以前の記事「糖質制限はインスリン抵抗性を増加させる? その1」では、生理的インスリン抵抗性について書き、さらにそれが正常な状態であることを述べました。
生理的インスリン抵抗性が現れるのは、糖質制限のときだけではなく妊娠中にも認められます。妊娠して週数が進むにつれてインスリン抵抗性が増加することは普通のことです。普段は脳や赤血球へ、妊娠中は胎児へのブドウ糖の供給を維持する必要があるために、人類は狩猟採集生活の間に糖質の非常に少ない食生活に適応しており、状況によりインスリンへの反応を変え、優先すべき臓器などに糖質を回すように進化したと考えられます。脳や赤血球、そして胎児組織などはインスリンの分泌に関係なくブドウ糖を取り込めるGLUT1を持ち、筋肉や脂肪はインスリンにより細胞の表面に現れてくるGLUT4を持っていることからもブドウ糖の配分の優先順位が推測されます。さらにその前の時代では、もっと糖質が少なかったかもしれません。インスリンはタンパク質の合成が主な仕事であり、糖質への反応は後から進化したものだとも考えられます。狩猟採集生活ではインスリンの感受性は低くて良かったのです。タンパク質が合成できれば、糖質摂取がほとんどなかったのでそれ以上のインスリンの活躍の場所はありませんでした。
そうすると生理的インスリン抵抗性という言葉が誤解を招くかもしれません。狩猟採集生活や糖質制限でのインスリンの感受性を基本と考えると、普通の食事においては糖質が過剰であり、インスリンの感受性を増加させざるを得ません。さらに糖質が過剰になった場合、インスリンが過剰分泌され、インスリン感受性の増加が損なわれ、インスリン感受性が元の状態またはそれ以下になってしまうのです。普通の食生活を基準にすれば糖質制限で起きることのあるインスリン感受性の低下はインスリン抵抗性となりますが、糖質制限の方を基準にすれば、普通の食生活ではインスリン感受性が過剰に増加した状態とも考えられます。
糖質過剰摂取の時代になり適応しようとして、インスリン感受性の増加、インスリン分泌の増加で対応しようとしましたが、そのなれの果てが100kgや200kgの超肥満です。これは適応とは言えません。しかし、血糖を処理することのできる体内の物質はインスリンしかないので、このように対応するしかないのでしょう。未来に人間が過剰な糖質に適応できるようになるとしたら、糖質の吸収を低下させる以外にはないでしょう。または突然変異で何か別のことが起きるかでしょうか?
とりあえず、今回も生理的インスリン抵抗性という言葉はそのままにしておきます。
さて、生理的インスリン抵抗性と病的インスリン抵抗性は同じものなのでしょうか?どちらも血糖値が上がりやすいということでは同じかもしれませんが、中身は全くの別物です。
肥満や2型糖尿病で認められる病的なインスリン抵抗性では、筋肉や脂肪組織でインスリンの反応が悪く、ブドウ糖を取り込むことができなくなります。それにより高血糖になるのですが、それぞれの細胞はエネルギー源が必要です。インスリンによりブドウ糖が取り込めれば問題ありませんが、それが上手く行かないのであれば、脂肪をエネルギー源にすることになります。しかし、血中にはインスリンがいっぱいある状態では、筋肉細胞のLPL(リポタンパク質リパーゼ)という酵素の活性化が低下します。一方脂肪細胞のLPLは活性化しますが、肥満だと脂肪細胞の中身はすでに満員御礼です。もう血中から脂肪が入る余地はありません。そうすると、ブドウ糖も遊離脂肪酸も血中に大量に漂った状態が長時間続くことになります。
筋肉細胞の中にもいっぱい脂肪が詰まっています。それを有効に使えれば良いのですが、ミトコンドリアでエネルギーを作るときに、脂肪酸をミトコンドリア内に運び入れるカルニチンという重要なものがもうすでに枯渇しているか、それがうまく働かなくなってしまっていると考えられます。つまり、ミトコンドリアが機能障害となっているのです。肥満や糖尿病ではミトコンドリアの大きさも小さくなっています。
