いつの間にか運動には糖質が必須であるかのように思い込まされ、アスリートも糖質過剰摂取をしています。
結構トレーニングをしている中年男性が糖質制限をしたらどうなるでしょうか?募集された基準は次の通りです。
(1)30〜50歳の男性(30歳から中年?)、(2)1 マイル(1,609 メートル)を7分以内に完走する、(3)週に20マイル(32km)以上走る、(4)2年以上のランニング経験、(5)現在、炭水化物ベースの食事を摂取している(50%kcal以上)
10人の中年男性アスリートが1か月ずつ高炭水化物低脂質(HCLF)の食事および低炭水化物高脂質(LCHF) の食事を行いました。食事変更中もトレーニングは維持されました。(図は原文より)
参加者のベースラインは上の図のようです。BMIは意外と高く平均26.1です。1週間の平均ランニング距離は約50kmです。オフシーズンの私よりも多いですね。
上の図はそれぞれの食事の組成です。カロリーは揃えられています。炭水化物は約8%対約63%です。
それぞれのケトン体のβヒドロキシ酪酸値です。ケトーシスを0.5mM以上と定義しています。10人中8人は、低炭水化物食介入全体を通じて一貫して栄養性ケトーシスのままでしたが、2 人の参加者はわずかに閾値を下回りました。10人の平均は0.76mMでした。日本の単位にすると760μmoL/Lです。
体組成の変化です。低炭水化物食では体重3.2kg減、そのうち体脂肪2.7㎏減でした。高炭水化物食の変化は小さなものでした。同じエネルギー(カロリー)摂取量で、同じ運動量にも関わらず、体重の減少量に違いがあります。カロリー神話(体重増加はカロリー摂取量>カロリー消費量により起こる?)がウソだとわかります。
上の図は1マイルタイムトライアルについてです。低炭水化物食ではタイムが低下しました。そして、炭水化物の酸化が減少し、脂質の酸化は増加していました。ただ、心拍数は有意に増加していました。高炭水化物食では脂質の酸化が低下していました。低炭水化物食中の炭水化物の酸化が1g/分減少するごとに、脂質の酸化が0.42 g/分増加すると予想されました。
上の図は、800mスプリントを6セットやった時のパフォーマンスです。ほとんど食事による違いはありません。
1マイル走は持久力が必要ですが、反復スプリントは非常に高強度の運動です。それでも低炭水化物食では炭水化物の酸化が減少し、脂質の酸化が増加しました。
低炭水化物食は非常に高い脂肪酸化速度を示し、86.40%VO2maxでピークの1.58g/分でした。しかし、高炭水化物食では脂質酸化速度は79.67%VO2maxで0.69g/分でした。 興味深いことに、低炭水化物食の人の30%は、1.85g/分を超えるピーク脂肪酸化速度を示しました。低炭水化物食では炭水化物の酸化が1g/分減少するごとに、脂質の酸化が0.41g/分増加することを示しました。
上の図は1マイルタイムトライアルの前後の食事による影響です。上からケトン体、血糖値、乳酸値です。低炭水化物食のケトン体上昇以外、ほとんど違いはありませんでした。
上の図は反復スプリントの時のケトン体、血糖値、乳酸値です。低炭水化物では当然ケトン体は高いのですが、反復スプリントのセットごとに、徐々にケトン体値が低下しているのが興味深いです。ケトン体がエネルギーとして使われているのでしょう。
様々なパラメータについてです。どれも大きな変化ではありませんでした。低炭水化物食でインスリン、HbA1c、中性脂肪は低下傾向、総コレステロールとLDLコレステロール、およびHDLコレステロールは増加でした。
上の図は血糖コントロールです。フリースタイルリブレによるCGMのグルコース値です。トレーニングは維持されたにも関わらず、食事の変更で血糖コントロールは大きく違いが出ました。平均グルコース値は当然、低炭水化物食で低く、高炭水化物食で高くなりました。重要なのは、低炭水化物食では全員が平均グルコース、グルコースの中央値共に、100mg/dL未満でした。しかし、高炭水化物食では30%の人が平均グルコースおよびグルコース中央値が100を超えていました。さらに興味深いことに、それらの30%の人では食事の変化によって平均のグルコース変化も大きくなりました。そしてグルコース変化が大きい方が脂質酸化速度が大きくなりました。またピークの脂質酸化速度が大きい方が総コレステロールが高くなりました。
上の図は1日のグルコース値の推移です。明らかに低炭水化物食の方が高炭水化物食よりも1日を通してグルコース値は低くなりました。平均グルコース値が100を超えていた30%は空腹時でも100を超えていました。つまり、前糖尿病の状態です。そして上の図の下側の図はその30%の人に限った夜間(0時~7時)の血糖変動です。夜間もずっと100以上です。しかし、これらの人も低炭水化物食ではグルコース値はずっと80前後です。
普段からトレーニングを十分している40前後の男性アスリートは、糖質制限をしても高炭水化物食と同等のパフォーマンスを示しています。さらに糖質制限では、通常の食事では脂質の酸化率がほとんどゼロに近づくはずの強度(86.4% VO 2max )でピークの酸化速度を示しました。そして、重要なことに、高炭水化物食での1か月の平均値、中央値、空腹時血糖値が100mg/dL を超えていた参加者が、糖質制限に対する最大のレスポンダー、つまり、食事に対する血糖変化と脂肪酸化率のピークを示したのです。逆に、これほど運動をしているにも関わらず、糖質過剰摂取をしてしまったら30%がすでに前糖尿病の範疇に入ってしまうのです。カーボローディングも危険です。
