私は以前、フェリチンは鉄を貯蔵するもので、体内の鉄の不足があれば減少し、鉄が多くなれば上昇するものであり、また炎症を起こしている場合にも上昇する、という認識でいました。だから、貧血や鉄欠乏について相談されたときにはフェリチンも一緒に調べたり、フェリチン値を調べてみるようにアドバイスをしていました。つい最近までです。
我々医師はそれぞれが専門の臨床に携わり、それ以外のことは興味がなければ学びません。ましてや基礎医学などは知らないことがいっぱいです。
しかし今回、断食前後で大きくフェリチン値が変化したことを機に様々な疑問が湧いてきました。そして、以前の記事「フェリチン、あなたは何者? フェリチンは鉄と関係なく上下する」で書いたように、フェリチンは一体何を意味しているのか?という疑問をずっと持つようになりました。また、なぜ炎症を起こすとフェリチン値が上昇するのか?ということも疑問です。そこで、いろいろ調べてみると、新たなことがわかりました。これは仮説の部分もありますが、基礎医学で鉄やフェリチンを専門に研究している専門家による「生物学的事実」です。
フェリチンは血液検査で測定するのですが、通常血清中でフェリチンは合成されるわけではありません。そうすると、なぜ血清中にフェリチンが存在するのか?ということになります。どこからか出てきたものを測定しているのですが、通常は肝臓からのものだと考えられています。
では、なぜフェリチンが血清中に出てくるのか?ということですが、分泌される(何かの作用があって、能動的に細胞から出てくる)ということも考えられますが、そのような証拠は現在のところ見つかっていません。そうすると残された原因は、細胞が壊れたことによって細胞の中のフェリチンが出てきてしまった、ということです。つまり、細胞が死んで、崩壊して、それとともにフェリチンが出てきたのでフェリチン値が上がっているのです。
恐らく、健康な時でも体の様々な細胞は入れ替わっています。そうすると細胞死は常にどこかで起こっているはずです。そのようなレベルで済んでいればフェリチン値は低値のままです。しかし、何らかの疾患、炎症などによって細胞の障害、細胞死が急に増えるような状況が起こると、それに伴いフェリチンがたくさん血管にあふれてきて、フェリチン値が上昇してしまうのです。
何らかの疾患が存在しているか、またはその疾患の重症度が、フェリチン値と関連しているものには様々なものがあります。
筋萎縮性側索硬化症、アテローム性動脈硬化症、癌、非アルコール性脂肪肝疾患、肝硬変、冠動脈疾患、糖尿病、高血圧、メタボリック・シンドローム、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなどです。
「炎症が起こっているから、フェリチンが上昇している!」とわかったようなことを言っても、では実際にどのようにしてフェリチンが上昇しているかさっぱりわかりませんでしたが、このような細胞の障害でフェリチンがあふれ出てくるとわかるとすんなり理解できます。
フェリチンはその中に鉄を含有することができますが、よくフェリチン1個当たり4500個の鉄原子を含有していると書かれています。しかし、実際には0~2500個くらいの様々な含有量があり、平均でも1000~1500個くらいしか含有していないそうです。
血清フェリチンは、通常、抗体で測定されます。まれにしかそのフェリチンの中の鉄含有量は測定されません。しかし、実際にフェリチンの鉄含量を測定すると、血清フェリチン自体が鉄のほとんど全てを失っていることが判明しました。これは、細胞から流出する間か後かいずれかに、鉄を失ったことを意味します。
では、フェリチン値が全く鉄の貯蔵量を反映していないかと言えば、そうではなく健康な場合、炎症がない場合は反映しています。そうすると鉄のサプリメントを何か月間も飲んだとして、フェリチン値が上昇した場合、何を意味するのでしょうか?