糖質制限ではインスリンの分泌は少なく、筋肉細胞のLPLも活性化し、脂肪酸を取り込みます。糖質の摂取量は限られており、血中に吸収されたブドウ糖をどんどん積極的に取り込むわけにはいきません。ですから生理的インスリン抵抗性の状態になり、脳や赤血球にブドウ糖を回していると考えられます。
細胞内のミトコンドリアはブドウ糖があまりたくさん入ってきませんので、取り込んだ脂肪酸をエネルギーにします。脂肪がどんどん使われますが、そのときにミトコンドリアは十分に働いており、そのおかげで糖質制限中はエネルギーが満ちた状態でいられるのです。
つまり生理的インスリン抵抗性と病的インスリン抵抗性の大きな違いは、ミトコンドリアの機能がモリモリ元気な状態か、機能障害かの違いだということにもなります。
肥満や糖尿病で起こっていた病的インスリン抵抗性は糖質制限で改善していきます。そして、体重が減り、体が十分に適応してくると、今度は生理的インスリン抵抗性が起こることがあるのです。決して元の病的インスリン抵抗性が悪化したわけではなく、細胞のミトコンドリアから見れば全く逆のような状態になっているのです。
糖質制限中に糖質を過剰摂取したときに、非常に高血糖になる人と、それほどでもない人がいます。その違いははっきりとはわかりません。恐らく生理的インスリン抵抗性の程度にかなりの個人差があるのではないかと考えています。もう一度狩猟採集生活の人類を考えてみると、糖質たっぷりの食べ物に偶然出会ったとしても、現代のような糖質量とは全く違います。現代では1回の食事での糖質量は100gを超えることもあります。糖質制限をしている人がたまに糖質をたくさん摂っても100gまでは摂らないとしても、50gぐらいは摂るかもしれません。狩猟採集生活で1度に得られる糖質量が50gなんてことはほとんど考えられないと思います。狩猟採集生活で、糖質が豊富な食事のときにインスリンの感受性を高めて組織に糖質を取り込み、エネルギーをため込むように変化するのですが、50g以上の糖質が一気に押し寄せることに対応できるほど急にインスリン感受性を高められない人もいることは容易に想像できます。
インスリンにより筋肉細胞がGLUT4を細胞の表面に移動させてブドウ糖を取り込みますが、普段インスリン分泌が少ないのでLPLが活性化していて脂肪酸によるエネルギー源が細胞内に十分ある場合、急いで切り替えの必要もないのか、または人によっては急にブドウ糖が大量に入ってきても切り替えが上手にできずGLUT4の移動が鈍く、血糖値の上昇を招く場合があるのかもしれません。いずれにしても何ら病的インスリン抵抗性とは関係ありません。
たがしゅう先生のブログの記事(こことここに書かれているので興味がある方は読んでみてください。私とはまた違った視点での考えを書かれており、非常に興味深いです。)では筋肉量やストレスにも注目しています。単純に考えて、体重が2倍になれば血液量も2倍、筋肉量は個人差はありますがおおよそ2倍になるでしょう。同じ糖質量を摂取した場合、糖質が全く筋肉などの組織に取り込まれない状態で仮定し、体重50kgの人の血糖値が100から150に変化したとします。体重100kgの人では血液量は2倍になるのでその分希釈され、血糖値は100から125にしか変化しません。さらに、通常はブドウ糖は筋肉などに取り込まれていきます。100kgの人は50kgの人よりも筋肉量も2倍になるので、その分取り込む量も2倍になる可能性があります。同じ糖質量、同じインスリン感受性であれば、体重が少ないほど血糖値の変動幅は大きくなると考えられます。
つまり、体重により血糖値の上昇の幅は違うことは単純に考えても起こりうることです。実際に第60回日本糖尿病学会年次学術集会での発表では、「低体重者では経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)の結果が過大評価になっている可能性がある」と述べている方がいらっしゃいました。明らかに体重が少ない人ではOGTTの検査結果が過大評価され、異常な値が出てしまう可能性が高くなるのです。
