アメリカ人のフェリチン値は?

アメリカでは小麦をはじめ様々な食品に鉄が添加されています。ということは、さぞかしアメリカ人のフェリチン値は高いと想像できると思います。女性なら100以上がほとんど、男性なら200や300は当たり前、と思っていませんか?

まずは、WHOがどのように考えているかです。WHOは鉄の過剰の深刻なリスクとしてフェリチン値で、男性200以上、女性150以上と設定しています。(図は原文より、原文はここ

もちろん、WHOのいうことはときどき正しいと思えないこともあるので、鵜呑みにはできませんが、一応世界標準的な考え方を示しています。

そもそもアメリカ人と比較して日本人のフェリチン値は低いと言う人がいますが、アメリカ人などのフェリチン値があてになるのかどうかというのもあります。アメリカの成人ではたった12%だけが代謝的に健康である、というデータもあります。(「アメリカではメタボではない人の方が珍しい」参照)ご存じのようにアメリカは肥満大国です。現在の成人の肥満率は39.8%です。(データはここ)過体重まで含めると70%を越えます。

慢性炎症、脂肪肝を抱えている人も大勢います。そのような状態ではフェリチン値は自ずと高くなります。アメリカ人のフェリチン値の高さは炎症のあらわれかもしれません。下にアメリカ人のフェリチン値を掲載します。まずはそこまで肥満が蔓延していない(恐らく現在の半分以下の肥満率のころ)1970年代後半のころ、つまり40年以上前のデータからです。この頃だって、すでに小麦粉に鉄は添加されていましたし、肉もたっぷり食べていた時代だと思われます。(図はこの論文より)

上の図は18~44歳女性、45~64歳女性、18~64歳男性の順で並んでいます。その中でSFと書かれているのがフェリチンです。パーセンタイル50パーセンタイルを中央値として考え、例えば90パーセンタイルは低い方から全体の90%の位置にいる人のデータです。逆に言えば高い方から10%の一の人のデータです。そうすると閉経前の女性では95パーセンタイルでさえ108です。つまり100を超える方が珍しいのです。男性で150を超えるのは80パーセンタイルが157なので、80パーセント弱の人は150以下でしかありません。つまり、このころのアメリカ人のフェリチン値は特別高いわけではないのです。

では現在ではどうでしょう?現在の数値は探し出せませんでしたが、2000年ころのデータが見つかりました。上のデータの頃よりも肥満がさらに増えてきている頃です。

血清フェリチン

歳以上の米国の総人口の血清中濃度の幾何平均および選択されたパーセンタイル(ng/mL)、1999年 – 2002年の国民健康栄養調査。

 

幾何平均

5パーセンタイル

50パーセンタイル

95パーセンタイル

男性

合計、1歳以上

93.0

16.0

101

416

1〜5歳

20.2

3.00

20.0

62.0

6〜11歳

29.7

11.0

31.0

73.0

12〜19歳

44.3

15.0

42.0

142

20〜39歳

129

41.0

134

382

40〜59歳

145

32.0

150

500

60歳以上

127

21.0

134

552

女性

合計、1歳以上

39.7

6.00

39.0

213

1〜5歳

23.2

7.00

23.0

69.0

6〜11歳

29.9

12.0

30.0

76.0

12〜19歳

24.0

5.00

26.0

76.0

20〜39歳

30.4

検出限界を下回る

32.0

126

40〜59歳

45.6

4.00

53.0

228

60歳以上

84.9

15.0

86.0

391

(統計はここより)

これほど肥満が多いのに、閉経前の女性(20~39歳)のフェリチン値の中央値(50パーセンタイル)は32です。そこから推測すると恐らく15%程度は鉄欠乏です。日本人の若い女性の約30%がフェリチン値が一桁、というよりはかなりましですが、肥満率も考えたら大して変わりありません。この年齢層の女性の上から5%の人(95パーセンタイル)でさえ、126であるということは8割以上は100以下と考えられます。男性の中央値は130~150程度です。中央値の人は恐らく過体重に含まれる可能性があるので、炎症の影響を除いたらもっと低い可能性があります。300とか500とか示す人は完全に高度肥満の人でしょう。小麦などに鉄を混ぜ、肉をいっぱい食べているアメリカでさえ決してフェリチンは高くありません。フェリチンの高さと健康は比例しませんし、逆に負の関連があります。最初の表と2000年ころの表の違いは恐らく肥満の蔓延、その炎症の差ではないかと思います。炎症や代謝障害の影響を差し引いたら大してフェリチン値は高くありません。つまり、鉄摂取量が増加してもフェリチンは通常大して増加しないのではないかと思われるのです。