1.細胞内の鉄が増加したことにより、貯蔵するために単純にフェリチンの合成量が増加した。
2.(鉄の増加によって)細胞が障害され、細胞死を招き、そのためにフェリチンがあふれ出る量が多くなった。
という2つのことが考えられます。この2つの両方がどちらも関係しているのですが、1のことだけでは血液中のフェリチンは増加しません。細胞内に閉じ込められているフェリチンは測定していませんので。2のことが起こらないとフェリチン値上昇にはならないということです。2の最初の部分で(鉄の増加によって)ということをカッコ付で書きましたが、本当に鉄が悪さをして、細胞が障害されたかどうかはわかりません。しかし、数か月間何も新たな病気をしたりしていないと仮定すれば、鉄のサプリメントを飲んだ以外では変化したことがなければ、それが原因と考えても矛盾はないと思います。
また、先ほど書いたように血清フェリチンは鉄をほとんど含んでおらず、途中で鉄を「捨ててきた」と考えられます。では捨てられた鉄が何をするかというと、ハーバー・ワイス反応やフェントン反応を起こして、ヒドロキシルラジカルを生成し、結果的にさらなる細胞の損傷を引き起こす可能性のあると考えられます。
つまり、血液中のフェリチンが増加するということは、まずは何らかの理由で細胞死が起こり、そのためフェリチンが細胞内から血中に出てきてしまい、さらに出てくる途中で捨てた鉄がさらなる細胞の損傷を引き起こし、さらに血液中に出てくるフェリチンが増加する、と考えられるわけです。
以前は血清フェリチンレベルが肝臓の鉄貯蔵を反映していると考えられていましたが、現代の理解では、炎症マーカーであると認識されています。しかし、すべての証拠は、フェリチンは単に細胞死によって血清中に現れ、つまり細胞死マーカーであることを示しています。
そこで、断食によってフェリチン値が上昇した理由を考えてみると、断食が肝臓にとっては何らかの栄養ストレスとなり、通常の状態よりも肝臓の負担が増し、肝臓の細胞が障害され、フェリチン値が上昇したのではないかと思われます。神経性食欲不振症も同じで、低エネルギー摂取は恐らく肝臓には負担になることなんでしょう。治療でその負担が軽減されるとフェリチン値がぐんと低下しるのも納得です。
低フェリチン値が「隠れ貧血」と考えられ、鉄のサプリメントを飲んだ場合、フェリチン値が最初のうちはなかなか上がってこないとされています。それは体内の鉄が少なく、すぐには細胞を障害するほどではないですが、ずっと鉄サプリを飲んでいくうちに、どんどん鉄が増え、細胞を損傷するようになって、フェリチン値が上がり始めます。そうすると、その時の捨てられたフェリチンがさらに細胞死を招き、どんどんフェリチンが上昇するようになるのです。
そう考えると、フェリチンが上がることは全く良いことではないと思いませんか?この考えによれば、フェリチン値は低ければ低いほど良いのです。しかし、鉄は生物にとって非常に重要なものです。ただ、どれぐらい体内にあればいいのかはっきりしていません。これまで、鉄の貯蔵量としての指標だったフェリチン値が、実は細胞死のマーカーだったとなれば、フェリチンを測定して、鉄のサプリメントの量を調整すること自体がナンセンスだということになります。フェリチンが上昇するということは、少なくとも死んだ細胞が増加したことを示します。フェリチン値がいくつが最適化はわかりませんが、できる限り低値の方が健康だと考えられます。鉄を飲むならちょっとフェリチンが上がり始めたらもうやめた方が良いでしょう。鉄の貯蔵量が少なければ、フェリチンの合成量も減り、細胞死が起きた時に捨てられて悪さをする鉄も減るのです。
様々な疾患で炎症があるとそれによりフェリチンが上昇し、重症度の指標になります。フェリチンが原因ではなく、結果だとよく言われますが、実は結果でもあり、その疾患を悪化させる原因でもあると考えられます。炎症が起こり、細胞死が起こり、フェリチンが結果としてあふれ出てフェリチン値が上昇する。上昇時にフェリチンが捨てた鉄がさらに細胞を傷めつけて、さらに重症化する原因となる。すんなりと理解できたと思いませんか?
