膀胱の壁は単なる壁ではない

前回の記事「尿漏れする前に糖質制限」に対して、コメントをいただきました。

先生いつも情報ありがとうございます!
私も糖尿病性ケトアシドーシスで入院する1か月ぐらい前から少量の尿もれがあり「年齢のせい?まさかね…まだ30代なのに」と思っていましたが、入院して糖尿病と診断されて治療を開始するとすぐに止まったんです。

そして『糖質過剰摂取では尿路、膀胱に多くの糖が何度も接するでしょう。そうすると表面の細胞は傷害を受けて、そこから神経や筋肉への信号伝達が上手くいかなる可能性があるでしょう。』とのころですが、SGLT2阻害剤を服用している方で同じようなことが起きる可能性はあるでしょうか?

入院して糖尿病の治療を開始すると尿漏れがすぐに止まったそうです。高血糖や高尿糖が大きく作用していたと考えられますね。膀胱の神経までは障害されていなくて良かったですね。ところで、SGLT2阻害剤では尿糖が大きく増加するので、果たして尿漏れが増加するのでしょうか?

申し訳ありませんが、その答えは持っておりません。しかし、SGLT2阻害剤は人によって、脱水になるほど多尿、頻尿になりますし、夜間も何度もおしっこに起きて睡眠障害を起こす方もいるほどです。このような多尿によりもしかしたら尿漏れを起こしやすくなる可能性があります。また、もともと糖尿病なので、もともと尿漏れを起こしやすいために気付かないかもしれません。SGLT2阻害剤では尿路感染症、膀胱炎などのリスクが増加すると言われています。このような炎症が膀胱に悪さをする可能性もあります。

膀胱の壁は単なる壁ではありません。壁には神経や様々な受容体があり、それが様々な信号を脳に伝え、尿意を催したり、排尿という複雑なメカニズムがコントロールなどをしています。膀胱の壁の表面にはグリコサミノグリカンと呼ばれる層(GAG層)があります。これは膀胱粘膜に細菌などがくっ付くのを防いだり、尿が浸透するのを防いだりする役割をします。しかし、このGAG層が何らかの原因で障害を受けると、膀胱の粘膜の透過性が亢進してしまい、膀胱の壁は尿の成分が侵入することを許してしまいます。そしてこのことが局所的な炎症、神経刺激、それに続く痛み、頻尿、排尿の切迫感を引き起こす可能性があります。

このGAG層の障害の原因は現在のところわかっていないとされています。しかし、グリコサミノグリカンなどから構成されている、血管の内皮細胞の表面にあるグリコカリックスは、高血糖で大きく障害されます。同様のことが膀胱でも起きていて、高血糖や高尿糖、炎症によりこのGAG層が破壊されてしまうのではないかと思っています。SGLT2阻害剤による膀胱炎などはGAG層に悪影響がある可能性があります。ただ、SGLT2阻害剤により血糖値が低下することやケトン体が出ることで悪影響を打ち消すかもしれません。

高血糖による慢性的な炎症が膀胱に波及したり、高血糖によるAGEsや酸化ストレスの増加などにより膀胱の表面が障害を受けることも考えられます。

また、正常な膀胱壁にはグルコースを取り込むGLUT-1は存在しないと言われていますが、膀胱がんの細胞にはGLUT-1が増加します。糖尿病は膀胱がんのリスクを増加させると言われていますが、その時にSGLT2阻害剤による尿糖の激増は果たして問題にならないのでしょうか?

様々な有益な効果を認めているSGLT2阻害剤ですが、私の勝手な考えですが、やはり初期のスタチンと雰囲気があるような気がしてなりません。膀胱、尿路は進化の過程ではSGLT2阻害剤による物凄い量の尿糖を処理するようには設計されていないかもしれません。

ところで、面白いことに膀胱の壁は従来は尿を侵入させないと考えられていましたが、もしかしたら尿を再吸収している可能性があります。

実際にはネズミさんでは膀胱内の尿の再吸収を認めています。(ここここ参照)どうやらアクアポリンという小さな穴があいた水のトンネルが関係しているようです。

人間でも尿の再吸収を示唆する研究があります。この研究では、夕方に排尿し、快適な部屋でベッドに横になるように求められた。約30分前に300〜500mLの水を摂取していました。多くは自発的に眠りに落ちましたが、何人かは少量の鎮静剤が投与されました。次に、膀胱容量の夜間測定を、横になってから朝起きて完全に目覚めるまでの間に5分間隔で実施しました。夜間の尿漏れは、すべての参加者で確認されませんでした。(図は原文より)

上の図はある参加者の膀胱容量の推移を示しています。青い矢印は尿意です。膀胱容量は漸増していますが、途中何度か容量の減少が認められています。膀胱容量には限界があるので、それに近づくと尿の水分を再吸収しているのかもしれません。

しかし、本当に膀胱で尿が再吸収されているとしたら、膀胱の壁が障害を受けていたら、尿に含まれる尿糖も膀胱の壁に侵入してしまう可能性もあります。

また、私は寝ているときに睡眠が浅くなり結構な尿意を感じても、そのまま寝ていたら忘れてしまい、朝まで排尿しなくて済むことを何度も経験しています。膀胱が満タンになったタイミングで眠りが深ければ、膀胱が再吸収して膀胱容量をコントロールして朝まで尿意で覚醒せずに済むのかもしれません。

しかし、高血糖では多尿になり、急速に尿が生成され、再吸収機能が間に合わず、日中や夜間尿、尿漏れが増加するのかもしれません。また尿糖が多いと膀胱は防御のために再吸収機能を抑制しているのかもしれません。

 

糖質過剰症候群

「Periodical measurement of urine volume in the bladder during sleep: Temporary volume reduction suggestive of absorption」

「睡眠中の膀胱内の尿量の定期的な測定:吸収を示唆する一時的な量の減少」(原文はここ

5 thoughts on “膀胱の壁は単なる壁ではない

  1. 先生ありがとうございます。
    本来、健康な人では尿糖が出ることはないので、ずっと継続して尿糖を出し続ける薬が何らかの良くない影響をもたらす可能性はあるんじゃないかと思っています。

  2. 尿の再吸収については、個人的な経験ですが、マラソンで最初の10キロまで、トイレに行きたくなることがよくあります。トイレ混んでいそうなので、次でしようと思っていると、15キロ、20キロ、30キロと進んでいくと、全くしたくなくなり、結局完走してしまうことがあります。もう全くしたくなく、濃い尿が少し出ただけ、なんてことがあります。 
    マラソン中は、脱水気味になって、再吸収のかなあ?とずっと、疑問に思ったまま、調べもせずにいました。

    1. 三世敏彦さん、コメントありがとうございます。

      私も同様の経験が何度もあります。膀胱の尿を再吸収しても、結局汗で出ているのでしょうが、まだまだ体の不思議は多いですね。
      狩猟採集時代では、今のようにいつでも飲み水が手に入るとは限りませんから、とりあえず尿を作っておいて、
      水分摂取量が少なければ尿から再吸収しているのかもしれませんね。

  3. 糖の吸収を抑える薬品やサプリが色々販売されてます。                糖質摂取が体に良くないことは浸透しつつあるのかもしれませんが、         今回の先生の記事を読むと、これらの薬品やサプリメントの副作用のことも考えてしまいます。

    1. 鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。

      糖の吸収を抑えるサプリなどは尿ではなく、便の方に何か起きる可能性があります。
      特に腸内細菌に影響があると思います。例えばガスが発生しやすくなり、膨満感などを感じることが増えるかもしれません。

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