先日こんな記事を見つけました。
乳酸菌に新たな可能性 糖尿病発症リスクを低減 明治が研究成果
2021年6月18日 食品新聞(記事はここ)
明治が保有する乳酸菌「Lactobacillus plantarum OLL2712」(以下、MI-2乳酸菌)に、糖尿病の発症リスクを低減する可能性のあることが分かった。
糖尿病は、血液中のブドウ糖(血糖)が増え続ける病気。血糖値が高いことで血管や血液の状態が悪化、発症する病気だが、明治と東京大学の共同研究の結果、MI-2乳酸菌を含むヨーグルトを糖尿病予備群の成人に毎日1個(112g)、12週間摂取してもらったところ、プラセボ群と比較し、有意にHbA1cが低下することを確認した。研究成果は「第25回腸内細菌学会学術集会」(6月1~2日開催)で発表された。
HbA1cは、ヘモグロビンと血液中のブドウ糖が結びついた糖化ヘモグロビンがどの程度の割合で存在しているかを表す数値。過去1~2か月間の平均的な血糖値を反映するため、血糖管理が良好であるかの判断が可能。
MI-2乳酸菌がHbA1cを低下させる作用機序について、「腸管免疫系のIL-10産生を誘導することで内臓脂肪組織の慢性炎症を抑制し、その結果としてインスリン抵抗性(インスリンの作用が低下しているために、インスリン分泌は不足していない、もしくは分泌過剰にもかかわらず高血糖となる病態)を改善することで糖代謝の悪化を防ぎ、日々の血糖コントロールを良好にした結果であると考えられる。臨床試験で確認されたことをまとめると、MI-2乳酸菌の摂取は、HbA1cが高めの健常成人のインスリン抵抗性を改善し、HbA1cを下げる」としている。
おー。乳酸菌がHbA1cを。なるほど。で、明治のホームページをのぞいてみました。(図は明治のホームページより)
記事にある乳酸菌でのHbA1cの変化量は-0.1%程度ですよ?HOMA-IRも変化していないようですが…?なんとも素晴らしい結果ですね?
では、元の論文を見てみましょう。対象はスクリーニングテストでは、空腹時血糖値が100〜125mg/dLで、HbA1cは5.6〜6.4%の20歳から64歳までの健康な成人でした。OLL2712ヨーグルトは、外観と風味の点でプラセボヨーグルトと同一であることが確認されました。それらは両方とも76kcal、4.5gのタンパク質、1.6gの脂質、10.8gの炭水化物(糖質)、0.14gのナトリウム、および0.12gのカルシウムを含んでいました。(図は原文より、表は原文より改変)
プラセボヨーグルト(n = 64) | OLL2712ヨーグルト(n = 62) | |||
---|---|---|---|---|
0週 | 12週 | 0週 | 12週 | |
年齢 | 51.2±7.6 | NA | 50.6±6.9 | NA |
男女 | 44/20 | NA | 42/20 | NA |
体重(kg) | 69.4±12.3 | 70.3±12.5 | 69.1±11.0 | 69.8±10.8 |
BMI | 24.9±3.2 | 25.2±3.4 | 24.7±3.3 | 25.0±3.2 |
収縮期血圧(mmHg) | 123.3±14.3 | 128.3±14.2 | 126.6±14.4 | 133.1±13.2 |
拡張期血圧(mmHg) | 74.4±10.7 | 79.7±9.7 | 77.4±11.0 | 82.0±11.2 |
心拍数(拍/分) | 76.4±11.4 | 76.7±12.1 | 76.7±12.2 | 73.8±12.2 |
上の表はベースラインとヨーグルト摂取12週の様々なパラメーターです。プラセボも例の乳酸菌ヨーグルトも12週間でベースラインよりも体重、BMI、収縮期血圧、拡張期血圧は増加しているのですが、記事では無視ですね。
変数 | グループ | 0週 | 4週 | 8週 | 12週 | 12週間の変化 |
---|---|---|---|---|---|---|
空腹時血糖(mg / dL) | プラセボ | 103.4±7.9 | 101.0±8.9 | 104.6±9.6 | 101.4±11.8 | −2.0±10.8 |
OLL2712 | 103.8±7.8 | 102.3±9.7 | 103.6±10.3 | 102.1±9.5 | −1.7±8.1 | |
HbA1c(%) | プラセボ | 5.85±0.21 | 5.79±0.22 ** | 5.89±0.22 ** | 5.78±0.24 ** | −0.07±0.14 |
OLL2712 | 5.86±0.22 | 5.82±0.25 * | 5.89±0.26 | 5.74±0.26 ** | −0.12±0.14 # | |
グリコアルブミン(%) | プラセボ | 14.8±1.2 | 14.7±1.2 | 14.5±1.2 ** | 14.5±1.2 ** | −0.2±0.5 |
OLL2712 | 14.6±1.1 | 14.5±1.1 | 14.3±1.2 ** | 14.2±1.1 ** | −0.3±0.5 | |
インスリン(μU/ mL) | プラセボ | 5.64±2.87 | 6.40±3.16 * | 6.42±3.28 ** | 7.31±5.03 ** | 1.68±4.03 |
OLL2712 | 5.88±4.78 | 5.82±2.88 * | 6.16±3.08 ** | 6.07±3.24 * | 0.24±4.41 | |