「鉄と乳がんの関係」で書いたことも納得ですね!
フェリチン値を測定して、わかった気になっていた人(私自身だ!)は考えを改めるときが来たかもしれません。
「Serum ferritin is an important inflammatory disease marker, as it is mainly a leakage product from damaged cells」
「血清フェリチンは、主に損傷細胞からの漏出産物であるため、重要な炎症性疾患マーカーである」(原文はここ)
はじめまして。
関節リウマチになり、色々な健康法を試しています。
鉄サプリを飲んで半月ぐらい経過したら脚がとても浮腫み、服薬を止めたところ2日後には治りました!これは鉄と関係があるのでしょうか?サプリメントは怖いですね。
タビ猫さん、コメントありがとうございます。
サプリについては、その成分が悪かったのか、一緒に混ぜてある他のものが悪かったかは
わかりません。しかし、基本は食事であり、工業製品を摂取するのは
やむを得ない場合に限った方が良いと考えています。
リウマチでしたら、まずは糖質制限がお勧めです。
返信ありがとうございます。
もちろん糖質制限しております(7月より)
しかし、不勉強で始めてしまい激やせしてしまいました(自己責任です)
大豆アレルギーがあり今はMEC食に近い感じですが・・・
これからも頑張って継続しようと思っています!
どなたかデブエット方法を教えてください(笑)
藤川医師が「フェリチン100以下は鉄不足」の根拠とされている書籍
私は徳美医師のネットの記事のほとんどと全ての著書を読んでいます。私の知る限り、藤川医師が「フェリチン100以下は鉄不足」の根拠とされるのは、次の記事に書かれている書籍です。この他にも根拠があるのかどうかは、私には分かりません。
https://www.facebook.com/tokumi.fujikawa/posts/686716171444710?pnref=story
藤川 徳美
2014年11月17日 ·
11/12にうつ病の栄養療法の本を紹介しました。もう一冊、2013年に発刊されたこの本「薬に頼らない個々に合ったうつ病治療 パーソナライズドメディスン 9つのステップ」、全ての精神科医、全てのうつ病患者におすすめの良書。
(中略)
前書とは異なり、鉄不足でうつになるとの記載もありました。フェリチン100以下は鉄不足との記載。日本人女性は全員当てはまってしまう!。当院データでは15-50歳女性でフェリチン30以下は80%。今までフェリチン目標を60-80としていましたが、100以上に上方修正が必要なようだ。文献リストも付いているので直接該当文献に当たることもできる。
(引用終わり)
私はこの本を持っていますから、該当部分を紹介します:
薬に頼らない個々に合ったうつ病治療―パーソナライズドメディスン 9つのステップ
ジェームズ グリーンブラッド (著), James Greenblatt (原著), & 1 その他
出版社: コスモスライブラリー (2013/9/1)
第10章 亜鉛とその他のミネラル
鉄とうつ病p.191
『私は、すべての患者に鉄とフェリチンレベルのチェックを受けるように勧めています。鉄結合プロテインであるフェリチンのレベルを調べるのは、体内に貯蔵される鉄の大部分はフェリチンに結合しているからです。もし鉄とフェリチンのレベルが共に低ければ、鉄含有量がより多い食物の摂取が必要で、また鉄のサプリメントを摂るべきでしょう。
フェリチンレベルは100μg/L前後、鉄レベルは50μg/L以上が好ましいでしょう。』
本の第10章の鉄関連の引用文献は2つです。
これら2つの論文本文には「フェリチンレベルは100μg/L前後、鉄レベルは50μg/L以上が好ましい」については記載されていません(下記の(1)と(2)の論文を参照)。
これらの数値は、本の著者のグリーンブラッド氏の独断的な見解か、または引用文献以外の資料が根拠の可能性があります。
つまり、藤川医師が主張している「フェリチン100以下は鉄不足」に関しては、藤川医師が根拠としている書籍では、きちんとした人試験による根拠は提供されていないということです。
(1)J Nutr. 2005 Feb;135(2):267-72.
