前回の記事「フェリチンと糖尿病」に対してコメントをいただきました。ありがとうございました。
はじめまして。
毎回Blogの記事を読ませていただき、健康管理の参考にさせていただいております
鉄の取得ですが、欧米では小麦粉に鉄が添付されています。
つまり、欧米の人達にとっては鉄の取得と小麦の取得に相関関係があると考えられます
小麦粉は糖質の塊ですので、欧米の人達の場合は
フェリチンが高い≒小麦食品の大量摂取=糖質過剰=糖尿病リスク上昇
みたいな擬似相関が発生しうると考えるのですが、いかがでしょうか。(ワッパーみたいな特大ハンバーガーだとヘム鉄も取れますし)
ご見解いただければ幸いです
ご存じのようにアメリカなどでは小麦粉をはじめ様々な食品に鉄を添加しています。そこで、小麦粉を大量摂取すればフェリチンも高くなるが、糖質過剰摂取にもなる、だから糖尿病リスクがあたかも高くなるように見えてしまうのではないか?というご意見です。
もっともだと思います。私は糖尿病の原因はあくまで糖質過剰摂取にあると思っています。だから小麦粉を大量に食べれば、糖尿病になるのは当たり前でしょう。私が考えているのは、鉄が過剰になればさらにプラスアルファのリスク増加があるのでは、ということです。
日本ではそのように食品に添加していないから、日本人はフェリチンが低いと言われることもありますが、フェリチンの基準が定まっていないので、日本人から見ればアメリカ人のフェリチンは高すぎるように見えます。私には一般的に見てアメリカ人の方が肥満で不健康に見えます。鉄が多い、フェリチンが高いと健康に有益であるという根拠はなく、世の中にある根拠はほとんどが高いフェリチンは疾患と関連しています。もちろん、健康を損なうほどの鉄欠乏は良くありませんが。
日本では食材に鉄を添加していませんので、日本人のデータを見てみましょう。(表は原文より改変)
フェリチン(μg/ L) | トレンドのP | ||||
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Q1 男性88未満 女性17未満 | Q2 男性88~141 女性17~31 | Q3 男性142〜212 女性32〜61 | Q4 男性 212> 女性> 61 | ||
血清フェリチン濃度の中央値(μg/ L) | 51.7 | 112.5 | 173.0 | 271.0 | |
年齢(歳) | 52.0 | 50.1 | 50.9 | 51.9 | 0.93 |
男性(%) | 89.9 | 90.2 | 89.6 | 90.2 | 0.97 |
現在の喫煙者(%) | 35.8 | 35.4 | 37.7 | 26.8 | 0.13 |
大量の飲酒、エタノール1日46g以上(%) | 5.7 | 8.5 | 15.6 | 13.4 | 0.01 |
睡眠時間、6時間未満/日(%) | 44.6 | 39.0 | 56.5 | 49.4 | 0.07 |
2型糖尿病の家族歴(%) | 20.1 | 16.5 | 13.0 | 21.9 | 0.85 |
高血圧症(%) | 13.8 | 14.0 | 18.2 | 25.0 | 0.01 |
BMI(kg / m 2) | 22.7 | 23.0 | 23.8 | 24.2 | <0.001 |
胴囲(cm) | 80.9 | 81.7 | 84.3 | 85.3 | <0.001 |
内臓脂肪面積(cm 2) | 104.5 | 108.3 | 118.7 | 133.2 | <0.001 |
皮下脂肪(cm 2) | 114.7 | 124.3 | 135.8 | 150.7 | <0.001 |
空腹時血糖値(mg / dL) | 98.5 | 99.3 | 99.6 | 101.2 | 0.003 |
HbAlc(mmol / mol) | 5.7 | 5.7 | 5.7 | 5.7 | 0.34 |
空腹時インスリン(μU/ mL) | 3.7 | 4.7 | 5.2 | 6.2 | <0.001 |
HOMA-IR | 0.9 | 1.2 | 1.3 | 1.5 | <0.001 |
HOMA-β | 39.1 | 44.6 | 47.7 | 54.5 | <0.001 |
アディポネクチン(μg/ mL) | 7.7 | 7.3 | 6.7 | 6.6 | 0.002 |
CRP(mg / L) | 0.04 | 0.04 | 0.04 | 0.04 | 0.95 |
ALT(U / L) | 17.0 | 20.0 | 22.0 | 26.5 | <0.001 |
AST(U / L) | 19.0 | 20.0 | 21.0 | 23.5 | <0.001 |
GGT(U / L) | 27.0 | 32.5 | 35.0 | 41.0 | <0.001 |
HDLコレステロール(mg / dL) | 57.0 | 56.0 | 51.5 | 53.0 | 0.01 |
中性脂肪(mg / dL) | 98.0 | 97.5 | 113.5 | 128.0 | <0.001 |
上の表を見ると、フェリチン値での4分位の内一番高値の群(Q4)では、一番低値の群(Q1)と比較して、糖質過剰摂取を思わせます。インスリン抵抗性、空腹時の血糖値やインスリン値、HDLコレステロールや中性脂肪、肝機能などを見てもフェリチンが高い群は糖質摂取量も多いな、と思います。
