小腸の細菌または真菌の過増殖を防ぎ、胆汁および膵臓酵素の流れを促進します。ビタミンCやビタミンB12、葉酸(もしかしたら他のビタミンB群も)、ベータカロチン、非ヘム鉄、カルシウム、マグネシウム、亜鉛などの栄養素の吸収に非常に重要です。
だから、胃酸が少なくなると栄養素の消化吸収が低下し、防御機能も悪くなるために、様々な不都合な症状や徴候が認められるようになります。
低い胃の酸性度に関連する症状として
・食べた後の膨満または膨張
・下痢または便秘
・食べた後に腸にガスがたまる
・女性の脱毛
・胸焼け/上腹部苦痛
・消化不良
・掻痒症
・義歯の耐性の低下
・不快感
・複数の食物アレルギー
・サプリメントを服用した後の悪心や吐き気
・夜間の便失禁
・食事後の長時間の満腹感
・口の痛み、灼熱感、乾燥感
などが起こりえます。さらに、低い胃の酸性度に関連する徴候として、
・異常な腸内細菌叢
・慢性カンジダ症
・慢性腸内寄生虫
・頬と鼻の毛細血管の拡張(非アルコール性)
・舌炎
・鉄欠乏症
・青年期後のにきび
・便中の消化されていない食品
・弱く、はがれてひび割れた爪
などが起こりえます。
皮膚疾患と胃酸分泌の低下とは非常に関連があると言われています。下の表は皮膚疾患の、無塩酸症、低塩酸症がある人と、正常の胃酸分泌の人の割合です。明らかに胃酸が少ない人の方が皮膚疾患の割合が高いことがわかります。
皮膚疾患 | 無塩酸症 | 低塩酸症 | 正常 |
酒さ | 40% | 47% | 13% |
脱毛症 | 21% | 74% | 5% |
ビタミン欠乏症 | 30% | 49% | 21% |
湿疹 | 25% | 49% | 26% |
全身性エリテマトーデス | 22% | 78% | 0% |
乾癬 | 56% | 33% | 11% |
脂漏性皮膚炎 | 22% | 65% | 13% |
ブドウ球菌感染 | 8% | 67% | 25% |
蕁麻疹 | 31% | 54% | 15% |
尋常性白斑 | 35% | 55% | 10% |
(上の表などはこの論文を参照)
胃酸は非常に重要なのです。PPIはその胃酸を止めてしまいます。
PPIは上部消化管の潰瘍の患者さんに大きな利益をもたらしたことは間違いないと思いますが、あまりにも生物学的に重要な作用を抑え込むことで、様々な合併症が認められます。ですから、安易な長期のPPIの使用は避けるべきだと思います。
下の図は現在報告されているPPIの合併症です。(図はこの論文より)
この中で、ランダム化比較試験では関連が認められなかったり、不明であるものもあります。ちゃんと関連が認められたものは次のようです。
PPIの合併症 | 相対的リスク |
慢性腎臓病 | 10%〜20%増加 |
認知症 | 4%〜80%増加 |
骨折 | 30%〜4倍の増加 |
小腸の細菌の過増殖 | 2倍~8倍の増加 |
カンピロバクターまたはサルモネラ感染症 | 2倍~6倍の増加 |
特発性細菌性腹膜炎 | 50%〜3倍の増加 |
クロストリジウム・ディフィシル感染症 | リスクなし~3倍の増加 |
微量栄養素欠乏症 | 60%〜70%増加 |
腎疾患については今年発表されたデータでは、慢性腎疾患と末期の腎疾患のリスクが33%増加すると報告しています。
「Associations of Proton-Pump Inhibitors and H2 Receptor Antagonists with Chronic Kidney Disease: A Meta-Analysis」
「慢性腎疾患に対するプロトンポンプ阻害剤とH2受容体アンタゴニストとの関連:メタアナリシス」(原文はここ)
見てみると、感染系のリスクの増加が非常に目立ちます。胃酸は非常に強い酸であり、感染症の防御の重要な役割を担っています。口から肛門までは体の中にあるようですが、実は体の外側でもあるのです。自由に口から様々な細菌やウイルスが侵入します。それが体に入ってしまわないように、強力な酸で死滅させるのが胃の仕事でもあるのです。
PPIはそんな重要な胃酸の分泌を強力に抑えてしまうのです。
そして、PPIによって止まってしまった胃酸が招く細菌の増殖がひとつのキーになってきます。それが糖質制限によって逆流性食道炎が急速に改善する理由と私は考えています。
はたしてそれは…
to be continued…