糖質の摂取量を減らすことが、運動選手であっても、特に糖尿病患者または糖尿病のリスクがある人において、体組成や身体活動の変化を必要とせずに血糖コントロールを改善するための治療戦略になる可能性があることを示しています。
筋肉のグリコーゲンについても怪しいものです。今回の研究で非常に高強度の800mスプリントを6セット行いましたが、糖質制限では筋肉のグリコーゲンが少なく、高糖質の食事ではグリコーゲンが増加すると一般的には考えらています。800mの反復スプリントは非常に筋グリコーゲンの使用率が高いと考えられ、糖質制限では筋グリコーゲンの枯渇を起こすのに十分だと考えられます。しかし、糖質制限でも6セットでもパフォーマンスは低下しませんでした。
以前の記事「エリートアスリートは血糖値の変動が大きいかもしれない」で書いたように、エリートアスリートは耐糖能が低下している可能性がありますし、「運動は必ずしもインスリン抵抗性を低下させない」で書いたように、運動していてもインスリン抵抗性が増加する可能性は十分にあります。糖質過剰摂取をしていれば、運動の効果は帳消しになる可能性もあります。血糖コントロールは運動ではなく、食事で達成されます。逆に言えば運動していても食事を間違えれば血糖コントロールが悪くなります。
糖質制限で血糖値が大きく下がる人ほど、脂質酸化能力が高く、また糖質制限でコレステロールが上がりやすいかもしれません。
いずれにしても、健康を度外視し、人生をかけたエリートアスリートでなければ、運動のために糖質過剰摂取する必要はありません。
「Low and high carbohydrate isocaloric diets on performance, fat oxidation, glucose and cardiometabolic health in middle age males」
「中年男性のパフォーマンス、脂質の酸化、グルコースおよび心臓代謝の健康に関する低および高炭水化物の等カロリー食」(原文はここ)
エリートアスリートでもないし、
仮にエリートアスリートが
糖質制限したとしても
パフォーマンスが保たれる可能性が
あるのだとすれば、
やはり糖質制限一択ですね。
鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。
もちろん、私も糖質制限一択です。
既にブログで触れていらっしゃるかも
しれませんが、
オートミール食べる事を、糖尿病の
特効薬的に喧伝している方々が
多いのは何なのでしょうか。
糖質の塊と思うのですが、
食物繊維が豊富なので健康効果最高
だそうです。
鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。
オートミールもロカボ商品も実際に食べて血糖値を測ってみるとわかるでしょう。
初めまして。運動時の栄養管理の検索をしていてたどり着きました。
この記事は自分でも実感しています。アラフィフで自転車でのトレーニングをしているのですが、食事を摂取して
からトレーニングをすると、開始後30~1時間程度で低血糖になることが多々ありました。
トレーニング中の糖質不足かと思い、糖質量を増やしてもBG=40mg/dl程度まで低下することもありました。
そこで、逆の発想でトレーニング開始前にMCTオイル入りのコーヒーを摂取してからトレーニングをするよう
にしたところ、高負荷トレーニングでも3時間程度のトレーニングでもBG=80-100mg/dl程度で安定するよう
になりました。
前日の夕食(17時頃)にオニギリを食べておけば、翌日のトレーニングには十分な補給量になっているのだと
思います。
ジェネリックの薬効が先発薬に劣ることや、コロナワクチンの件など医療従事者ならば誰しも思っている事を
記事にされる事は色々と大変でしょうが、これからも応援いたします。
過去の記事でたたかれてしまっていた、アミノバリューもポカリも大好き人間としては悲しいところですが、
運動中に摂取して「自分へのご褒美」として残りは活用します。
啓ドンさん、コメントありがとうございます。
非常に興味深い経験の情報ありがとうございます。
前夜のおにぎりは必要ないと思いますが、
MCTオイルの話はやはりケトン体と結びつきそうですね。
「コロナワクチンの件など医療従事者ならば誰しも思っている事」というのは間違っています。
多くの医療従事者は私と意見は違います。だからこそ記事にしています。
医師でも4回目、5回目接種をしている人はかなりいると思います。
コメント
いつも大変有意義な解説をありがとうございます。参考にさせていただいております。
私は2018年頃から糖質制限を始め、先生ほど厳格ではないものの一日を通した糖質の摂取量は平均するとおおよそ40g〜80g程度を継続しています。その結果長年のアトピーが治り、体調も良くなりました。
以前は軽いランニングをしていてケトン体代謝の良さも実感していました。
ただ、ここ2年ほどボルダリングを2日に1回ペースでやっています。ボルダリングは30秒〜1分の無酸素運動を繰り返すのですが、解糖系によるエネルギーの必要性も感じています。
極端な高糖質食によるカーボンローディングのようなことをするつもりはないのですが、ある程度使い切った筋グリコーゲンを回復させる糖質を摂取すべきなのでしょうか?(例えば、運動後は一食30g程度×3食など)
この論文を読むと無酸素運動に対応できるような速度で脂質代謝でが起きているということでしょうか?
