先日の講演会の後の懇親会で、アスリートの方たちから「グリセリンローディング」についての質問がありました。しかし、恥ずかしながら私は「グリセリンローディング」について全く知識が無く、逆に教えていただきました。
グリセリン(一般的にはグリセロールと言いますので、以降グリセロールで書きます)は水分保持能力があるので、脱水になりにくいのだそうです。トイレにもあまり行かなくて済むようになると言っている方もいました。
話を聞きながら、ちょっと疑問に思っていました。ケトン体ランニングの「ケトラン」は脂肪を非常にたくさん分解しますので、当然ながら脂肪を分解したときにできるグリセロールは血液中に非常にたくさん増加します。それをあえてドリンクとして飲む意味があるのだろうか?ということです。
そして、もう一つの問題はグリセロールがドーピングに含まれていることです。この水分保持の力を使って、血液量を増やし、他のドーピング薬の濃度を薄めるため、禁止されているようです。しかし、先ほども言ったように脂肪が分解されると自然に血中に増えるため、ある程度は問題ないようです。また、2018年のドーピング薬から外されるとも聞きました。
いずれにせよ、グリセロールはそんなに効果があるのでしょうか?
ネットのグリセリンローディングのサプリ(ドリンク)を売っている関連のページには次のような記載がありました。
「すでに1987年の研究で、体重1キロあたり1.0~1.2グラムのグリセリンと20~26ミリリットルの水分を運動の約2時間前に摂取すると、体水分量が300~700ミリリットル増加し、水のみを摂取した場合と比べて高体水分状態が4時間以上持続することが報告されています。(体育の科学Vol.54 No.10 2004「暑熱下運動時の脱水を防ぐグリセリンローディング」西島壮・征矢英昭より)」
体重50kgとして、グリセロールを50~60g、水を1~1.3リットル飲むと、体水分量が300~700ml増加するそうです。これって、多いのでしょうか?
そして、
「「+α WATER」は、1本のスティックを500~1000ミリリットルの水に溶かして摂取するものですが、1本あたりのグリセリン含有量は0.4グラムです。スティックを一気に150本くらい飲んだらアウト(ドーピング)ということになりますが、一日に使う量はせいぜい1~2本…」
との記載があります。スティック2本使っても、グリセロール量は1g以下です。ドーピングには引っかからなくても、先ほどの研究の量の50分の1以下です。「屁」みたいな量としか思えません。他の製品も調べてみると、「凌駕スマッシュウォーター」というのがあります。
この会社のページではどれぐらいのグリセロールが入っているかというのはわかりません。しかし、購入画面の商品情報で見ると、
■内容量
60g(6g×10包)
■使用方法
スティック1本(6g)を500ml~1リットルの水に溶かしてお飲みください。
運動の1~2時間前からお飲みいただくのがオススメです。
■保存方法
直射日光、高温多湿を避け開封後はジップをしっかりとお閉めください。
■栄養成分(100gあたり)
・エネルギー:352kcal
・タンパク質:0.1g
・脂 質 :0.7g
・炭水化物 :86.4g
・ナトリウム:1.5g
・塩分相当量:3.81g
■原材料
デキストリン、グリセリン、クエン酸、海塩、ステビア、二酸化ケイ素、ビタミンC、ライム果汁粉末、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB5、ビタミンB3、葉酸、ビタミンB12
グリセロールの含有量はわかりませんが、恐らく1~2g程度でしょう。
ところで、最近の研究で、次のようなものがあります。
「Salt + Glycerol-Induced Hyperhydration Enhances Fluid Retention More than Salt- or Glycerol-Induced Hyperhydration」
「塩+グリセロールによって引き起こされる過量水分補給は、塩またはグリセロールによって起こる過量水分補給以上の液体保持を促進する」(原文はここ)
人工甘味料と30ml/kg除脂肪体重の水(除脂肪体重が50kgとしたら、1.5リットル)に次のものを加えた実験をしました。
①7.5gの塩/ L
②グリセロール1.4g/kg除脂肪体重(除脂肪体重が50kgとしたら、グリセロール70g)
③7.5gの塩/ L + グリセロール1.4g/kg除脂肪体重
3時間後、実験間で血漿量変化に有意差はなかったそうですが②のときがやや変化が少なくなっているようです。(①11.3%増加 ②7.6増加 ③11.3増加)
総尿量は、①75ml ②1248ml ③551mL 液体保持率①1127ml ②729ml ③1435mLでした。
③の塩とグリセロールを両方加えた群が最も体液保持率が高かったようです。
いずれにしても、グリセロールは70gという相当な量を使っての研究ですので、市販のグリセリンローディングを謳っているサプリメントだと数十本必要だということになります。それだけのグリセロールを使用しても、塩に劣るような結果です。
例えば市販のサプリでグリセロール1gを摂取したとして、血液に全て残ったとした場合、血液量を4リットルと考えれば、血中グリセロール濃度は0.25g/ Lと単純計算になりますが、実際には血中グリセロール濃度はグリセロール1.5g/kgを一気飲みしても、2時間後で0.6g/L前後です。(ただ、こんなにたくさん一気飲みすると頭痛が起こったり吐き気がしたりすることが多いです)つまり、サプリ1gでは0.6g/Lの70分の0.0086g/L(8.57mg/L)という、「屁」みたいな量です。普通の人の血中グリセロール濃度は0.006g/L程度です。
アスリートが1時間運動で0.037g/L、3時間程度運動すると0.07g/L程度まで血中グリセロール濃度は上昇します。糖質制限をしていれば脂肪がたくさん分解しますので、1時間運動で0.083g/L、3時間程度運動すると0.12g/L、とかなり普通のアスリートよりもグリセロールの増加が多いことがわかります。
もしかしたら、この血中のグリセロール濃度の違いが、糖質制限をしているとフルマラソンなどのレース中に水分摂取量が少なくて済む理由なのかもしれません。ほとんど役に立たないようなドリンクやサプリに頼るよりも、糖質制限で「ケトラン」をした方が水分保持が良くなり、脱水になりにくくなると考えられます。
もしかしたらグリセリンローディングは、グリセロールがほんの少し血中の濃度が増加しただけでも体感できる違いはあるかもしれません。試してみる価値はあるかもしれませんが、期待しすぎない方が良いでしょう。
私のお勧めは、本にも書いたように、ぬちまーすを溶かしたドリンクです。