低炭水化物食、低炭水化物ダイエットという言葉には注意が必要です。それは「低」という定義が決まっていないからです。低炭水化物はどの程度の低炭水化物かが重要です。この定義の決まっていない低炭水化物食を糖質制限食と混同して、糖質制限の危険性を訴える人はいっぱいいます。
今回の研究も低炭水化物食でがんを発症するリスクが増加するという結論です。中身を見ていきましょう。
45〜74歳の90,171人を対象とした日本人の研究です。これまでに何度か出てきた低炭水化物食スコアというものを使って評価しています。下の図のように、炭水化物の摂取割合が少ないほどポイントが高く、29.3%未満で10ポイントです。タンパク質と脂質は多いほどポイントが高くなります。動物性と植物性のポイントもあります。つまりスコアが高いほどエネルギー摂取において炭水化物の摂取量が相対的に少なく、脂質やタンパク質の摂取量が相対的に多いことを意味します。動物ベースのスコアは、炭水化物、動物性タンパク質、動物性脂質の合計スコアとして定義され、植物ベースのスコアは、炭水化物、植物性タンパク質、および植物性脂質の合計スコアでした。
(上の図はこの論文より)
正直、このスコアはあまりあてになりません。一番炭水化物が少ない状態でも29%も炭水化物を摂取しているのですから。さらにそのデータは質の低い食事アンケートです。
低炭水化物食スコア(全体) | |||
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Q1 | Q3 | Q5 | |
被験者数 | 17410 | 17 685 | 17 495 |
低炭水化物食スコアの中央値(範囲) | 4(2-5) | 15(14-16) | 26(24-28) |
年齢 | 58.1±8.2 | 57.0±7.8 | 57.6±7.8 |
性別(男性、%) | 44.7 | 50.4 | 46.3 |
BMI | 23.4±3.1 | 23.5±3.0 | 23.6±3.0 |
現在の喫煙者(%) | 23.3 | 24.9 | 21.0 |
アルコール消費量(≥1回/週、%) | 32.4 | 41.4 | 35.6 |
身体活動(MET-h / d) | 32.4±6.4 | 32.6±6.3 | 32.2±6.2 |
糖尿病の病歴あり(%) | 3.6 | 4.9 | 5.9 |
食事摂取量 | |||
総エネルギー摂取量(kcal/d) | 1705.8±548.5 | 1997.7±568.1 | 2292.3±681.8 |
炭水化物(%エネルギー/日) | 66.0±6.0 | 54.5±5.9 | 44.1±5.9 |
タンパク質(%エネルギー/日) | |||
動物性タンパク質 | 4.6±1.5 | 7.5±1.5 | 11.3±2.6 |
植物性タンパク質 | 7.2±1.1 | 6.7±1.3 | 6.1±1.7 |
脂質(%エネルギー/日) | |||
動物性脂肪 | 8.0±3.0 | 13.6±3.2 | 21.3±5.7 |
植物脂肪 | 8.9±2.8 | 11.3±3.2 | 13.0±3.7 |
赤身肉と加工肉(g/d) | 27.2±19.5 | 46.9±27.2 | 75.3±47 |
野菜(g/d) | 192.7±134.3 | 223.9±134.7 | 230.6±132.4 |
果物(g/d) | 256.9±231.0 | 216.0±153.5 | 176.1±120.7 |
ナトリウム(g/d) | 11.0±4.0 | 12.3±3.7 | 13.4±10.6 |
低炭水化物食スコアによって5つのグループに分けました。上の表はその時の一番スコアが低いグループと、真ん中、一番高いグループの栄養摂取についての表です。最も注目すべきは炭水化物の摂取割合です。最もスコアが高いグループは最も炭水化物の摂取量が少ないはずですが、平均で44%です。全く糖質制限とはほど遠いことがわかります。
がんの種類 | 低炭水化物食スコア(全体) | ||
---|---|---|---|
Q1 | Q3 | Q5 | |
被験者数 | 17410 | 17 685 | 17 495 |
低炭水化物食スコアの中央値(範囲) | 4(2-5) | 15(14-16) | 26(24-28) |
がん全体 | 2891 | 2997 | 3051 |
モデル2 | 1.00 | 1.02(0.97-1.08) | 1.08(1.02-1.14) |
胃がん | 569 | 500 | 448 |
モデル2 | 1.00 | 0.86(0.76-0.97) | 0.81(0.71-0.93) |
結腸直腸がん | 550 | 549 | 551 |
モデル2 | 1.00 | 1.00(0.88-1.13) | 1.08(0.95-1.22) |
結腸がん | 393 | 380 | 385 |
モデル2 | 1.00 | 0.97(0.84-1.12) | 1.04(0.90-1.21) |
直腸がん | 157 | 169 | 166 |
モデル2 | 1.00 | 1.07(0.85-1.33) | 1.15(0.91-1.46) |
肝臓がん | 103 | 140 | 119 |
モデル2 | 1.00 | 1.45(1.11-1.88) | 1.24(0.94-1.64) |
膵臓がん | 116 | 111 | 109 |
モデル2 | 1.00 | 0.96(0.73-1.25) | 0.93(0.70-1.23) |
肺がん | 368 | 390 | 404 |
モデル2 | 1.00 | 1.05(0.91-1.22) | 1.14(0.98-1.33) |
食道がん | 76 | 79 | 82 |
モデル2 | 1.00 | 1.00(0.73-1.39) | 1.39(1.00-1.94) |
胆管がん | 113 | 104 | 113 |