HOMA-IR | プラセボ | 1.45±0.82 | 1.60±0.82 | 1.68±0.95 ** | 1.87±1.38 * | 0.42±1.12 |
OLL2712 | 1.52±1.32 | 1.48±0.76 | 1.58±0.79 * | 1.53±0.80 | 0.02±1.25 |
上の図は血糖値やインスリン値などを示しています。HbA1cの低下は12週でー0.12でしかありません、しかも上下しているので、ヨーグルトの効果なのか疑問ですね。プラセボとの違いもたった0.05しかありません。インスリン分泌はどちらの群もベースラインより増加しています。
明治のホームページには、「MI-2乳酸菌」がHbA1cを下げるメカニズムについて次のように書かれています。
MI-2乳酸菌がHbA1cを低下させた作用機序は、腸管免疫系のIL-10産生を誘導することで内臓脂肪組織の慢性炎症を抑制し、その結果としてインスリン抵抗性(インスリンの作用が低下しているために、インスリン分泌は不足していない、もしくは分泌過剰にもかかわらず、高血糖となる病態)を改善することで糖代謝の悪化を防ぎ、日々の血糖コントロールを良好にした結果であると考えられます。また、臨床試験で確認されていることをまとめれば、「MI-2乳酸菌の摂取は、HbA1cが高めの健常成人のインスリン抵抗性を改善し、HbA1cを下げる」ということになります。
でも、論文を見てもHOMA-IRは結果的に変化がなく、インスリン抵抗性を改善したとは言えません。しかも8週では一時的にベースラインよりもインスリン抵抗性は上昇しています。
変数 | グループ | 0週 | 4週 | 8週 | 12週 | 12週間の変化 |
---|---|---|---|---|---|---|
IL-6(pg / mL) | プラセボ | 0.532±0.268 | 0.496±0.250 | 0.563±0.310 | 0.601±0.265 * | 0.070±0.236 |
OLL2712 | 0.801±1.231 | 0.855±1.456 | 0.779±1.453 | 0.792±1.296 | −0.001±0.507 | |
IL-8(pg / mL) | プラセボ | 4.71±2.52 | 2.65±1.81 ** | 6.21±5.80 * | 5.72±3.46 * | 1.01±3.12 |
OLL2712 | 5.24±2.11 | 2.85±1.76 ** | 5.41±2.23 | 6.66±8.41 | 1.38±8.56 | |
MCP-1(pg / mL) | プラセボ | 26.8±21.7 | 16.6±7.8 ** | 21.2±11.1 ** | 24.9±17.2 | -1.95±24.53 |
OLL2712 | 25.3±11.9 | 16.6±9.1 ** | 21.2±10.8 ** | 23.5±11.1 * | −2.10±8.87 | |
TNF-α(pg / mL) | プラセボ | 9.79±5.22 | 6.79±8.36 | 11.04±5.41 | 10.09±4.69 | 0.29±3.64 |
OLL2712 | 9.93±4.37 | 5.17±3.34 | 10.99±4.84 | 10.23±5.41 | 0.20±4.62 | |
hsCRP(mg / dL) | プラセボ | 0.058±0.067 | NA | NA | 0.079±0.098 ** | 0.030±0.078 |
OLL2712 | 0.048±0.049 | NA | NA | 0.054±0.049 | 0.006±0.031 | |
アディポネクチン(μg/ mL) | プラセボ | 5038±1924 | 5202±2275 | 5233±2090 | 5478±2156 ** | 439±780 |
OLL2712 | 5472±2002 | 5468±2136 | 5559±1975 | 6047±2185 ** | 576±1078 |
炎症を示すパラメータも上下していたりしていますので、誤差範囲または臨床的にあまり意味のない変化でしょう。
ベースラインで正常範囲内の空腹時血糖値である多くの参加者がいたので、これらの参加者の影響を排除するためにサブグループ分析を実行しました。スクリーニングと0週目のテストの両方で選択基準を満たした参加者のデータでの分析が下の表です。
変数 | グループ | 0週 | 4週 | 8週 | 12週 | 12週間の変化 |
---|---|---|---|---|---|---|
空腹時血糖(mg/dL) | プラセボ | 107.0±5.6 | 104.1±8.2 | 108.1±8.6 | 104.9±10.4 | −2.2±10.4 |
OLL2712 | 107.6±5.6 | 104.9±9.4 * | 107.1±9.4 | 104.8±8.7 * | −2.8±8.5 | |
HbA1c(%) | プラセボ | 5.92±0.21 | 5.87±0.21 ** | 5.98±0.21 ** | 5.85±0.25 ** | −0.07±0.16 |
OLL2712 | 5.90±0.22 | 5.87±0.24 | 5.94±0.24 | 5.77±0.26 ** | −0.12±0.14 | |