また、最初にインスリンの本来の主な仕事はタンパク質合成ではないかということを書きました。もともと糖質を摂っていても筋肉が付きにくいやせ型の人はインスリン分泌が非常に少ないか、筋肉を構築することへのインスリンの感受性が非常に低い可能性があります。そうするとタンパク質の合成が少なく、筋肉が付きにくくなり、糖質を取り込むのも少なくなります。
糖質制限の糖質摂取量はスーパー糖質制限食で1日50~60gですが、本来は体重により変動して考えるのが良いのかもしれません。ただ、正しい糖質制限を続けると過体重の人は標準体重にやせてくるので、体重の個人差が縮まり、あまり厳密に考えなくても良いのかもしれません。
糖質制限によって筋肉量は変化しませんので、糖質制限時の糖質過剰摂取による血糖値変動幅の増大と筋肉量についてはあまり関連しない可能性が高いと思います。筋肉量がもともと増加しないタイプの人は、もともとインスリンの分泌が少ないか、インスリン感受性が低いので、もともと血糖値変動幅は大きかったと思われます。
ただ、糖質制限中に糖質を過剰摂取した場合に高血糖を来してしまうことは事実としてあります。食後高血糖の変動が大きいと酸化ストレスを促進してしまいます。そのまま、糖質過剰摂取を続けてしまえば病的インスリン抵抗性になってしまいます。普段から糖質制限をして、時折糖質を摂ることは大きな問題ではありませんが、そのときだけは酸化ストレスが増加することは頭の片隅にでも置いておいた方が良いかもしれません。
そして、糖質制限でのミトコンドリアの役割は非常に大きいので(もちろんどのような場合にもミトコンドリアは重要ですが)、そのミトコンドリアを増やしたり効率よく働いてもらうために運動をした方が良いでしょう。
「Dysfunction of mitochondria in human skeletal muscle in type 2 diabetes」
「2型糖尿病のヒト骨格筋におけるミトコンドリアの機能障害」(原文はここ)
清水先生、こんにちは。私は大学生です。
先日、先生の著書『運動するときスポーツドリンクを飲んではいけない』を読み終えました。本の4ページ目に掲載されている、糖質制限の開始前と開始後とで、身体の明確な変化がよく分かりますね。
私は2017年の12月末から糖質制限食を開始したのですが、開始から4ヶ月で13kg減量し、お腹もあっさり引っ込みました。糖質の摂取量は、1回の食事で多くても20g以内に抑えています。
身長は 175cm、体重は 55~57kg の間を行ったり来たりしています。あと 3kg ほど痩せたいのですが、中々体重が減ってくれません。
週に数回、24時間以上の断食も行っています(その間は、水か緑茶を飲むだけ)。
先日、96時間連続で断食をやってみたのですが、断食を終えた直後の食事は、そこまで食べられませんでした。厚揚げを4つ食べただけで、もうお腹一杯になり、それ以上はもう何も食べたくなったのです。
寝る前には何も食べずに空腹のまま眠るようにしています。こうすることで、ぐっすり眠れるのです(目覚めた直後は、少々ボ~ッ・・・としていますが、水を飲んで時間が経てば頭がすっきりしてきます)。
糖質制限中の現在は、食事の回数は1日1食、多くても2食になりました。炭水化物をガツガツ食べていた頃は、食べたいモノは何でも平気で(それこそ貪るように)食べていましたが、炭水化物を避けるようになってから、食事の量と回数を減らしても、普通に体を動かせるものなのですね。
先日、カロリーメイト・ブロック(フルーツ味)を数本食べてみたのですが、食後1時間で胸焼け・胃もたれに襲われ、それが10時間近く時間続いた挙句、嘔吐してしまいました(糖質制限を始める前までは、こんな現象は起こりませんでした)。あれは砂糖の塊ですね。私の身体は、もはや大量の砂糖を受け付けない体質になったようです。糖質制限中の人間が久々に糖質を食べて血糖値が跳ね上がると、吐き気に見舞われるものでしょうか?