そこで、様々な調整を行いました。
四分位数によるHR | トレンドのP * | 100μg/ L増分あたりのHR | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
Q1 | Q2 | Q3 | Q4 | |||
モデル1 | 1.00 | 1.00(0.70〜1.43) | 1.33(0.95 – 1.88) | 1.83(1.34 – 2.50) | <0.001 | 1.19(1.11 – 1.28) |
モデル2 | 1.00 | 0.97(0.67〜1.40) | 1.28(0.90〜1.81) | 1.68(1.22〜2.31) | <0.001 | 1.15(1.07〜1.24) |
モデル3 | 1.00 | 0.98(0.68〜1.41) | 1.16(0.81〜1.64) | 1.42(1.03 – 1.96) | 0.01 | 1.09(1.01 – 1.18) |
モデル4 | 1.00 | 0.97(0.67〜1.40) | 1.11(0.78〜1.58) | 1.40(1.01〜1.93) | 0.02 | 1.08(1.00〜1.18) |
モデル5 | 1.00 | 0.93(0.64〜1.34) | 1.08(0.76〜1.54) | 1.25(0.89-1.76) | 0.09 | 1.04(0.95〜1.14) |
モデル6 | 1.00 | 0.92(0.64〜1.32) | 1.06(0.75〜1.51) | 1.20(0.86〜1.67) | 0.16 | 1.03(0.94〜1.13) |
モデル7 | 1.00 | 0.90(0.61〜1.32) | 0.97(0.67〜1.40) | 1.04(0.73〜1.48) | 0.65 | 1.01(0.92〜1.11) |
モデル1は年齢、性別で調整、モデル2はさらに余暇の運動量、職業運動量、喫煙、アルコール、交代勤務の有無、睡眠時間、糖尿病の家族歴の有無および高血圧の有無で調整、モデル3はさらにBMIを追加調整、モデル4はCRPとアディポネクチンで追加調整、モデル5は肝機能で追加調整、モデル6はHDLコレステロールと中性脂肪で追加調整、モデル7はインスリン抵抗性で追加調整です。そうするとモデル4まではフェリチン高値と糖尿病のリスク増加が認められました。その後は関連がどんどん弱くなっています。
何か微妙です。次にフェリチンと2型糖尿病のリスクとの関連性をBMI、内臓脂肪、皮下脂肪、HOMA-IRの違いで分析しました。そうすると面白い特徴がありました。
四分位数によるHR | トレンドのP | 100μg/ L増分あたりのHR | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
Q1 | Q2 | Q3 | Q4 | |||
BMI | ||||||
25未満 | 1.00 | 1.19(0.69〜2.06) | 1.97(1.17〜3.34) | 2.68(1.65〜4.37) | <0.001 | 1.29(1.16〜1.43) |
25以上 | 1.00 | 0.83(0.50〜1.39) | 0.73(0.45 – 1.19) | 0.87(0.56-1.35) | 0.57 | 0.98(0.87〜1.10) |
内臓脂肪 | ||||||
低い | 1.00 | 0.93(0.47〜1.84) | 1.56(0.82〜2.97) | 2.59(1.41-4.76) | 0.001 | 1.30(1.14-1.49) |
高い | 1.00 | 0.94(0.58〜1.52) | 0.99(0.62〜1.56) | 1.16(0.77-1.76) | 0.34 | 1.06(0.95〜1.17) |
皮下脂肪 | ||||||
低い | 1.00 | 1.21(0.65〜2.25) | 1.65(0.91〜2.99) | 2.73(1.55 – 4.80) | <0.001 | 1.25(1.11〜1.39) |
高い | 1.00 | 0.74(0.44 – 1.24) | 0.85(0.53-1.38) | 0.97(0.63〜1.50) | 0.71 | 1.04(0.93〜1.17) |
HOMA‐IR | ||||||
低(<1.22) | 1.00 | 1.26(0.65〜2.43) | 1.07(0.52 – 2.19) | 1.97(1.01 – 3.85) | 0.048 | 1.20(1.02 – 1.42) |
高(≧1.22) | 1.00 | 0.83(0.51-1.35) | 1.00(0.65〜1.55) | 1.04(0.70〜1.56) | 0.51 | 1.02(0.93〜1.13) |
BMIが25未満と正常体重で、内臓脂肪や皮下脂肪が少なく、HOMA-IRで表されるインスリン抵抗性が少ないほど、フェリチン高値の影響が大きく出て、糖尿病のリスク増加を示しているのです。日本人に多いインスリン分泌が少ないタイプと考えられます。つまり、過体重や肥満の人はフェリチンと糖尿病リスクの関連は認められないということです。内臓脂肪やBMIやインスリン抵抗性と関連がないということは、メタボっぽくない人の方がリスクが高いと考えられます。