Maternal iron deficiency anemia affects postpartum emotions and cognition.
Beard JL1, Hendricks MK, Perez EM, Murray-Kolb LE, Berg A, Vernon-Feagans L, Irlam J, Isaacs W, Sive A, Tomlinson M.
論文 https://academic.oup.com/jn/article/135/2/267/4663632
論文には次の記載があります
The inclusion criterion included the following: 1) For identification of IDA(iron deficiency anemia): Hb between 90 and 115 g/L, and at least 2 of the following iron deficiency parameters: mean corpuscular volume (MCV) < 80 fL, transferrin saturation (TSAT) < 15%, serum ferritin (Ft) < 12 μg/L.
TABLE 3 Maternal hematological and iron status variables at 10 wk and 9 mo postpartum in nonanemic CN women and IDA women administered PL or Fe
9か月後のフェリチンμg/L
IDA-PL(プラセボ) 17.1 ± 13.9
IDA-Fe(鉄剤) 33.8 ± 19.8
CN(非貧血コントロール) 48.4 ± 33.6
(2)Eur J Clin Nutr. 2007 Apr;61(4):532-5. Epub 2006 Oct 25.
The relationship between depression and serum ferritin level.
Vahdat Shariatpanaahi M1, Vahdat Shariatpanaahi Z, Moshtaaghi M, Shahbaazi SH, Abadi A.
論文 https://www.nature.com/articles/1602542
論文には次の記載があります
「Normal range for serum ferritin level is 15–200 μg/l and levels below 15 indicated iron deficiency (Kasper et al., 2005).」
この試験の参加者の血清フェリチン濃度の記載
「All study participants were in their reproductive years with a mean age of 24.5±1.6 years. Mean serum ferritin levels were 26.95±11.3 and 38.36±17.1 in depressed and healthy participants, respectively (Table 1). In depressed individuals it ranged between 2 and 103, and in healthy ones between 2 and 197.9 μg/l. Student's t-test showed that serum ferritin levels of the two groups were significantly different (P<0.001).」
以上
情報提供さん、情報ありがとうございます。
基準値はあくまで健康と思われる人のサンプルを取っただけなので、何とも言えません。
うつ状態では2〜103、健康では2〜197.9の範囲で、フェリチンレベルが有意に異なることは、わかります。
だから100以上必要だということは難しい気がします。
平均フェリチンレベルは、うつ病26.95、健康38.36です。健康な人の多くは100よりかなり低いのです。
がんとの関連を見れば、私は100という数値を勧めることはできません。(「鉄はがんの原因のひとつとなる(長文)」「鉄とがんの関係 数年後に後悔しないために」など参照)
何を信じるかは自己判断です。
藤川医師のフェリチンに対する見解とはまったく逆方向の考察で興味深く拝見しました。
ところで中身のないフェリチンとはアポフェリチンのことと思いますが
これは、血清中に漏れ出た鉄イオンを“これから回収する”役割の可能性もあるのではないでしょうか?
断食前後のフェリチン値変化は
断食→蛋白異化亢進=細胞破壊→フェリチン値上昇 ということが起こっているとも考えられます。
断食を停止したり、ハードなマラソン錬を休めば
異化亢進が収まるためフェリチン値も本来の値に落ち着くだけではないのか、と思いましたがいかがでしょうか?
通りすがり医さん、コメントありがとうございます。
もちろん、アポフェリチンに鉄が付いたものがフェリチンですが、漏れ出た鉄を回収するためにフェリチンが血中に「分泌」されるということは
認められていますでしょうか?その「分泌」がないので、フェリチンは細胞死のときに漏れ出てくると考えられます。
また、漏れ出たフェリチンが鉄を回収して再度肝臓などに戻るという現象があるのでしょうか?もしご存知であれば教えていただけると嬉しいです。
断食やマラソン後のフェリチン上昇はおっしゃる通りタンパクが異化されるからだと思います。炎症でもどこかの細胞が壊れてフェリチンが増加するのだと思います。