糖質制限をするとLDLコレステロール値の上昇を認めることが珍しくありません。私自身もLDLは基準値を大きくはみ出しています。これまで糖質制限とLDLコレステロール上昇について様々な考察を行ってきました。この記事のシリーズもその9です。
みなさんの中にもアセチルCoAというのを聞いたことがある方がいると思います。我々がエネルギーを得るためにATPを作り出す中心となる代謝のクエン酸回路(TCA回路)では、その始まりがアセチルCoAです。
(上の図はWikipediaより)
脂肪酸をエネルギーにする場合もβ酸化という代謝でアセチルCoAを作り出し、ブドウ糖をエネルギーにする場合も解糖系でピルビン酸を作り、そこからアセチルCoAを作ります。
さらに糖質制限をすると血中に増加するケトン体もアセチルCoAから作られます。糖質制限をすると脂肪酸がエネルギー源となり肝臓でどんどんβ酸化が起こり、アセチルCoAが大量にできます。大平万里先生の著書「「代謝」がわかれば身体がわかる」の中では、ケトン体を作るのは、肝臓としては「アセチルCoAの在庫処分」という表現をしています。
また逆に脂肪酸の合成やコレステロールの合成も同じアセチルCoAを原料として進みます。つまり、糖質制限をしていると脂肪酸の原料もコレステロールの原料も豊富に存在しています。
では、以前の記事「糖質制限ではどうしてHDLコレステロール値が増加し、中性脂肪値が低下するのか? その2」で出てきた、ステロール調節配列結合タンパク(SRTEBP)に関連したことを考えてみましょう。
SREBP-1は脂肪酸代謝関連遺伝子の転写調節、つまり中性脂肪の合成に関与し、SREBP-2はコレステロール代謝関連遺伝子の転写調節に関与していると考えられています。そして、SREBP-2はLDL受容体を増加させます。LDL受容体が増加すると血中のコレステロールは減少します。しかし、コレステロールが豊富であると負のフィードバックが起こり、SREBP-2は低下し、LDL受容体も低下することになります。糖質制限食は通常コレステロールを多く摂取します。そうするとSREBP-2は低下し、LDL受容体は低下し、コレステロールの取り込みが少なくなるので、血中のコレステロールは増加します。
また、SREBP-1はLDL受容体の発現を促進します。インスリンはSREBP-1を増加させるので、インスリンの増加は血中のコレステロールの低下を示す可能性があります。インスリン抵抗性になっていなければインスリンの分泌はLDLコレステロール値を下げるかもしれません。逆に考えれば糖質制限ではインスリン分泌は低下するのでSREBP-1は低下し、LDL受容体を少なくすると考えられます。このことからも糖質制限ではLDLコレステロール値が上昇する可能性があるのです。
(ただし、インスリンの作用がLDL受容体の発現を促進するとしても、インスリンがPCSK9を誘導する能力によりLDL受容体発現を低下させる可能性があるため、インスリンとLDL受容体に対する影響はもっと複雑であるかもしれません。)
SREBPはアセチルCoAからコレステロールを作るか、脂肪酸および中性脂肪を作るかのスイッチのようになっていると考えられています。糖質制限では脂肪酸の摂取量は増加していて、脂肪酸もSREBP-1を抑制すると考えられています。このことやインスリンの低下などにより糖質制限で非常に中性脂肪値が低下することを考えれば、SREBP-2によるコレステロールを合成する方向が促進しやすいかもしれません。コレステロールを含まない食事を摂れば、コレステロール合成が容易に促進される可能性があるでしょう。さらにSREBP-2でLDL受容体の発現も増加するので血中のコレステロールはそこまで増加しない可能性があります。これについては代謝がどのようなバランスになるかわからないので何とも言えませんが、コレステロールの摂取量が増加すれば、SREBP-2も抑制されて、LDL受容体は減少し、コレステロール値は上昇してしまうのかもしれません。
糖質制限を緩めるとその分インスリン分泌も多くなるため、アセチルCoAから中性脂肪を作るSREBP-1側の代謝が促進されますし、LDL受容体も増加します。LDLコレステロールは減少し、中性脂肪は増加し、HDLは減少します。そうすると、中性脂肪値やHDLコレステロール値を見ればある程度、どの程度の糖質制限を行っているかが推測できるかもしれません。また、糖質制限を緩めるとLDLコレステロールが減少するということを理由に、糖質制限反対派が「糖質制限はLDLコレステロールを上昇させるから危険だ」と否定したり、「ある程度の糖質は必要だ」ということの論拠になってしまうかもしれません。しかしLDLは質が重要です。
また、人によっては糖質制限をしていても、コレステロールの摂取量の増加がアセチルCoAから中性脂肪を作るSREBP-1の抑制を緩めて、中性脂肪を作る量がちょっと多くなる可能性があるかもしれません。これがもしかしたら卵摂取でコレステロールの上昇と中性脂肪の上昇の原因であるかもしれません。
糖質制限でのLDLコレステロール上昇の個人差はこれらの代謝がどのようなバランスで働くかの違いで起きている可能性があります。
いずれにしても、糖質制限ではLDLコレステロールの上昇は珍しくはありません。糖質制限を行っている場合でのLDLコレステロール上昇は質の良いLDLの増加であり、全く問題ないと考えています。
「The SREBP pathway: regulation of cholesterol metabolism by proteolysis of a membrane-bound transcription factor」
「SREBP経路:膜結合転写因子のタンパク質分解によるコレステロール代謝の調節」(原文はここ)