糖質制限と睡眠

糖質制限と睡眠についてご質問をいただきました。

糖質制限でショートスリーパーになるという事をよく聞きますが、私の経験上、ケトン体が高値になると睡眠時間が短くなるように感じています。
一例を挙げると前日の夕食前にβヒドロキシ酪酸値で2700μmol/L、翌朝になっても1600μmol/Lと言うような高値の時は4時間足らずの睡眠で目が覚めます。
これは、私の経験上の感覚であり、根拠があるわけではありませんが、睡眠時間とケトン体値についての論文などはあるのでしょうか。
江部先生にもお聞きしたのですが、分からないとの事でした。

睡眠というのは非常に複雑な現象で、メカニズムの解明はまだされておりません。しかし、多くの人が糖質過剰摂取の後に強い眠気を感じ、糖尿病や肥満の人では睡眠障害が認められることも少なくないでしょう。そして糖質制限をすると睡眠の質が良くなることが多いと思われます。

この睡眠にとって最も重要なものの一つが、私はオレキシンだと思っています。オレキシンは「食べるか眠るか?」を制御するものです。そして糖質過剰摂取でこのオレキシンは低下します。だから食後に眠くなるのだと思っています。逆にオレキシンの増加は覚醒状態となります。

さらに自分では制御できない眠気を起こすナルコレプシーでは、このオレキシンの障害が原因だと考えられています。そして肥満とナルコレプシーは関連します。オレキシンの低下と肥満、インスリン抵抗性も関連しています。しかし、カルニチンを投与するとナルコレプシー症状が改善するようです。(ここ参照)カルニチンは脂肪酸代謝に非常に重要なものです。ということは、糖質ではなく脂肪酸代謝を上げることがオレキシンの作用を増加させたり、シグナル伝達を上昇させたりすると考えられます。

肥満の人では糖質制限をするとオレキシンはどうなるでしょうか?

今回の研究では、純粋な糖質制限ではなく、エネルギーの制限もされています。野菜からの1日あたり50g未満の炭水化物、脂質43%、タンパク質43%、炭水化物14%、エネルギー摂取量は700〜900 kcalです。野菜から50gの炭水化物なので、食物繊維が非常に多く、糖質としてはかなり少ない量(30g前後)となっていると思います。(例えばキャベツの炭水化物のうち糖質は65%です。)期間は8週間です。(表は原文より改変)

ベースライン8週後
年齢48±8.2
身長(m)1.67±0.11
体重(kg)91.33±17.1178.73±13.36
BMI32.19±4.7827.76±3.62
総コレステロール(mg/dL)220.13±50.77173.91±32.93
HDL(mg/dL)55.13±11.1447.76±9.14
LDL(mg/dL)141.83±36.48107.57±27.72
中性脂肪(mg/dL)135.54±125.2783.25±26.14
HbA1c5.65±0.395.38±0.33
インスリン(uUl/mL)10.53±7.185.37±3.79
尿酸(mg/dL)4.86±1.015.27±1.13
総タンパク質(g/dL)7.30±0.47.13±0.4
AST(U/L)21.27±5.9823.31±11.47
ALT(U/L)26.51±14.8926.06±16.27
γGT(U / L)31.19±19.8815.31±5.41
ナトリウム(mmol/L)139.19±2.48139.18±2
CRP(mg/mL)0.89±0.10.48±0.07
オレキシン-A(pg/mL)9.91±0.2716.24±1.33

上の表はベースラインと8週後の状態です。当然体重、BMIなどは糖質制限で減少しました。そして、オレキシンは大幅に増加しています。

つまり、糖質制限ではオレキシンが増加していると思われます。ただし、この値は当然1日中一定ではなく、日内変動や食事の摂取で変動します。

私の推測では、糖質制限をするとオレキシンのベースラインは上昇します。オレキシン受容体の感受性も増加します。そうすると日中の覚醒度が大きく増加するのではないかと思います。

