糖質制限はインスリン抵抗性を増加させる? その1

糖質制限を行うと、通常順調に脂肪や体重が減少します。インスリン感受性が改善し、インスリン抵抗性が低下します。インスリン抵抗性が存在すると、空腹時においても高インスリン血症が認められることから、早朝空腹時の血糖値とインスリン値から求められるHOMA-IR(早朝空腹時インスリン値×早朝空腹時血糖値÷405)により推定されます。健康な人は1.6未満であり、2.5以上はインスリン抵抗性があると判断します。糖質制限ではこのHOMA-IRは大幅に改善することが多いのです。

しかし、糖質制限をしている人が簡易型血糖値測定器やフリースタイルリブレなどを使用して自分の血糖値を測定してみると、糖質制限前よりも糖質摂取量に対する食後の血糖の変動幅の増大を認めることもあります。まるで、インスリン抵抗性が悪化したようです。

では、どうして糖質制限をすると、同じ糖質量でも血糖値が上がりやすくなることがあるのでしょうか?

それには2つの説明があると思います。

1つは、すい臓の準備が十分でなく、インスリンの分泌が糖質摂取に反応しきれていないということです。糖質制限をすると食事ごとに分泌するインスリンの量が激減します。そうするとそれに慣れてきたすい臓は、急に大量に糖質が摂取された場合に、準備不足で対応しきれず、血糖値が上がってしまうのです。

これを、「糖質制限をするとインスリン分泌が極端に減り、すい臓がインスリンを分泌する能力が失われてしまう!」というようなことを言う人がいます。しかし、インスリンはタンパク質摂取でも分泌されますし、基礎分泌もあるので、すい臓がインスリンを分泌する能力が失われるほどお休みしてるわけではありません。生理学的事実を知らないとこのような考えが出てきてしまうのでしょう。

もう一つの説明は、インスリン抵抗性の増加です。えっ?増加するの?そうです、インスリン抵抗性が増加するのです。しかし、病的な状態での増加と違い、「生理的」インスリン抵抗性と考えられます。生理的インスリン抵抗性は、食事からの糖質が欠乏することに対する正常な生物学的反応と思われます。

糖質摂取が非常に少なくなると、人間の体は脂肪酸やケトン体などをエネルギーにします。しかし、ミトコンドリアを持たない赤血球などは依然としてブドウ糖をエネルギーとします。また脳は、ケトン体を十分なエネルギーとして利用できるとしても、やはりブドウ糖を少しは要求すると思われます。理論的にはブドウ糖はゼロでも脳は十分機能すると考えられますが、通常はケトン体からのエネルギーは60~70%程度であろうと思われます。

そうすると、血中のブドウ糖を優先的に脳や赤血球に回すように反応を起こします。それが末梢のインスリン抵抗性なのです。糖質摂取量が非常に少なく、すぐに補充されないと体が感じた状態では、インスリン抵抗性が生じて、脳などが必要とする「貴重な」ブドウ糖を筋肉に取り入れることを防止するのです。当然、脳のインスリン感受性はそのまま保たれていますので、回ってきたブドウ糖を十分に活用することができます。これは病的なインスリン抵抗性とは全く違うものです。現代での糖質制限によるインスリン抵抗性は生物学的な適応と考えられますし、狩猟採集生活ではこのような末梢のインスリン抵抗性があることが普通の状態だったと考えられます。つまり、インスリン抵抗性があることの方が通常な状態であり、たまたま糖質が豊富な食事に遭遇して摂取したときには、そのインスリン抵抗性を解除して、筋肉にも取り入れて、脂肪を貯めこんでいたと思われます。

2つの説明のうちどちらが起こっているかは、食後(糖質摂取後)のインスリン値を測定してみないとわかりません。しかし、糖質制限をしている状態でHOMA-IRは正常値を示すので、病的なインスリン抵抗性が起きていないことがわかります。また、糖質摂取を数回、2~3日連続して行えば通常は、糖質過剰摂取状態のインスリン感受性を取り戻します。(取り戻す必要はありませんが、75gOGTTなどを行う場合には取り戻さなければ、誤った判定が出てしまいます。)

また、インスリンは筋肉のタンパク質合成も促進する作用があることから、インスリン抵抗性は筋肉を減らすのではないかと考える人もいますが、実際の糖質制限では筋肉は減少しません。実際の研究でもそれを示しています。糖質制限を行う場合に、タンパク質摂取量は通常増加するので当然と言えば当然です。

医師の中にも、糖質制限を行っているときにインスリン抵抗性が増加するというのを、病的なインスリン抵抗性と勘違いして、「糖質制限は危険だ!」と騒いでしまう場合があります。

生理的インスリン抵抗性がある状態の方が正常な状態です。どちらが正しいか、よく考えて判断してください。

糖質制限をしている方が、社会的なお付き合いで糖質をいつもよりたくさん摂る場合や、まだ糖質に依存している段階での糖質制限食を食べている人が、「ご褒美」のように1か月に1回の糖質過剰摂取日を設ける場合には、自分が思っているよりも血糖値が上がりやすいことを考慮した方が良いと思います。

「Comparison of a very low-carbohydrate and low-fat diet on fasting lipids, LDL subclasses, insulin resistance, and postprandial lipemic responses in overweight women」

「過体重女性における絶食脂質、LDLサブクラス、インスリン抵抗性および食後の脂肪族反応に対する非常に低い炭水化物および低脂肪食の比較」(原文はここ

「Very-low-carbohydrate diets and preservation of muscle mass」

「非常に低炭水化物の食事と筋肉量の保存」(原文はここ