リアルワールドでは処方カスケードは無くならないであろう

現代の医療は専門性が重視され過ぎています。そのため多くの医師は専門〇〇になってしまっています。自分のところに来た患者に対し、自分が出したい薬を処方します。致死的な副作用でない限り、軽微と思われる副作用は無視して処方を続ける医師も多いでしょう。しかし、患者側は副作用かどうかもわかりません。もしかしたら副作用により別の科に受診してしまうかもしれません。患者の訴えが、どこかで処方された薬の副作用と気づけばいいのですが、そうでなければ、その薬の副作用に対する薬が新たに処方されます。こうして、処方カスケードがどんどん増えます。

いくつかのパターンを見てみましょう。

例えば、アミトリプチリンという薬が処方されたとします。これは商品名トリプタノールというもので、古くからある抗うつ薬ですが、痛みの治療にも使いますし、医師によっては睡眠薬代わりに使う人もいるかもしれません。この薬の有名な副作用に口渇があります。アミトリプチリンの抗コリン作用が口腔乾燥を引き起こし、それにより咳が出ました。この咳が薬の副作用と結びつけば良いのですが、持続性の咳嗽を主訴として、他の医師に受診したらどうなるでしょうか?(図は原文より)

その別の医師が副作用に気づけばいいのですが、患者は咳のために消化器内科医、アレルギー専門医、耳鼻咽喉科医を受診しており、それぞれが疑わしい診断に基づいて薬剤を処方されていました。消化器内科医では逆流性食道炎による咳、アレルギー専門医では花粉症またはアレルギーによる咳、耳鼻咽喉科医では喘息による咳と診断されました。アミトリプチリン以外に点鼻ステロイド、プロトンポンプ阻害薬、そして2種類の喘息吸入が処方されてしまっていたのです。それでも、咳は治まっていませんでした。

かかりつけ医はアミトリプチリンによる咳と気づき、その薬を中止すると、咳は治まりました。そして、点鼻ステロイド、プロトンポンプ阻害薬、吸入もすべて中止できたのです。

咳を副作用とする薬は色々あります。それらが処方されたときに、同様に事が起きても不思議ではありません。

また、例えば、患者の血圧をコントロールするために、かかりつけ医が降圧薬のアムロジピンを処方しました。アムロジピンはカルシウム拮抗薬で、有名な副作用に浮腫があります。3週間後、患者は下肢浮腫を発症し、心臓専門医が浮腫を治療するためにフロセミドとスピロノラクトンという利尿薬を処方しました。利尿薬を使用した結果、患者はその後数週間、尿失禁の症状を経験しました。そのため、泌尿器科医は頻尿や切迫性尿失禁、過活動性膀胱の治療薬の抗ムスカリン薬フェソテロジンの投与を開始しました。1か月後、患者は口渇を発症し、かかりつけ医がアネトールトリチオンというシェーグレン症候群などの口渇に使う薬を処方しました。最終的に、おそらくさまざまな薬剤の薬物有害反応と併存疾患が原因で、患者は歩行とバランスに問題が生じ、浴室で転倒して多発骨折を起こし入院してしまいました。

入院後、血圧の薬のアムロジピンをACE阻害薬に切り替え、その後、スピロノラクトン、フロセミド、フェソテロジン、アネソルトリチオンの4つの追加薬剤の処方を中止しました。浮腫、排尿症状、口渇は14日以内に解消され、患者は退院しました。

また例えば、80歳女性が急性せん妄、7日間の乾性咳嗽、2日間の重度下痢を主訴として来院しました。受診時の服薬は、ヒドロクロロチアジド、エナラプリル、アレンドロネート、カルシウム、パラセタモール、グアイフェネシン/コデイン、レボフロキサシンでした。

来院の1週間前、患者のかかりつけ医は血圧をコントロールするためにエナラプリル(ACE阻害薬)の用量を5mgから10mgに増量しました。用量を増量してから5日後、患者は乾性咳嗽を発現したため、グアイフェネシン(去痰薬)とコデイン(麻薬ですが咳止めとして使われています)を含有する咳止めシロップが処方されました。2日後、患者は咳嗽と無気力の増加をかかりつけ医に報告しました。これらの症状は肺炎の症状と誤解されてしまいました。その後、かかりつけ医はレボフロキサシン(ニューキノロン系の抗生物質)を処方しました。レボフロキサシンを開始してから3日後、患者は水様性下痢とせん妄を発現し、入院しました。入院後患者の便がクロストリジウム・ディフィシル毒素に対して陽性であったため、メトロニダゾールが開始されました。翌日、患者の状態は改善しましたが、乾性咳嗽はまだ持続していました。入院7日後、老年医学専門医がエナラプリルと咳止めシロップの処方を中止しました。その結果、患者の咳は改善し、10日後に退院しました。

根本的な原因に対処せず、薬に頼った治療をしている限り、副作用の連鎖を招く可能性が大いにあります。まれな副作用は処方した医師さえ知らない場合もあります。患者が副作用だと訴えても、否定されてしまうでしょう。
薬を減らせば減らすほど元気になる患者は多いでしょう。以前の記事「多剤併用をやめよう」で書いたように、薬を減らすと死亡率は半減したり、「処方薬が減ると高齢者の摂食量が増加」で書いたように、摂食量が増加したりします。

今の医療は足し算ばかりです。何か症状があれば薬を処方、副作用にも薬を処方です。何が症状で何が副作用かもわからなくなるでしょう。引き算をすれば、良くなる症状も多いはずです。

私の外来に来る患者に薬を出すのを苦労することも少なくありません。他の医師からたっぷり何種類もの薬が出ているので、それ以上に薬を増やすことを躊躇ってしまうからです。逆にお薬手帳を見て、「この薬は何のために飲んでいますか?」と質問しても、答えられない患者も多いです。この薬とこの薬はやめた方が良い、というアドバイスはしますが、主治医に相談すると止めることができないというケースは多いです。実際の臨床現場では、処方されている薬が多すぎて、複雑になり過ぎて、どこから手を付けて良いのかわからない状態です。しかし、どの医師も根本的な原因に対処していないので、その患者はどんどん新しい症状、疾患が出てきてしまいます。
 
今後も恐らく処方カスケード、ポリファーマシーは無くならないでしょう。医師もなくす気がないし。
 
「Real‐World Complexity of Prescribing Cascades」
「処方カスケードの現実世界の複雑さ」(原文はここ

2 thoughts on “リアルワールドでは処方カスケードは無くならないであろう

    1. 鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。

      処方される薬が多すぎて、何が何だかわからない患者がいっぱいいます

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