前回の記事「その3」では内膜の肥厚がなぜ起こるのか、疑問を呈しました。これまでのアテローム性動脈硬化症の発生の仮説では、血管内皮が傷つき、LDLが入り込み、内膜でマクロファージに取り込まれ、それが泡沫細胞になりアテロームができ、それが血管平滑筋を遊走させて肥厚してくるというような説明がされていると思います。しかし、「その1」で示した組織では、泡沫細胞ができる前、さらにはマクロファージが認められる前の段階で、すでに内膜は肥厚しており、内膜の中に平滑筋細胞も非常にたくさん認めます。
ということは、これまでの仮説は非常に矛盾していることになります。では、内膜に血管平滑筋細胞がたくさん出現するメカニズムはどのようなものなのでしょうか?
血管平滑筋細胞の増殖能力は、機械的な力、アンジオテンシンII、反応性酸素種(ROS)、低酸素症、血小板由来成長因子(PDGF)、TGF-β1、および他の多くの成長因子などに影響を受けます。
アテローム性動脈硬化症またはバルーン損傷ラットで高度に増殖する血管平滑筋細胞において、細胞の中の重要なミトコンドリアのMfn-2(ミトフシン2:ミトコンドリアの外膜にあってミトコンドリア融合の中心的役割を担っていると考えられているタンパク質)が減少していることがわかっています。また、このMfn-2が過剰にあると、バルーン損傷後の内膜の血管平滑筋細胞の増殖が抑制されてしまうのです。
また、2型糖尿病患者では、Mfn-2が減少し、このことはBMIの増加およびインスリン感受性の低下と相関しているようです。
Mfn-2-KOマウス(Mfn-2を持っていないマウス)が高血糖になり、空腹時高インスリン血症を引き起こすことがわかっています。
また、酸化ストレスは、ミトコンドリアDNAを含むミトコンドリア成分の脂質過酸化および損傷をもたらし、ミトコンドリア機能障害をもたらします。ミトコンドリアDNA損傷の程度は、マウスおよびヒト大動脈組織におけるアテローム性動脈硬化症の血管平滑筋細胞病変の発症と相関しています。
以上のことから次のような仮説を考えました。
人間は生まれて間もなくから、本来人間に必要な糖質量を超えた、糖質過剰摂取状態になります。そうすると、高血糖、高インスリン血症となり、酸化ストレスが増加します。それによりミトコンドリアが機能障害となり、Mfn-2が減少します。Mfn-2の減少は血管平滑筋細胞の増殖を招き、さらに高インスリン血症そのものやそれによって促進されるTGF-β1、その他の成長因子により、さらに血管平滑筋細胞の増殖能力が強化されます。増殖が促進されると、内膜が厚くなることにより内膜の深層では低酸素状態になり、さらに増殖が促進することになります。血流は動脈の分岐部に対して、流れの変化という物理的な刺激をもたらし、その部位での血管平滑筋細胞の増殖が顕著となります。
単純すぎる仮説かもしれませんが、これまでの仮説よりは矛盾が少ないのではないでしょうか?もちろん、糖質過剰摂取以外にも喫煙などROS、酸化ストレスを増加させるもの血管平滑筋細胞の増殖を招くと考えられます。
これで、内膜が肥厚することはある程度説明できましたが、なぜ脂質が内膜に蓄積するのでしょうか?このことは難しい問題かもしれませんが、次の記事で考えてみたいと思います。
「Mitochondrial metabolism and the control of vascular smooth muscle cell proliferation」
「ミトコンドリア代謝および血管平滑筋細胞増殖の制御」(原文はここ)