地中海式の食事は健康的か？　エビデンスにだまされないように

地中海沿岸の国では、他のヨーロッパの国と比較して虚血性心疾患が少ないことから、地中海食が健康に良いのではと考えられ様々な研究がされています。その中での代表的な研究を見てみましょう。

エビデンスを非常に重要視されている方が真っ先に取り上げた研究なので、非常に素晴らしい結果が出ているかと思われましたが…。

2013年のニューイングランドジャーナルという非常に有名な医学雑誌に出た、7,447人を対象としたランダム化比較試験です。対象者は2型の糖尿病があるか、喫煙・高血圧・LDLコレステロールレベルの上昇・HDLコレステロールレベルの低下・過体重または肥満・早期冠動脈性心疾患の家族歴のうち3つの危険因子を持つ人でした。ランダムに3つのグループに分けられ、1つ目の地中海食グループは、いわゆる地中海食を食べるように指導され、1日当たりエキストラバージンオリーブオイル（約1リットル/週）を支給されました。もう一つの地中海食のグループはこちらも地中海食を食べるように指導され、1日当たりミックスナッツ（クルミ15g、ヘーゼルナッツ7.5g、アーモンド7.5g）を支給されました。対象となる対照群は低脂肪食を推奨されました。 対照群の焦点は、脂肪分を減らすことであり、特に、脂肪の少ない肉、低脂肪乳製品、穀類、ジャガイモ、パスタ、米、果物および野菜の消費を推奨することに重点を置いていました。また調理法では揚げ物を避けるようにも指導されました。

もう、この時点で糖質制限をしている人であればアウトですね。対照群は低脂肪、高糖質の食事を指導されています。対照群の方が結果が悪くなることは簡単に想像できてしまいます。

さて、結果です。平均4.8年追跡されました。（図は原文より）

上の図で、縦軸は心筋梗塞や脳卒中の発症率、心血管疾患での死亡率を表し、横軸は追跡した年数です。黒い線が対照群で、黄色が地中海食＋ナッツ群、緑は地中海食＋エクストラバージンオリーブオイル群です。見てみると明らかに地中海食の2つのグループの方が発症率や死亡率が低く見えます。対照群と比較すると29％低下です。

しかも、グラフにはありませんが脳卒中の発症率は地中海食＋エクストラバージンオリーブオイル群で33％、地中海食＋ナッツ群46％も対照群より低下していました。

「あー、やっぱり地中海食の方が健康的なんだ！」…？

上の図は全原因死亡率です。どの群も有意差はありません。ということは、地中海食は心血管疾患以外の病気によって死亡率が高まるとも考えられます。じゃあそれほど健康的な食事とは考えられません。

さらに、ここでは様々なマジックがあります。まず、心血管疾患の発症率をそれぞれ見ていくと、実際には脳卒中だけが統計的に有意差が出ています。心血管疾患を合わせてグラフにすることで、虚血性心疾患でも有意差が出ている錯覚を起こします。でも実際には心疾患では有意差はありません。複合的なエンドポイントを設定して有意差を出し、実際にはその中で1つまたはいくつかしか有意差がないにもかかわらず、その複合的なエンドポイント全てで有意差があるように見せかけるのです。よくある統計的なマジックです。「だまし」です。

また、縦軸を見てください。数字が0.05など非常に小さな数字です。一つ目の図で対照群が0.05のとき、29％低下すると考えると、地中海食群は約0.036です。その差は0.014です。100人に1～2人の違いです。下の図を見てください。

グラフの縮尺を変えれば大げさな結果を視覚的に示せるので、拡大していますが、実際には上の図のようにほとんど差が認められないのです。これはスタチンの効果を大げさに誇張したときの論文でも使われた統計的な「だまし」のテクニックです。（例えばこの研究）

こうやってエビデンスは一般の人だけでなく、数字しか見ない医療従事者を騙していくのです。絶対的な危険性が非常に微妙な差であるので、相対的な数字を利用して大きな差に見せています。