GA(%) | プラセボ | 14.9±1.2 | 14.9±1.2 | 14.7±1.1 * | 14.7±1.2 * | −0.2±0.5 |
OLL2712 | 14.7±1.2 | 14.7±1.2 | 14.4±1.2 ** | 14.3±1.1 ** | −0.3±0.5 | |
インスリン(μU/ mL) | プラセボ | 5.70±2.47 | 6.43±2.98 * | 6.51±3.65 | 7.34±4.77 * | 1.64±3.90 |
OLL2712 | 6.24±5.28 | 5.82±2.92 | 6.19±2.67 | 5.87±2.67 | −0.37±4.89 | |
HOMA-IR | プラセボ | 1.51±0.66 | 1.66±0.78 | 1.77±1.09 | 1.95±1.39 | 0.44±1.13 |
OLL2712 | 1.67±1.48 | 1.52±0.80 | 1.65±0.75 | 1.52±0.72 | −0.15±1.41 |
先ほどのデータと大きくは違いがありません。HOMA-IRは変化なしです。HbA1cもー0.12です。
さらに、サブグループ分析を実行して、OLL2712の摂取がインスリン抵抗性の参加者に特に効果的であるかどうかを判断しました。ベースラインでHOMA-IRが1.6を超える参加者のデータです。
変数 | グループ | 0週 | 4週 | 8週 | 12週 | 12週間の変化 |
---|---|---|---|---|---|---|
空腹時血糖(mg/dL) | プラセボ | 107.1±8.2 | 103.9±8.1 | 109.3±10.9 | 105.5±10.2 | −1.6±10.5 |
OLL2712 | 104.7±8.7 | 102.6±8.4 | 103.7±11.7 | 100.0±11.4 | −4.7±10.6 | |
HbA1c(%) | プラセボ | 5.94±0.18 | 5.88±0.20 | 6.01±0.21 | 5.90±0.26 | −0.03±0.17 |
OLL2712 | 5.94±0.23 | 5.92±0.23 | 5.99±0.24 | 5.89±0.29 | −0.05±0.17 | |
GA(%) | プラセボ | 14.6±1.5 | 14.6±1.5 | 14.5±1.4 | 14.5±1.5 | −0.1±0.5 |
OLL2712 | 14.4±1.1 | 14.3±1.0 | 14.1±1.0 ** | 14.2±1.1 * | −0.3±0.5 | |
インスリン(μU/ mL) | プラセボ | 8.61±2.88 | 9.13±2.66 | 9.38±3.30 | 10.88±5.03 | 2.27±5.30 |
OLL2712 | 10.53±6.93 | 8.40±3.29 | 9.09±3.15 | 8.68±4.02 | -1.85±7.81 | |
HOMA-IR | プラセボ | 2.23±0.89 | 2.34±0.70 | 2.57±1.05 | 2.89±1.51 | 0.60±1.55 |
OLL2712 | 2.74±1.97 | 2.12±0.84 | 2.32±0.76 | 2.15±0.97 | −0.59±2.22 |
先ほどまでよりもHbA1cの変化量はさらに少なくなり、ベースラインと差がありません。ただ、有意差は無くてもインスリンは低下傾向、HOMA-IRも低下傾向にはありました。
不思議なことに4週ではインスリンや血糖値などが改善傾向になるのに、8週ではまた悪化傾向、そして12週でまた改善という状況です。やはり8週の数値を見て、本人か医師か明治さんが慌てたのかもしれません。そして何らかのちょっとした介入があったのかも?
それにしても、これらのパラメータはヨーグルト以外の毎日の食事内容に大きく左右されます。その中身がコントロールされていないので、本当にヨーグルトの効果があるかどうかもよくわかりません。
はたして、これで糖尿病発症リスクを低減できると言えるでしょうか?しかも体重も血圧も増加しているのですから、健康に良いとは言えませんね。こんな結果でもマスコミやCMを通じて、「糖尿病発症リスクを低減」という言葉だけが独り歩きを始めるのでしょう。騙されないようにしましょう。
糖質過剰症候群
「Effects of 12-Week Ingestion of Yogurt Containing Lactobacillus plantarum OLL2712 on Glucose Metabolism and Chronic Inflammation in Prediabetic Adults: A Randomized Placebo-Controlled Trial」
「Lactobacillus plantarum OLL2712 を含むヨーグルトの12週間摂取が、糖尿病前症の成人の糖代謝と慢性炎症に及ぼす影響:無作為化プラセボ対照試験」(原文はここ)
販促の為に、製品の健康効果を宣伝するのは、食品会社にはありがちですね。
厳密な検証に耐え得ることはほぼ無く、JAROでは無いけど、「嘘、大袈裟、紛らわしい」物が多いです。
鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。
食品を売る企業ですから、仕方がないかもしれませんね。
アルツハイマー病の新薬よりは明治のヨーグルトの方がましかもしれませんね。