以前の記事「糖質制限ではどうしてHDLコレステロール値が増加し、中性脂肪値が低下するのか? その1」では血漿コレステロールエステル転送蛋白(CETP)の作用や中性脂肪低下によるHDL増加のメカニズムを考察しました。
今回は前回よりもっと難しい内容です。しかし、これくらい複雑なメカニズムが人間をはじめ生物には存在し、自分ではわからないうちに様々な現象が起きているということです。そして、そのメカニズムは進化の過程で作られてきたものです。人間の進化を無視すれば体に不具合が起きるのも当然でしょう。
細胞内コレステロールレベルをコントロールすることは非常に重要であり、細胞が生きていくために厳密にコントロールされています。
転写因子であるステロール調節配列結合タンパク(SRTEBP)というものがあり、SREBPには1と2があります。SREBP-1は脂肪酸代謝関連遺伝子の転写調節、つまり中性脂肪の合成に関与し、SREBP-2はコレステロール代謝関連遺伝子の転写調節に関与していると考えられています。SREBP-2は細胞内のコレステロールの低下を感知して、細胞がコレステロール不足になることを防ぐ働きがあるのです。
一方、HDLの形成には細胞膜に存在するATP結合カセット輸送体A1(ABCA1)が必須です。SREBP-2はコレステロール合成や取り込みに関わる遺伝子を促進し、また末梢の細胞においてはコレステロールの引き抜きに関わるABCA1を抑制します。
さらにSREBPに内在するマイクロRNAのmiR-33というものが重要な働きをします。マウスには人間にはmiR-33aしか存在しませんが、人間にはmiR-33aとmiR-33bがあります。SREBP-1にはmiR-33b、SREBP-2にはmiR-33aが存在し、共転写されていると考えられています。
(上の図はここより)
コレステロールが必要な細胞では、SREBP-2でコレステロールの合成と取り込みを促進し、miR33aによりコレステロールの引き抜きに関わるABCA1によるHDL産生を抑え、コレステロールの放出を抑え、また脂肪酸がエネルギーとして使用されることを抑制する、という反応が同時に行われていることになります。しかし、糖質制限ではコレステロール摂取量も多いのでSREBP-2およびmiR33aは抑制され、HDLが増加し、脂肪酸がエネルギーとして積極的に使用されるのだと考えられます。
さらに、インスリンはSREBP-1の転写を促進し、miR-33bも増加させます。miR-33bもABCA1によりHDLを低下させ、脂肪酸の酸化を抑制します。また、SREBP-1は脂肪酸の合成を促進し、中性脂肪を増加させます。
つまり、高インスリン血症によりHDLの低下と中性脂肪の増加が起こるのです。逆に言えば糖質制限ではインスリン分泌が少ないので、SREBP-1もmiR-33bも増加しません。それによりHDL増加と中性脂肪低下となると考えられます。
上の図はブドウ糖が肝臓に取り込まれて、中性脂肪に変化するまでの様々な代謝を表したものです。(この論文より)赤い四角で囲まれたものは現在わかっている遺伝子の転写を活性化するものです。すべてSREBP-1がかかわっていて、色付きの赤い四角はインスリンとブドウ糖がかかわっているものです。高糖質の食事でこれらの反応、遺伝子が活性化され、ブドウ糖が中性脂肪になるのです。
非常に難しい話ではあるので、一つだけ覚えるのであれば、インスリンはHDLコレステロールを低下させ、中性脂肪を増加させる、ということです。糖質制限ではインスリン分泌が非常に少なくなるので、当然HDLコレステロールが増加し、中性脂肪が低下すると考えられます。
HDLを増やすにはどうしたらいいか?簡単ですね。糖質制限です。
SREBPを考えると糖質制限でLDLが増加する理由の一部も説明できるかもしれません。それについては次回以降で。
「MicroRNA-33 encoded by an intron of sterol regulatory element-binding protein 2 (Srebp2) regulates HDL in vivo」
「ステロール調節配列結合タンパク質2(Srebp2)のイントロンによってエンコードされたMicroRNA-33はin vivoでHDLを調節する」(原文はここ)
進化は適応の為、そして適応に不都合な変化は淘汰されていくものだと思いますが、
糖質過剰症候群は、環境の変化があまりにも早くて(江部先生なども繰り返しおっしゃっていますが、想定外の糖質摂取で)適応出来ない現象なのでしょうね。
鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。
糖質過剰摂取に適応した人類が生き残るのか、糖質制限をした人類が生き残るか?ということにはならないでしょうね。
糖質過剰摂取をしても生殖年齢までに死ぬわけではないので。
なるほど、糖質過剰摂取の影響が現れるのは生殖年齢過ぎてからですね。
その後(生物学的には余生?)の不調は、寿命には影響しても、子孫を残す事には影響は及ばないかもしれませんね。
先生こんばんは。
コレステロールについては色んなギモンがあります。
40代女性ですが、実はまだ糖質制限を知らない30代後半に差し掛かるくらいからいわゆる基準値以内でしたが、コレステロールが少しづつ上がってきました。中性脂肪も少しづつ上がってきました。
この、中性脂肪が上がる原因は糖質摂取というのは想像にかたくないですが、コレステロールに関してはなにが考えられるでしようか?