私の場合、
ゲイリー・トーベスさん( Gary Taubes )の『ヒトはなぜ太るのか?』
ジョン・ブリファさん( John Briffa )の『やせたければ脂肪をたくさんとりなさい』
の著書を読んで、
「炭水化物をなるべく避けて、タンパク質と脂肪を沢山食べれば痩せる」
ことを学び、その後にロバート・アトキンス博士、リチャード・バーンスタイン博士のことを知りました。江部康二先生や夏井睦先生のお名前を知ったのはその後です。インターネットで糖質制限についての情報を漁っていた時に、清水先生のこちらのブログにも出逢えました。清水先生の著書については、その後に読んだのです。
糖質制限に出会っていなければ、私は今も太り続けたことでしょう。周りの大学生の多くは、(私が通っている大学の教授も含めて)、
「糖質制限て、なあに?」あるいは「炭水化物を食べないだなんてとんでもない!」
という人のほうが多数派で、
「太るのは、食べてばかりで運動しないからだ」
「食べる量を減らして運動すりゃ痩せんだよ」
「何でもバランスよく食べるのが良いんだ。炭水化物を抜くなんて極端だ」
と考えている人のほうがまだまだ多いようです。糖質制限に出逢う前の私なら、上記の言い分にあっさり雷同していたでしょう。
どうかお体に気を付けて、マラソンをお続け下さいね。
クリードンさん、コメントありがとうございます。
また拙著の購入もありがとうございます。
糖質制限で体調が良くなったのであれば、それは良いことですが、身長が175cmであればもともとの体重もBMIで22程度です。
BMIですべて評価できるわけではありませんが、現在のBMIは18程度と痩せすぎです。さらに3㎏痩せることは全くお勧めしませんし、
糖質制限は痩せるためのダイエット法ではなく、健康になるための一生の食事法ですので、なかなか体重が落ちないのは当たり前だと思います。
マラソンなどの持久系のスポーツを激しく行っているのであればある程度理解できますが、
もしもそうでないのであれば、クリードンさんの行っている食事は糖質制限+カロリー制限です。ちゃんとタンパク質と脂質を摂っていますか?
食事内容を見直す必要があるかもしれません。せめてBMI20ぐらいまで戻すようにお勧めします。
横やりですみません。
いつも勉強させてもらっております。むーと申します。4年前に1型を発症しております。
元々やせ型で58kg、現在は体重が52kg前後です。身長は173cmに足りないくらいですが、タンパク質と脂質をとっても体重は増えません。インスリン分泌が低下していると体重は増えないと思ってます。糖質をたくさんとって、インスリンを大量にうつしかないのかと考えますが怖くてできないですね。
体重増やしたいですね…
むーさん、コメントありがとうございます。
1型糖尿病では話は単純ではないかもしれません。1型糖尿病の方の筋肉を増加させるにもやはりインスリンが必要だとは思います。
ただ、「大量に」は必要ではないと思います。それは健康な方でも同じです。今日の記事「筋トレでインスリンを分泌するための糖質(炭水化物)は必要ない その1」が参考になるかもしれません。
インスリンがなければもちろん体重は増えないと思います。
ただ申し訳ありませんが、勉強不足で1型糖尿病の筋トレには明るくありません。
Shimizu先生ありがとうございます。
インスリンを打つ量とタイミングが難しいですが、色々試してみようかと思います。低血糖にならないようするのが一番難しいです。
返信いただきありがとうございます。
血液データの結果は定期的に提供させていただきます