それとも、やはり30秒にパワーを出し切るような無酸素運動には、やはり解糖系のエネルギーが必要なため、ケトン体代謝や脂質代謝ではスピードが足りないと考えるべきでしょうか?
アドバイスをいただけますと幸いです。
(長文、失礼しました。)
ケンさん、コメントありがとうございます。
使い切った筋グリコーゲンを回復させるのに、糖質は必要がないと思います。
私の最初の拙著にその根拠となる論文の内容が書かれていたはずです。
運動後糖質をほとんど摂らなくても、糖質をたっぷり摂っても、筋肉のグリコーゲンの回復に違いがなかったのです。
無酸素運動だとVO2maxは90を超えるでしょうけど、「糖質制限では運動強度がどれくらい増加すると糖質をメインエネルギー源とするのか?」
でも書いたように、糖質制限をしていれば、VO2maxは85くらいまでは脂質優位のエネルギーで行けるし、例えVO2max100でも、
もちろん糖質優位のエネルギーですが、脂質を少しは使用しています。
またこの記事で書いたように、今回の研究で非常に高強度の800mスプリントを6セット行いましたが、
非常に筋グリコーゲンの使用率が高い800mの反復スプリントでも、糖質制限で6セットでもパフォーマンスは低下しませんでした。
糖質制限とグリコーゲンについてはまだまだ未知のことがあると思います。
丁寧な回答をいただきありがとうございます。
仰っている書籍とは別かもしれませんが、近しい話が『「糖質過剰」症候群』のP167にも、掲載されていますね。
また、載せていただいたリンクの解説は見落としておりました。普段から糖質制限をしているかどうかで脂質代謝の速度が変わるというのは驚きました。
ということは瞬発力を要するような運動でも脂質代謝メインで十分かもしれませんね。
特に、ボルダリングは完全な無酸素運動ではないですので。
もともと、運動後に過剰に糖質を取るようなことは考えていませんでしたので、引き続き糖質制限は継続しつつ、運動強度対比で最低限のグリコーゲン補充が必要か、自分でもいくつかパターンを試してみたいと思います。
ちなみに無酸素運動において筋肉でのケトン体(βヒドロキシ酪酸菌)の活用も期待できるのでしょうか?
筋肉でエネルギーに使われる際に、ケトン体はアセチルCoAになり、TCA回路を回すためにオキサロ酢酸が必要なため、グリコーゲンが枯渇しているとオキサロ酢酸不足がボトルネックになってしまうという説明を聞いたことがあります。
それとも通常それほどまでのグリコーゲン枯渇は起きない、または筋肉にダメージがない範囲でアミノ酸からオキサロ酢酸を供給できるのでしょうか?
あるいは別のケトン体代謝経路があるのでしょうか?
(医療や生物関連の専門・職の者ではないため、中途半端な知識で間違ったとこを書いていたら申し訳ありません。是非ご指摘いただけると、幸いです。)
ケンさん、コメントありがとうございます。
糖質制限をしているときに、わざわざ自分の筋肉を壊してまで代謝が行われるわけではないでしょう。
糖新生の材料はグリセロールが使われますし、十分にタンパク質を摂取しているので、
アミノ酸を材料にするとしても十分にアミノ酸は存在します。
オキサロ酢酸はアミノ酸のアスパラギン酸から作れます。
「(糖質制限における)糖新生」
が、鍵ですね。
ありがとうございました。大変よく分かりました。