もちろん、実際にはある疾患を発症する確率は非常に低いので、どうしてもこのようなわずかな差しか現れないことが多いです。数人の違いが大きな違いになって見えます。がんの研究などもそうです。意図してだましているわけではなく、仕方ないとも言えます。（意図してやっている場合もあると思いますが）私がこれまで紹介した研究にも、微妙な数値の違いについて書かれているものもあります。研究のデザインがしっかりしていれば微妙な違いが意味を持つこともあると思います。（今回の地中海食の研究はデザインがダメですが）だから、数値をあまり気にし過ぎないことも必要かもしれません。エビデンスの数値だけではなく、人間の進化や生物学的、生化学的理論を同時に考える必要があります。

ただ、この地中海食の論文は手法に問題があったために一度撤回されています。詳しく知りたい方はこの記事を（英文）を読んでみてください。ランダム化と言われていたのに、実際には一部の人（約21％）はランダムではなかったようです。それによって結果が変わったかどうかは別の話ですが。さらに、コクラン（世界で最も有名なエビデンスを収集、集約して情報を提供している組織）はこの論文を、対照群が問題があるということで、コクランの分析から最初から除外しています。同じくNICEという組織ではこの論文について、データの質が「低い」または「極めて低い」として、心血管疾患の結果や死亡率に疑問を持っているようです。

話は少し変わりますが、ユネスコは2013年に地中海食を、フランス、モロッコ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、キプロス、クロアチアの無形文化遺産として登録したそうです。地中海食が本当に健康的なら、これらの国の方の平均寿命は長いのかもしれません。

（WHO, World Health Statistics 2016）

地中海沿岸諸国の平均寿命は何とも微妙です。特に、オリーブオイルの一人当たりの年間消費量がダントツで多いギリシャはそれほどいいとは思えません。国によって経済事情や医療事情が全く違うので何とも言えませんが、地中海沿岸諸国の人が健康的なのかはよくわからないということです。日本は最も平均寿命の長い国の一つであり、同じように日本食が健康食であるかのように言われていますが、これまた非常に問題のある考え方です。

上の表で気になったのがオーストラリアです。かなりの長寿国ですが、恐らく食事は肉中心のアメリカに近いものがあると思います。それでも日本とほとんど変わりません。

地中海食と低脂肪食を比較した研究で分かったことは、地中海食の心血管疾患への利益ではなく、低脂肪食の有害性です。脳卒中に関してはLDLコレステロールが低いと脳出血のリスクが増加することはかなりよく知られていることです。食事によるコレステロール摂取量がLDLコレステロール値には関連しないとしても、極端な低コレステロール食の低脂肪食が脳卒中の差に影響したことは考えられます。また、飽和脂肪酸は脳卒中のリスクを低下させます。（「飽和脂肪酸は脳卒中のリスクを低下させ、心血管疾患とは関連していない」参照）

それにしても、対照群がなぜ低脂肪食なんでしょうかね？恐らくこの研究をした人も、この研究の結果を見て地中海式の食事が健康に有益だと思った人も、もともと低脂肪食は健康的な食事だと思い込んでいたのだと考えられます。その低脂肪食よりもさらに地中海式の方が良いのだと言いたいのでしょう。

私は地中海式の食事の食材である、エクストラバージンオリーブオイルやナッツ、魚などは非常に健康に良いものだと思っていますし、私も積極的に摂っています。だから、地中海式の食事を否定するつもりは全くありません。しかし、この研究の結果から地中海式が良い食事だとは結論付けられません。むしろ、低脂肪食と死亡率が変わらないだけに、その程度の食事なんだと思ってしまいました。

この研究の結論。心血管疾患のリスクの高い人たちにとって、地中海式の食事は低脂肪・高糖質の食事と比較して脳卒中のリスクを少しだけ低下させる可能性はあるが、それ以外は有益性は見いだせなかった、というよりも、結局何もわからなかった。（うまくだましきれなかった？）

つまり、この研究をもって、地中海食が皆さんの心血管疾患を減らすとは、全く言えないのです。

「Primary Prevention of Cardiovascular Disease with a Mediterranean Diet」

「地中海食による心血管疾患の一次予防」（原文はここ）