野生の動物は空腹になるとエサを探す行動をとらなければなりません。人間も進化の過程では同様でした。採餌行動は現代のように容易なものではなく、敵と戦うリスクが伴います。そのために、十分に意識を覚醒させておく必要があります。

また、睡眠中もいつ敵が襲ってくるかもわかりません。そうすると、もしかしたら人間の睡眠は本来そこまで深いものではないのかもしれません。犬などを飼っている人はわかると思いますが、動物の睡眠は非常に浅いと思います。(めちゃくちゃ熟睡する犬もいますが)そうではなく、人間の本来のオレキシン分泌はやはりメリハリが大きいのかもしれません。

しかし、摂取エネルギーを通常の10分の1に減らした強いエネルギー制限食を2日間行うと、恐らく空腹感は強いにもかかわらず、オレキシンは増加していませんでした。(ここ参照)そして、この時に深い眠りの時間が増加していました。ケトン食とエネルギー制限(カロリー制限)食では反応が異なるのかもしれませんし、食事を十分に得られない状況のときにオレキシンを抑制して、基礎代謝を低下させようとしているのかもしれません。2日間ではケトン体質にはなっていないでしょうから、糖質制限との比較は難しいですね。

また、睡眠には脳の老廃物をクリーニングする役割もあると考えられています。(「睡眠はあなたの脳を洗い流す」参照)糖質過剰摂取では脳の老廃物が非常に多く、長時間を必要としてしまいますが、糖質制限では脳の老廃物が少なく、その分睡眠時間も少なくて済むのかもしれません。そして睡眠中は恐らくケトン体またはケトン体の上昇による様々な代謝などがオレキシンの過剰な分泌を抑制しているのではないかと思います。脳の十分なエネルギーが確保されているためオレキシンは少なくて済むのです。オレキシンはの覚醒期に増加し、休息期(睡眠時)に減少する、これが本来の日内変動なのでしょう。

一方、糖質過剰摂取では脳のインスリン抵抗性などにより、脳のブドウ糖代謝が大きく低下してしまっている可能性があります。そうすると、脳のエネルギー不足はオレキシンの増加を招きます。そうすると覚醒状態になってしまうのです。それにより睡眠障害をもたらすのではないかと思います。つまり、本来のオレキシンの日内変動が狂ってしまっていると考えられます。

糖質過剰摂取では短い睡眠よりも非常に長い睡眠の方が死亡リスクを高めます。(「睡眠時間が長いと死亡率が高くなる」参照)

ただ、日中のオレキシンの増加は通常は食欲を増加させます。しかし、糖質制限では強い空腹感や食欲はあまり襲ってきません。これはレプチンやグレリンなどの他の摂食に関わるホルモンの作用との関係が影響しているのだと思います。オレキシンだけですべてを説明することはできません。そこまで単純な話ではないでしょう。

もちろん、3週間の糖質制限が睡眠の質に影響を与えないという研究もあります。(ここ参照)3週間は代謝の変化に対して体が適応していない可能性も高いですね。

睡眠にしても摂食にしても、代謝が大きくかかわります。免疫も代謝とかかわります。つまり、食事は全てにつながります。食事を間違えば、睡眠や摂食に問題を与えたり、免疫に問題を与えることは当然でしょう。そしてそのメカニズムは非常に複雑であり、人類はまだほんの一部しか解明していません。しかし、われわれ糖質制限をしている人はメカニズムはわからなくても十分にその有益性を体験しています。

糖質過剰症候群では様々な問題が列をなしてやってきます。あまり、質問の答えにはなっていませんが、複雑な睡眠に対する糖質制限の効果は確実にあると確信しています。ただ糖質制限で短い時間の睡眠で良いのかどうかは、まだわかりません。

 

「Effects of Very Low Calorie Ketogenic Diet on the Orexinergic System, Visceral Adipose Tissue, and ROS Production」

「非常に低カロリーのケトジェニックダイエットがオレキシンシステム、内臓脂肪組織、およびROS産生に及ぼす影響」(原文はここ

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