「高齢者はわずかな低血糖状態でも認知機能が低下し、重大な交通事故を起こす恐れのあることを指摘した論文が、日本糖尿病学会の英字誌(電子版)に掲載された。」と徳島新聞に掲載されました。
糖尿病研究歴60年の島健二・川島病院の名誉院長85歳が自らを被験者としてデータ採取した実験を行ったようです。85歳になっても自ら人体実験をし、それを英文の論文にするというのは非常に感服します。しかし、その内容はいただけません。
この先生は「運転前にどら焼きなどを食べると防止できる」と呼び掛けているそうです。
実際の論文は読んでいませんが、記事の内容の要旨は以下のようです。
この先生は空腹状態で75gのブドウ糖を飲んで、その6時間後にどら焼き2個(!)を食べました。そして、血糖値の時間的な変化と認知機能の関係を調べました。認知機能は簡単な算数計算問題の解答速度、自動車運転適性検査の2つの方法で測定しました。
計算問題では、ブドウ糖服用直前の血糖値は98で、解答にかかった時間は5分34秒。4時間後には血糖値が65に下がり、解答に6分53秒。しかし、どら焼きを食べた1時間後には血糖値が178に上昇し、4分45秒で解答できたそうです。
運転適性は、信号に対する反応速度やハンドル操作技術などを総合して5段階で評価し、70歳以上の平均値と比べました。血糖値が90だったブドウ糖服用直前は上から2番目の「やや優れている」でしたが、77に低下した5時間後には下から2番目の「運転に注意を要する」になり、どら焼きを食べた30分後には血糖値が141に上がり、評価は最も上の「優れている」にアップしたそうです。
この先生は池袋の高齢者ドライバーの事故で母親と子供がなくなった事故がきっかけでこの実験を行ったようです。
「高齢者は運転前にどら焼きやドーナツなどを食べ、認知機能低下を防いでほしい」と話しているそうです。
(新聞記事はここ)(有料です)
どら焼きの大きさにもよりますが、どら焼き2個の糖質量は約60gです。ドーナツ2個でも同じようなものです。この先生は85歳にして、60gの糖質で血糖値が80程度の上昇ですんでいます。すい臓のβ細胞がまだまだ元気なようです。しかし、多くの高齢者はそうではないでしょう。どら焼き2個も食べたら血糖値が急上昇します。そして、個人差もありますが、そのことがその後の血糖値の急降下を産むと考えられます。このような血糖値の乱高下は非常に危険であり、高齢者ドライバーは血糖値の急降下に気づかないと思います。それを回避するためにさらに糖質摂取が必要になります。
また、多くの人が経験することですが、糖質摂取後には強い眠気がきます。私はこのことはオレキシンによるものだと考えています。オレキシンが分泌されると人間は覚醒モードになります。しかし血糖値が高くなると、オレキシン分泌が減少し眠気が襲ってくるのです。
どら焼きなどの摂取で血糖値は急上昇し、オレキシン分泌が減り、眠気を起こします。その後血糖値が急降下し、それによりアドレナリンなどが分泌され、イライラしたり集中力の低下を招く可能性があります。血糖値を上げることが運転に必要なのではなく、血糖値の乱高下を避ける方が大事でしょう。
それよりも、高齢者はちょっとしたことで影響を受けると考えられ、そうなる前に免許を返納するべきでしょう。軽度の低血糖状態でも運転に問題ない人が運転すべきです。どら焼きなどでごまかせるものではありませんし、逆に眠気など危険な場合もあります。安易な推奨をすべきではありません。このような推奨するくらいなら、免許返納の推奨をしてほしいものです。また、以前の記事「もしかしたら、我々医師が高齢者ドライバーの事故に加担している可能性がある」で書いたように、多くの高齢者は様々な薬を服用しています。それが大きな影響を与える可能性があります。
もちろん私の住んでいる北海道や徳島などの地方では、なかなか車を手放せない事情もあるでしょう。難しい問題です。