術前の糖質を含んだ水分は止めるべきかもしれない その3 乳がんの予後1

術前の糖質を含んだ水分は止めるべきかもしれない その1」「その2」に続いて、今回乳がんの予後に術前の糖質を含んだ水分補給がどれほど大きな影響を与えるかについてです。

たった数時間の術前の飲食が大きな意味を持つ可能性があるのは、手術という体に大きな負担、ストレス、侵襲を与えることががん細胞にとって、非常に意味のある時間なのかもしれないからです。

今回の研究では乳がんの61人の患者をランダムに2つのグループに分けました。一つは経口で糖質を含む水分(preOp)を手術の18時間前および2〜4時間前に摂取するグループ、もう一つは水だけ自由に飲む絶食グループです。経口で糖質を含む水分摂取グループの患者は、200mLのpreOp2本を手術の18時間前(手術の前夜)と、手術の2〜4時間前(手術日の朝)に2本飲みました。この炭水化物強化飲料preOpには、4.2g(2.1%)のブドウ糖と20g(10%)の多糖類を含んでいるので、1回に48.4gの糖質摂取をすることになります。対照的に、水だけ自由に飲む絶食グループは、手術の12〜14時間前から水は自由に摂取できる絶食を実施しました。

 

上の図は入院時と手術直前の様々な検査値の変化です。赤が糖質水分補給群、青が水のみで絶食群です。入院時には2つのグループに差が無かったのですが、手術直前では糖質水分補給群ではインスリン値とCペプチド値が大きく増加しています。血糖値は違いがありませんでした。

 

上の図は無再発生存率です。aはすべてのエストロゲン受容体(ER)陽性患者、bはすべてのER陰性患者、cはER陽性のでT1患者、dはER陽性でT2患者です。T1は腫瘍の大きさが2cm以下、T2は2~5cmです。すべてのエストロゲン受容体(ER)陽性患者では糖質水分群で無再発生存率が低く、ER陽性でT2患者では60か月後の生存率なんと30%です。つまり、腫瘍が大きなER陽性の患者では術前の糖質水分補給は非常にリスクがあるということになります。

 

上の図は乳がんにおける(特異的)生存率です。aすべてのER陽性患者、bはER陽性でT2患者です。やはりER陽性でT2患者は糖質水分補給で生存率が低くなります。

 

上の図は全生存率です。aすべてのER陽性患者、bはER陽性でT2患者です。同様にやはりER陽性でT2患者は糖質水分補給で生存率が低くなります。

生存率の低下はがんの腫瘍の浸潤、転移が大きく関係します。T2という、より大きな腫瘍はがん細胞が活性化しやすい状態であり、がんの浸潤、転移に重要な上皮間葉転換(EMT)を起こしやすい状態だと思われます。上皮間葉転換(EMT)は、様々な増殖因子刺激(TGFβ、EGFなど)などにより、上皮細胞が運動能の高い間葉系細胞の性質を獲得する現象です。そして、もともとの腫瘍から遊離し、循環するがん細胞の数は、手術中に急激に増加します。また、インスリンやインスリン様成長因子(IGF-1)は上皮間葉転換を促進します。

そうすると、手術直前から手術直後の非常に短い時間でも、術前の糖質を含んだ水分補給が、がん細胞にエサを与え、インスリン分泌を増やすことにより上皮間葉転換を促進し、がんの増殖や転移を起こしやすくする可能性は十分にあるのではないかと思います。

もちろん、非常に小規模な研究なので、この研究だけですべてがわかるわけではありません。しかし、患者にとって良いと思ってやっていることが、実際には有害だと思われるデータが出されている以上、がんの患者に対しての術前の糖質摂取の中断や検証が必要だと思います。

今回の研究と同じ著者がもうひとつ論文を出しているので、それについては次回以降で。

 

「Influence of pre-operative oral carbohydrate loading vs. standard fasting on tumor proliferation and clinical outcome in breast cancer patients ─ a randomized trial」

「乳がん患者の腫瘍増殖と臨床転帰に対する術前の経口炭水化物負荷と標準的な絶食の影響─ランダム化試験」(原文はここ

One thought on “術前の糖質を含んだ水分は止めるべきかもしれない その3 乳がんの予後1

  1. 手術に際しての糖質摂取もですが、先生の新刊にも御記載のあった、
    病中の方に「何でもいいから食べられる物」を提供、
    も根強い習慣ですよね(善意だけに厄介ですね)。

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