糖尿病の食事療法のガイドラインはこんな論文を根拠としている その1

EBMが医療に持ち込まれて久しいですが、エビデンスがあれば正解であり、エビデンスがなければ間違い、というわけではありません。多くの場合、ある事象に対して正否両方のエビデンスが存在します。エビデンスはむしろ自分の主張を助ける道具にすぎません。私もほとんど毎回の記事で何らかの論文を扱っていますが、当然その論文が唯一の考えではありません。私の考えが妄想ではないことを支持するくらいの役目だと思っています。

しかし、国や大きな学会がガイドラインなどを出す場合、そこで採用される論文は大きな意味を持ちます。国や学会が示すガイドラインは、それに従って医療を行えば、何かあっても免罪符となるからです。私の外来の治療は、ガイドラインに書いていないことをやることも少なくありません。ガイドライン通りにやっても患者さんが良くならないことが多いからです。

以前の記事「糖尿病診療ガイドライン2019の残念な食事療法 その1」で書いたように、日本の糖尿病の食事療法のガイドラインで選択されている論文は、最初に結果ありきで糖質制限を否定するための論文を集めたように見えます。

都合の良いと思われる論文を集めて、ガイドラインを作り、患者さんに推奨や指導をしているわけです。食事療法が上手くいかないのも当然です。

今回はガイドラインの中の次のような記述の根拠となる論文の、そのまた根拠となる論文(いわゆる孫引き)についてです。

2012年に炭水化物制限の糖尿病状態に対する系統的レビューが発表されているが、現時点ではどのレベルの炭水化物制限であっても、高血糖ならびにインスリン抵抗性の改善に有効であるとする明確な根拠は見いだせないと結論している。

この根拠となる論文はこれですが、その論文で我々の糖質制限食に当てはまる糖質量である、「非常に低炭水化物の食事:21〜70g/日の炭水化物」について、HbA1cが有意に変化しなかったという3つのRCT論文の一つを見てみましょう。

この研究は低炭水化物食と、健康的な食事とを比較しています。期間はたった3ヶ月です。人数も少ないです。結果は健康的な食事と比較して、低炭水化物食の方が体重減少は大きく、HbA1cについては差が無かったというものです。

低炭水化物食では1日40g以下の炭水化物摂取量を推奨され、健康食では1日500cal減のエネルギー制限、低GI食を摂るように推奨されました。この設定を見ても健康食とHbA1cの差が出にくそうです。

どちらのグループも運動も推奨されています。ベースラインの体重は96.3kg、BMI35.1 です。(図は原文より)

まず、食事摂取量は3日間の食事日記で分析しています。そうすると、ウソも付けます。低炭水化物食のグループでは平均の1日エネルギー摂取量は1300kcal程度です。かなりのエネルギー制限です。90kgを超える人達がこのエネルギー量で3か月も本当に我慢できたのでしょうか?炭水化物食の摂取量はベースラインで223gです。本当?3か月後に健康食グループで167gに減少しています。低炭水化物食グループでは56.8gです。本当であれば低炭水化物食はちゃんと糖質制限になっていると思われます。しかし、ウソをついて過少申告しているかもしれません。

それを踏まえて、次の図を見てみましょう。

上の図は血中のケトン体です。日本の単位はμmol/Lなので、上の縦軸の数値を1000倍すると、日本の値になります。0.1は100μmol/Lです。通常ちゃんと糖質制限をした場合、ケトン体は100以上には軽くなるでしょう。ケトーシスは通常500程度以上を示します。もちろんちゃんと糖質制限をしても、ケトン体がそれほど上がらない人もいます。

上の図の左側の低炭水化物食グループの変化を見てください。まともにケトン体が増加したのは3人、ケトーシスのラインを超えたのは1人です。

それ以外の人は全員0.1mmol/L=100μmol/Lさえ超えていません。この体重の人が、このエネルギー摂取量で、この糖質量であれば、普通に考えればこのケトン体値はあり得ないでしょう。つまり、食事摂取量の自己申告が過少申告であり、ウソをついていた可能性が濃厚です。

上の図は3か月の様々なパラメータの変化です。低炭水化物食では6.9kg体重減少です。HbA1cは0.3減です。健康食でも0.2の減であり、有意差はありません。まあケトン体の変化を見てみると、HbA1c変化が0.3でもいい感じだと思います。

上の図は左側が糖尿病の人、右側が非糖尿病の人の3か月の様々なパラメータの変化です。糖尿病の人の方が低炭水化物食による変化量が大きくなりました。

いずれにしても、このようなケトン体値が管理されていない状態で、自己申告の食事摂取量により、低炭水化物食についてどうこう言うことは無理があるでしょう。

日本の糖尿病学会はガイドライン作成のために様々な研究を参照していると思いますが、その一つ一つの中身はちゃんと精査していないのでしょう。それとも、意図的に美味そうなチェリーを選んでいるか?