モデル2 | 1.00 | 0.93(0.71-1.23) | 0.97(0.73-1.28) |
腎臓がん | 36 | 49 | 50 |
モデル2 | 1.00 | 1.24(0.80-1.92) | 1.23(0.78-1.94) |
膀胱がん | 78 | 88 | 81 |
モデル2 | 1.00 | 1.03(0.76-1.41) | 1.00(0.72-1.39) |
上部尿路がん | 19 | 21 | 18 |
モデル2 | 1.00 | 0.99(0.52-1.86) | 0.88(0.44-1.73) |
前立腺がん | 232 | 298 | 300 |
モデル2 | 1.00 | 1.12(0.94-1.34) | 1.17(0.97-1.40) |
乳がん | 157 | 169 | 188 |
モデル2 | 1.00 | 1.09(0.87-1.36) | 1.10(0.88-1.38) |
上の表は動物ベースと植物ベースに分けたものです。そうすると、動物ベースではがん全体だけでなく、直腸がん、肝臓がん、肺がん、食道がんのリスク増加が認められました。これをもって肉はがんのリスクを増加させると言いたいようです。
この研究の結論は、動物性食品で強化された低炭水化物食は、がん全体、直腸がん、肺がんなどの発生率の増加と関連していて、これらのリスク増加の関係は、植物性脂肪の消費によって弱められる可能性があるとしています。また、低炭水化物食は胃がんのリスクを減らすともしています。そして、動物性と植物性の食物源のバランスに注意を払わずに低炭水化物食を長期間行うと、がん全体の発生率に悪影響を及ぼす可能性があるとしています。
この結果だけを聞くと、一般の人は糖質制限はがんのリスクを上げると勘違いしそうです。マスコミも中身も読まずに結論だけを引用し、糖質制限反対論を述べそうです。
この研究は糖質制限が危険かどうかもわからない研究です。対象となった人に中で糖質制限をしている人がほとんどゼロに近いことは明らかです。最も低炭水化物でさえ40%以上の炭水化物を摂取しているのです。しかも、自己申告の食事アンケートから得られたデータにすぎません。
ちなみに、胃がんは低炭水化物食でリスク減少でしたが、その考察として、でんぷん質の多い食事内容により胃酸の分泌が減少し、胃がんのリスクとなるピロリ菌の増殖や成長が促進されること、胃酸に含まれる成分がN-ニトロソ化合物の形成を阻害し、発がん性物質から胃を守る働きがあることが関連した可能性を挙げています。ホンマかいな?
糖質はがんのエサです。がんは糖質過剰症候群です。糖質過剰摂取はがんのリスクを増加させると考えます。糖質こそ過剰なインスリンやIGF-1レベルの増加を招きます。この研究は動物性タンパク質に責任を押し付けたいのか、糖質反対派なのかよくわかりません。(同じ研究グループは白米の摂り過ぎが2型糖尿病のリスクを増加させるという研究も出しています。)
いずれにしても、このような内容の研究がマスコミなどで伝えられても動揺せずに、中身をちゃんと知ることです。どれほど当てにならない研究かがわかれば、不安に陥ることはないでしょう。
「Low-carbohydrate diet and risk of cancer incidence: The Japan Public Health Center-based prospective study」
「低炭水化物食とがん発生のリスク:日本公衆衛生センターを拠点とする前向き研究」(原文はここ)
「糖質オフ」「低炭水化物」「ロカボ」食品の数々、表示を見るとこれで糖質オフ??
宣伝文句に過ぎなくなってしまっています。
鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。
確かに最近のロカボや糖質オフは「低脂肪」などの商品と同様に、本当に健康的なのか疑問なものも多いですね。
私の低炭水化物食の定義は脂肪酸代謝になる糖質量、脂質量の食事です。24時間の大半の時間帯でケトーシスを維持する食事であり、そのための糖質量は10%前後だと思います。
以前にも書きましたが、ケトン体が産生されなければ低炭水化物食とは言えないでしょう。言い換えれば低炭水化物食とはケトン体の恩恵を受ける為の食事だと思います。そうでなければただの低カロリー食です。
西村 典彦さん、コメントありがとうございます。
私もそのような考えに賛成ですが、個人差があるので、何グラムとか何%であらわすのが難しくなります。
現在のスーパー糖質制限食の50~60グラムというのが妥当だと思います。
清水先生、遅くなりましたが、新年おめでとうございます。先生の独り言、今年もじっくり読んで参ります。
論文『Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysis』や『Low carbohydrate diet and all cause and cause-specific mortality』もそうでしたが、「炭水化物制限」でもなんでもないものを「低炭水化物」と勝手に決め付けて「炭水化物を食べないと病気になる!」などと勝手に吠えているだけのように見えます。極めて作為的であり、幼稚であり、悪質です。こういう質の低い論文が平気で掲載されるのはどうしてなのでしょうか?
清水先生の『肥満・糖尿病の人はなぜ新型コロナに弱いのか』を読み終えました。前作以上に内容が難しく、読むのに骨が折れましたが、何とか読了しました。
クリードンさん、コメントありがとうございます。
拙著をお読みいただきありがとうございます。
質が低いのは、いまだに低炭水化物食、糖質制限食の定義が決まっていることがすべてだと思います。
江部先生はずっと以前から1日50~60グラムと言っているのですから、糖質制限食を謳う場合はこの量が基本となると思いますし、
低炭水化物食は一定のコンセンサスのある130グラムを基本にすべきだと思います。
それ以上は低炭水化物ではありません。