実はヨーロッパの他の研究でもBMIや腹囲が一番少ない群が最もフェリチン高値と糖尿病リスク増加が関連しているという報告があります。どうやらメカニズムは単純ではなさそうです。
そう考えると、鉄の過剰摂取は日本人の多くの人には有害である可能性があります。しかも今回の研究で最もフェリチンの高いQ4というのはフェリチン値が男性で212より大きく、女性で61より大きい値の群です。この程度のフェリチン値です。インスリン分泌が少ないタイプの方がフェリチンや鉄に感受性が高いのでしょうか?元々β細胞の力が弱いので、鉄の沈着によるダメージをすぐに受けるのかもしれません。
ただ、この研究は糖質過剰摂取者による研究です。糖質制限ではありません。糖質制限ではどうなるかはわかりませんが、フェリチンの増加の許容範囲の目安にはなるかもしれません。
いつの間にか「フェリチン100」という数値が独り歩きをし始めてしまっているような気がします。なぜフェリチン値が100以上を目指すのか私にはよくわかりません。当然エビデンスは存在していないはずです。女性では100以下の方が健康的であるというエビデンスは大量にあります。同じフェリチン値が100であっても貯蔵鉄量は非常に個人差があり、もしかしたら個人の中でも測定する日により違いがある可能性もあります。人によっては1g以上の貯蔵鉄を表しますが、人によっては0.3g程度のこともあるかもしれません。ある人のある日のフェリチン100と6か月後のフェリチン100が同じ貯蔵鉄量を表しているとは誰も言えないのです。
フェリチンは商品を運ぶ段ボールのようなものです。その中にどれだけの商品の数が入っているかは段ボールを見ただけでは把握できません。アマゾンのように中身はスカスカでも、大きな段ボールかもしれません。宅配業者は段ボールの数だけに注目し、中身の数は考えません。フェリチンの検査はその段ボールを数えているようなものです。その中の鉄の数は数えられないのです。もしかしたら1個しか鉄が入っていないかもしれませんし、もしかしたら2000個入っているかも知れません。
理論的にはフェリチン1個当たり4500個の鉄が入りますが、しかし、実際には0~2500個くらいなのです。あなたのフェリチンにどれだけの鉄が入っているかわかりますか?誰もわかりません。その程度の検査値であることを認識してご自身の鉄の状態を評価してください。目安にはなり得ますが、70だとまだ低い、100を超えたら安心、と一喜一憂するほどのものではありません。
よく考えてみましょう。次回はメカニズムの仮説について書けたらいいなと思います。
「Circulating ferritin concentrations and risk of type 2 diabetes in Japanese individuals」
「日本人における循環フェリチン濃度と2型糖尿病のリスク」(原文はここ)
清水先生、いつもありがとうございます。さて一つ質問をさせてください。
2016年の秋の血液検査のデータです。血清F eは90(基準値64〜181)、
フェリチンは62.0(26.0〜211.0) でした。
過去の清水先生のブログではF eもフェリチンも検査データがないようになっております。
私の糖質制限はこの年の春から始まりましたので、約半年後の検査になっております。
今までの私の認識では、体内の鉄分はまず貯蔵鉄から消費されその後血清鉄F eが消費されると言うふうに理解しておりました。その意味ではフェリチンの値量が62.0と言うのは大変少ないのではないかと感じておりました。担当の内科の先生もやや少ないですねと言うご意見でした。その後特にサプリメントなどを摂取はしておりません。その年の同じ検査では肝機能も腎機能も問題はありませんでした。
血液検査の中で常にチェックが入るのは白血球数です。男子の場合4000から9500位の値が基準値になっていますが、私は3500止まりになっています。若い頃からずっとそうです。
自分のこういう体質に対してどういうスタンスでいればいいのか、判断をあぐねています。
こういう状況を清水先生はどうご理解されるでしょうか?もしお時間がございましたらご返信頂けましたらありがたく思います。どうかよろしくお願いいたします。(まるで医療相談のようで申し訳なく思います。)
ジェームズ中野さん、コメントありがとうございます。
私の血清鉄とフェリチンはウルトラマラソン前後で調べており「ウルトラマラソンと血液検査2018」
に書いてありますが、大体血清鉄は100μg/dl前後、フェリチンも約100ng/dlくらいです。単位にあるように、血清鉄とフェリチンでは1000倍濃度が違います。
以前の記事に書いたようにフェリチンは細胞死によって漏れ出てきているものです。貯蔵鉄そのものを見ているわけではありません。
また、今回の記事にもあるように、フェリチンはあくまで鉄を貯蔵する段ボールのようなものです。中に何個の鉄が入っているのかわかりません。
同じ貯蔵鉄の量でも人によってフェリチンが300の人もいれば、80の人もいます。こんなに幅のある値では何を目標にすればいいかよくわかりません。
フェリチンは貯蔵鉄を反映すると言われますが、「目安」ぐらいの価値でしょう。
フェリチンが62で何か体に問題がなければ、十分な貯蔵鉄があると考えられます。
白血球はもちろん基準値をはずれていますが、若いころから同じであれば、個人差の範囲だと考えられます。
私だったら、気にしません。
答えになったでしょうか?
ありがとうございました。