さらにMSDという企業が提供する「MSDマニュアル プロフェッショナル版」の遺伝性ヘモクロマトーシス(遺伝的な鉄過剰症)の診断のところに次のような記述があります。

「血清フェリチンの測定は、最も簡単で最も直接的な初回検査である。遺伝性ヘモクロマトーシスでは、高値(女性では200ng/mLを超える値、男性では250ng/mLを超える値)が通常みられる…」

また、「内科学 第10版」では次のようにあります。

「ヘモクロマトーシスのスクリーニング検査として有用なのは、血清鉄、血清フェリチンとトランスフェリン飽和率などの血清鉄マーカーである。早期診断のためには、血清フェリチンが男性で300ng/mL以上、女性で200 ng/mL以上、かつトランスフェリン飽和率45~60%以上で、血清鉄の上昇をきたすほかの肝疾患、血液疾患が除外された場合は遺伝性へモクロマトーシスを疑うべきである」

つまり、男女ともにフェリチン値が上位の人たちは十分に遺伝性ヘモクロマトーシスの疑いがあるのです。アジア人ではヘモクロマトーシスは非常に少ないのですが、白人には多く、ヘテロ接合体遺伝子型は、およそ10人に1人の割合で見られるといわれています。(この論文を参照)

北米の99,711人の参加者をスクリーニングした、ヘモクロマトーシスおよび鉄過負荷スクリーニング(HEIRS:HEmochromatosis and IRon Overload Screening)試験では、C282Yホモ接合体の遺伝子変異を持った人では、血清フェリチンが女性の57%で200以上であり、男性の88%で300以上でした。(図はこの論文より)

上の図は縦軸がフェリチン値であり、横軸は遺伝性ヘモクロマトーシスの様々な遺伝子変異の状態を示しています。白いバーが男性、グレーが女性ですが、見てわかる通り、鉄過剰症で有名なヘモクロマトーシスの遺伝子を持っている人でさえ、ものすごく低いフェリチン値の人もいます。中央値はほとんどの遺伝子型で、女性では100以下で、男性でも200前後です。

つまり、アメリカ人でのフェリチン値が男性で300以上、女性で200以上というのはかなり高値であり、遺伝性ヘモクロマトーシスさえ疑われるほどの値といえるのです。そのような背景を持ったアメリカ人のフェリチン値と比較して日本人のフェリチン値を評価することは本当に意味のあることなのでしょうか?

日本人と違いアメリカ人は、鉄を蓄積しやすい遺伝性ヘモクロマトーシスの割合が多いなどの人種的な背景の違い、肥満率の大きな違い、特に男性では他の要因(次回以降の記事にします)などフェリチン値が高くなる要素がいっぱいです。しかもヘモクロマトーシスを除いては、鉄貯蔵量が本当に多くてフェリチン値が上昇しているかは疑問です。

フェリチン1個に含まれる鉄の数は通常でもフェリチンによって5倍程度の違いがあり、鉄が増加すると最大でも9倍程度の差にまでなるとも言われます。それほどまでに広い範囲でフェリチンに含まれる鉄の数は変化します。

鉄が増加すれば、細胞内の不安定な鉄も増加し、鉄依存性の細胞死であるフェロトーシスも増加します。そこにビタミンC(アスコルビン酸)が加わるとさらに話は複雑になります。鉄とビタミンCの話は興味深いですが、これはいつかの記事で。