その後糖質制限を始めてみて、LDLが200くらいになりました。中性脂肪低いです。下限ギリギリくらいでした。
30代になる直前くらいでは、健康診断で低コレステロールと指摘を受けました…
今月健康診断ありますので、脂質異常症と書かれてしまいますのでどうやって職場に説明しようか、悩むところであります…
みみさん、コメントありがとうございます。
糖質制限でLDLコレステロール値が増加することは珍しいことではありません。そのうち落ち着く人もいれば高いままの人もいると思います。
私も高いままです。200を超えています。私自身は問題ないと思っていますが、健康診断となると非常に悩ましいですね。
いまだに糖質の50~60%程度の摂取が必要というのが医療の現場では常識ですし、同様にLDLコレステロールも悪玉であることが常識となってしまっています。
脂質異常症という診断は現在の時点では逃れることは難しいのが現状でしょう。
病名を付けるのは勝手にさせておいて、薬は拒否するということが今できることではないでしょうか?
または、無用な争いをさけるために、卵レスポンダーであれば1週間くらい前から卵をやめて、ナイアシンでも飲んでLDLを下げて健康診断を受けるという方法もあるのかもしれません。
職場が個人の健康に首を突っ込むな!と本当は言いたいですが。本当に悩ましいですね。あまり良いアイディアが浮かばなくてすみません。
ご返信ありがとうございます。
特に持病もないので血液検査といえば年1回の職場の健康診断のみで、自分が卵に反応しまくる体質なのかどうかもなかなか知る機会もないのですが、今月の健康診断1週間ほど前から卵をやめて、結果を待ってみようかと思います。
バターやチーズも同時に制限してみようかと…我慢できるかな…というのが本音ですが。
先生は、ナイアシンと仰っていましたが、普通にサプリみたいな物として売られているようですね。
調べて見たら、色々な記事が出てきてしまって内容も難しく、結局何なのか私には分からなくなってしまいました…
先生の過去の記事でナイアシンについて書かれたものがありましたら教えていただけますか?
みみさん
ナイアシンをお勧めしてるわけではありません。現在のところ心血管疾患イベントの予防におけるナイアシンの効果は示されておりません。
ただ、LDLコレステロールは低下するようです。どれくらいの期間がかかるかはわかりません。摂取量もどれくらい摂取すればどれくらい低下するかもよく知りません。
私のナイアシンの記事はナイアシンの副作用や毒性を書いたものばかりなので、あまり参考にはならないでしょう。ブログ内の検索で「ナイアシン」と入力して検索してみてください。
明日リリース予定の記事で糖質制限とLDLコレステロール上昇の新たな考察を行っています。難しいかもしれませんが読んでみてください。
シミズ先生、こんにちは。
みみさん、こんにちは。
健康診断ですが、私の会社では問診票に既往症と、かかっている病院名が書かれていれば、異常値が出てもスルーされます。
総コレステロールが400超えでもです 笑
しかも、かかっている病院が整形外科でもスルーです 笑
あまり深く考えずに、異常値が出て再検査をすすめられたらエコー検査等で動脈硬化だけ調べて、「様子をみたいので、薬はなしで」と言ってみるのはどうでしょうか?
シミズ先生のおっしゃる通り、人のことはほっといて欲しいですね…
ミホさん、コメントありがとうございます。
私自身は企業の健康診断に対する対応は必要ないと思っています。ミホさんがおっしゃる通り、健康診断は受けていて、病院にも受診しているという証拠があるのであれば、
あとは本人の問題だと思います。
先生、この場をお借りしまして…
ミホさん、コメントありがとうございます。
たまたまかかりつけ(内科の頭痛外来ですが…)にて、コレステロール高い話をしたら医師が目の色変えて、その危険性を語り出し、健康診断の結果を持って来いと受診のたびに催促され…
面倒くさいことになってしまってます…
先日たまたま動脈硬化の検査をしました。結果、問題無し。
両手足の血圧を測るタイプのものでしたので、1度、ミホさんの仰るようにきちんと頸動脈エコーを受けてみたいと思います。
職場の方は、小さい所なので結果に目を通されてしまうのです…
日本糖質制限医療推進協会の提携医がもっともっと増えてくれれば、受診しやすくなるのですが、なかなか近くに無いのが悩みです。