元の研究データがいい加減な研究をいくつ集めてもいい加減な分析となります。特に糖質制限を否定する研究はその設定が非常におかしなものが多いのが事実です。

このようなガイドラインは治療に大きな役割を果たし、非常に多くの患者さんの体に影響を及ぼすので、客観的で偏りのないデータに基づいている必要があります。もっと根拠となる論文の精査をちゃんとしてほしいものです。

 

「A low-carbohydrate diet is more effective in reducing body weight than healthy eating in both diabetic and non-diabetic subjects」

「低炭水化物ダイエットは、糖尿病患者と非糖尿病患者の両方で健康的な食事よりも体重を減らすのに効果的です」(原文はここ

7 thoughts on “糖尿病の食事療法のガイドラインはこんな論文を根拠としている その1

  1. 誰の為の(患者の為?医療従事者や薬品メーカーの利益の為?)ガイドラインなのか、という問題になってしまいますね。

    1. 鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。

      誰のため?いわずもがなですね。世の中はお金ですから。

  2. 東洋経済オンライン堀江貴文さんの糖尿病予防啓発記事最新版を読みました。
    岐阜大学医学研究科、矢部大介教授の御提言が記載されていました。
    「食べる順番(糖質5分後回し)ダイエット」「オリーブオイルは血糖をあげにくくするが、油脂は油脂なのでカロリーオーバーにならないよう、1日大さじ2杯まで」「野菜をしっかり摂り、おかずは肉より魚、そし魚をご飯よりさきに食べる」などが肝心だそうです。
    歯に衣着せぬ理論家ホリエモンも、教授同様JAなどのスポンサーに忖度しているのでしょうか。

    1. 鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。

      堀江さんは糖質制限はお好きでないようなのですね。食べる順番やオリーブオイルで多少の血糖値上昇抑制になる人もいると思いますが、
      ならない人もいます。また上昇幅が下がったとしても危険水域を超えているのであれば意味がありません。
      まだ、カロリー、飽和脂肪酸から抜け出れない教授の意見に賛成しているのは意外ですね。

  3. >ある事象に対して正否両方のエビデンスが存在します

    そういう場合、意図的な捏造がない事を前提とすれば、ある条件下では両方のデータが存在する、両方とも事実であると私は考えるようにしています。
    ただし「ある条件下」と言う事であり、その「条件」こそが重要な意味を含んでいる場合もあるのではないかと思っています。
    例えば、糖質制限と死亡リスクを扱った研究では、低糖質では死亡リスクが高くなると言うものが多くあります。
    しかし、よく見れば糖質制限を実践するものからすれば、全く低糖質ではないものが多い事が分かります。
    この事より、私は「中途半端な糖質制限」は死亡リスクを高めるかもしれないと気づきました。
    その理由として、ケトン体の産生が考えられます。
    ケトン体による様々な恩恵が受けられない程度の糖質制限は、かえってリスクを高めるのではないかと言う仮説が思いつきます。
    あくまでも仮説ですが、「糖質制限は死亡リスクを高める」という事を否定せずに事実としてとらえ、「ある条件」の方に着目することによって見えてくる仮説です。

    1回でもあればそれは事実として受け入れ、その時の「条件」の方に着目し、排除しても良いものかどうかを考えることが重要ではないかと常々思っております。

    1. 西村 典彦さん、コメントありがとうございます。

      仰る通り、糖質制限はケトン体が肝だと思います。
      糖質制限の研究で問題なのは、その制限の程度、量が定義されていないことです。
      定義されていないことを良いことに、反対派は糖質制限とは全く言えない研究を持ち出します。
      また、人間の食事というコントロールが非常に難しいことを研究するのに、あまりにもデザインがいい加減すぎる研究が多くあります。
      そうすると仰っている「条件」さえ、いい加減であり、分析することの意味がないことになってしまいます。
      それでも、いわゆる専門家の方は、いい加減な結果だけを使ってガイドラインまで作ってしまいます。

  4. (ある事象に対して正否両方のエビデンスが存在します。)西村 典彦 様

    反射的、感情的に否定せず、立ち止まって検討することで新しい視点に気付くことがありますね。なかなか難しいですが。

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