アメリカ人のフェリチン値を見てみると、フェリチン値で女性150、男性200というのはすでに体に何か問題を抱えている可能性が高くなります。先ほどやこれまでも書いたように、同じ鉄の量でもフェリチン値は様々な範囲の値を示します。個人差の範囲がとても広いと思います。だから300=危険であるとは言えませんが、問題が起きている可能性も高くなるでしょう。総合的な判断が必要です。必ずほかの鉄のマーカーを見る必要があります。

鉄の摂取でどんどんフェリチン値が増加するようなら、鉄そのものによって酸化ストレスが起き、細胞死が起き、フェリチン値が増加しているだけなのかもしれません。

鉄は摂取するな、と言っているのではありません。鉄欠乏は良くありません。鉄欠乏は様々な健康に対する有害性があるので、治療が必要です。しかし医学的治療はリスクアンドベネフィットでリスクよりも利益が大きいときに行われます。鉄欠乏の場合も酸化ストレスの増加というリスクはあるけれども、それよりも利益の方が勝るので、鉄剤を使用します。しかし、鉄が充足すれば、そこから得られる利益よりも、「鉄と酸化ストレス」で示したように酸化ストレスのリスクの方が高くなります。鉄の安全域は非常に狭いと認識すべきです。

せっかく糖質制限をして高血糖による酸化ストレスを回避しているのに、鉄の酸化ストレスをわざわざ増加させる必要はありません。フェリチンを上げる目的で鉄を漫然と摂取する危険性を認識する必要があります。鉄の貯蔵量を単純には反映していないフェリチン値を指標にすることはリスクがあります。

糖質過剰摂取も人間本来のメカニズムを無視した食事です。だから、その影響が積もり積もると糖質過剰症候群になります。このことは糖質以外にも当てはまると考えられます。進化の中で獲得した人間本来のメカニズムを超える量の栄養素は有害となり得るのです。

糖尿病で糖質制限をしているのに、血糖値やインスリン抵抗性、HbA1cの改善が思ったほどではない方は、もしかして鉄の摂りすぎで酸化ストレスを増加せていませんか?特にすい臓のβ細胞は鉄を取り込みやすく、酸化ストレスに弱いと考えられます。鉄でβ細胞をいじめていませんか?

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コメント

  1. 染野 司 より:

    清水先生、はじめまして。毎日ブログで勉強させて頂いています。
    「糖質過剰」症候群、読ませて頂きました。Amazonのレビューにもありましたが、この本がベストセラーになれば多くの人が健康になり日本の医療費も随分と削減されるでしょうね。
    ところで、フェリチンに関する記事で少し疑問に思ったのですが、
    「鉄と酸化ストレス」の記事で、血中に出たフェリチンが裸の鉄をばらまくとありますが、これは本当でしょうか。
    裸の鉄イオンは身体にとっては猛毒となり得ますのでそのためのフェリチンだと思っていたのですが、血中に出たフェリチンが裸の鉄をばらまくとすると、血中フェリチン値は低ければ低いほど良い事にならないでしょうか。炎症などのない通常の状態でもフェリチン高値の人ほどまずい状態となってしまうと思うのですが。

    • Dr.Shimizu より:

      染野 司さん、コメントありがとうございます。

      拙著をお読みいただきありがとうございます。
      フェリチンは通常細胞内に存在します。細胞死が起きて初めて血中に出てきます。
      血中に出てきたフェリチンにはすでに鉄は存在していません。細胞から出てくる途中で鉄を「捨ててくる」と考えられます。
      詳しくは以前の記事「フェリチンの疑問がかなり解けた! フェリチンは細胞が死んだときに上昇する! 鉄はやっぱり危険!」をお読みください。
      「鉄と酸化ストレス」の中の研究では鉄を摂取するかどうかだけの違いしかないのに、酸化ストレスやDNA損傷が増加しています。犯人は誰でしょう?

      フェリチンは鉄の枯渇、欠乏が起きていない範囲では低いほど良いと思います。しかし、それがフェリチン値としてどれくらいの値かはまだわかりません。
      アメリカ人のデータを見てわかる通り、小麦粉に鉄を入れても、肉をたくさん食べても、多くの人はフェリチン値がものすごく高いわけではないのです。