糖尿病はグルカゴンの反乱なのか?

「糖尿病はグルカゴンの反乱だった」という本が最近話題になっており、糖質制限を推奨しているものとしては、やはり読むべきであろうと思い、先日読みました。たがしゅう先生のブログでの考察も面白く、非常に参考になると思います



グルカゴンの知識を整理するには非常に良い本だと思いますが、びっくりするような新たな知識はあまりないという印象です。これまで糖尿病の原因はインスリンの分泌不全であり、インスリンを中心に治療が考えられてきたというのがありますが、この本ではインスリンの欠乏よりもグルカゴンの過剰が原因だと言っています。

しかし、原因というものを考えるのであれば、グルカゴンの過剰は、そもそもインスリンの分泌障害が起きて、グルカゴンの分泌をコントロールできなくなったことから起きると考えられます。そしてインスリンが分泌異常を起こすのは、少なくとも2型糖尿病は糖質過剰摂取によるものと考えられます。(私は1型も糖質過剰症候群と考えていますが)つまり、根本原因はインスリンでもグルカゴンでもなく、それらのホルモンのコントロールを失うほど過剰に摂取した糖質が原因だと考えます。

人間は「善」とか「悪」で分類するのが非常に好きなようです。例えば善玉コレステロール、悪玉コレステロールなど。この本にも「悪玉インクレチン」という言葉が出てきます。しかし、人間の体の中の物質に本来「善玉」も「悪玉」もありません。すべて何らかの目的に必要なものです。その物質を「悪」に変えるのは、人間自身が自分の体のトリセツをよく読まず、間違った使用をしたからです。現代では進化の過程で得た人間本来の食事をしていないからです。

さらにこの本の内容はまだまだマウスの研究の内容が非常に多く、そのまま人間で当てはめるわけにはいきません。

しかし、血糖値のコントロールを失ったのが、インスリンの分泌不全なのか、グルカゴンの過剰なのか、というだけではなく、実際にはもう一つの重要な要素があります。(さらに、まだわからない多くの要素もあるでしょうけど)

それは、インスリンを分泌するのはβ細胞、グルカゴンを分泌するのはα細胞ですが、その他にδ(デルタ)細胞というものがあります。そこからはソマトスタチンというホルモンが分泌されます。このソマトスタチンは強力にインスリンとグルカゴンの分泌を抑制します。(図は原文より)

上の図、左上がマウス、左下が人間のすい臓の膵島の画像ですが、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチンにそれぞれ色付けがされています。白がインスリン、黄色がグルカゴン、ピンク(赤)がソマトスタチンで、それぞれのホルモンを分泌する細胞の分布を示しています。見てみると明らかに、マウスの方が白いβ細胞が70%以上で非常に多いことがわかります。そして、α細胞やδ細胞の分布する位置も人間と異なります。マウスでは膵島の外側に並んでいるようです。一方人間では膵島の中にすべての細胞が混ざったように全体に混在しています。そして、人間のそれぞれの細胞の割合もマウスとは全く違い、一番多いβ細胞でも40数%、α細胞で20数%、δ細胞は5%程度でしょうか?

ここから見てもマウスと人間では膵島の果たす役割が違うのではないか、インスリンやグルカゴンなどのホルモンの分泌のされ方、その刺激因子なども違うのではないかと思われます。もともと人間とマウスは食べるものが違うので、それが影響していると考えられます。そうすると、マウスの実験で得られた結果は本当に人間に当てはまるかはかなり怪しいと思われます。

ソマトスタチンを分泌するδ細胞は、数としてはβ細胞やα細胞と比較して非常に少ないのですが、この細胞が果たす役割は非常に大きいのではないかと考えます。δ細胞は細長く、通常、はっきりとした細胞体と糸状仮足のような拡張部を持っています。そして他の内分泌細胞に向かって手(仮足)を伸ばします。マウスおよびヒトのすい臓切片で糸状仮足の長さを測定すると、その長さは1〜18 µmの範囲で変化しました。

上の図は左がα細胞、真ん中がβ細胞、右がδ細胞です。δ細胞からは仮足が伸びているのが確認できます。

上の図は色がついた部分がδ細胞の仮足です。非常に細長いものです。このような仮足が伸びたり縮んだりします。

上の図はδ細胞のものですが、cの仮足部分を拡大すると、その仮足はα細胞とβ細胞に接しているのがわかります。

マウス(黒線)および人間(紫線)の膵島のα細胞およびβ細胞に対する単一δ細胞の相対的な範囲を示します。つまり、1つのδ細胞がどれくらい他の細胞と接触しているかを示します。マウスではそれほど仮足を伸ばした効果が大きくはありませんが、人間ではα細胞とβ細胞との接触する先の数が10倍にもなります。δ細胞の糸状仮足は動的だと考えられ、それを伸ばすことにより、ほかの細胞との接触を増加させ、分泌されるホルモンをコントロールしているのだと考えられます。

δ細胞は割合としては非常に少なくても、このように仮足を伸ばすことにより、広い範囲に影響を及ぼす可能性があるのです。

さらに、糖尿病はソマトスタチン分泌障害およびδ細胞死に関連していることが示唆されています。

つまり、「糖尿病はグルカゴンの反乱」だというのなら、その反乱を招いたのは「インスリンの分泌不全」であり、「ソマトスタチンの分泌障害」である可能性が非常に高いと思います。α細胞とβ細胞は非常に重要ですが、それを制御するδ細胞の存在も非常に大きいのです。制御役が力を失ったためにグルカゴンが反乱したのであれば、原因はグルカゴンではなく、δ細胞、ソマトスタチンということになります。そして、さらに言えば、それを招いたのは糖質過剰摂取でしょう。

この「糖尿病はグルカゴンの反乱だった」という本は、糖質過剰摂取が大前提で書かれた本です。グルカゴンの抑制につながる食事の摂り方についても書かれていますが、糖質制限については全く触れられていません。今のような状況で、糖質制限を無視した糖尿病関連の本はちょっと疑問です。糖質制限反対派であっても、なぜ反対なのかには触れる必要があるでしょう。この本は全く無視なのです。そこが非常に残念です。逆に言えば、糖質制限について書いてしまうと、この本が成り立たないのかもしれません。

グルカゴンを抑え込めば糖尿病は改善する、という簡単なものではなく、グルカゴンの他の重要な役割まで抑え込まれれば非常に大きな問題も出てくる可能性が高いと思います。副作用があまり起こらない程度のグルカゴン抑制では恐らく効果も少ないでしょう。しかも、薬から離脱することも難しく寛解はできないかもしれません。

しかし、糖質制限であれば寛解も十分に望めます。大きな問題も起こりません。人間本来の食事に近いものですから。

「糖尿病はグルカゴンの反乱だった」のではなく、「糖尿病は糖質過剰摂取が原因だった」が正しいと考えます。糖尿病は糖質過剰症候群です。

「Structural basis for delta cell paracrine regulation in pancreatic islets」

「膵島におけるδ細胞パラクリン調節の構造的基盤」(原文はここ