ある方から質問がありました。糖質制限でHDLコレステロール値が増加し、中性脂肪値が低下することが非常に多いのですが、それはなぜですか?というものです。確かに、私は記事でよく、糖質制限をすればHDLが増加し、中性脂肪が低下するよ、と書いています。さらに拙著「糖質過剰症候群」や以前の記事「驚きの結果!糖質制限におけるHDLコレステロールと中性脂肪 みなさんの血液データから その2」で書いたように、みなさんの血液データからもこのことは明らかです。
でも、そのメカニズムは?結構ハードルの高い質問です。難しい。
恐らくは完全なメカニズムはわかっていないと思います。では、考えてみましょう。
糖質制限では自ずと高脂肪食となります。糖質制限高脂肪食は血漿のリポタンパクリパーゼ(LPL)の活性、筋肉のLPL活性を大幅に増加させます。LPLは中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロールに分解する酵素です。食事由来のカイロミクロンや肝臓で合成されたVLDLのような中性脂肪に富んでいるリポタンパク中の中性脂肪に働き、細胞内に遊離脂肪酸を取り込みます。
インスリンは、脂肪組織のLPLの活性を上昇させますが、筋肉のLPL活性を低下させます。糖質制限ではインスリン分泌は少なくなるので、これとは反対に筋肉のLPL活性が増加するのです。高脂肪食なのでカイロミクロンの中性脂肪は増加しますが、筋肉などの細胞に取り込まれて行きます。LPL活性が増加しているので食後の中性脂肪値の上昇の程度も低下します。
古典栄養学では高脂肪食が血中の中性脂肪を高めると考えられてきました。いまだに信じている人もいるでしょう。しかし、エネルギー量の10%未満の糖質(炭水化物)の超低炭水化物食とエネルギー量の30%未満の低脂肪食を食べたときの中性脂肪の推移は全くの逆です。超低炭水化物である高脂肪食は低脂肪食よりも中性脂肪値が、空腹時も食後でも低いのです。(図は原文より)
上の図は、体脂肪率が25%以上、BMIが平均で34.3の男性に6週間、超低炭水化物食と低脂肪食を食べてもらい、5.44MJ(約1300kcal)、炭水化物11%、タンパク質3%、脂肪86%のエネルギー量の食事をした前後の中性脂肪値の推移です。食前でも超低炭水化物群での中性脂肪値は0.87mmol/L(77mg/dL)、低脂肪群で1.32mmol/L(117mg/dL)です。食後のピークは低炭水化物群で3時間後の177mg/dL程度、低脂肪群で4時間後の204mg/dL程度となっていました。つまり、糖質制限では中性脂肪値が空腹時でも低く、食後のピークも低脂肪よりも低い値になるのです。
以前の記事「大量のコレステロールを摂るとどうなるか? その1」での私自身の人体実験で卵を10個一気に食べたときの中性脂肪値も3時間後がピークでしかも100程度でした。
さらに、糖質過剰摂取では過剰な糖質は脂肪酸に変換され、中性脂肪になりVLDLで血中に運び出されます。つまり糖質過剰摂取ではVLDL産生が増加します。さらにインスリン抵抗性があるとVLDLは大きなVLDL-1となり、代謝を受けてsdLDLを作り出します。インスリン抵抗性がない場合にはVLDLは小さなVLDL-2が増加します。
高中性脂肪では血漿コレステロールエステル転送蛋白(CETP)の作用としてVLDLよりHDLに中性脂肪を転送する働きが優位となるようです。ここで中性脂肪に富んだHDLからLDLにコレステロールエステル(CE)ではなく中性脂肪を転送することにより、CETPがLDLの小粒子化に関与していると考えられています。また、中性脂肪に富んだHDLは肝リパーゼの作用により小さなHDLに変換されるのかもしれません。中性脂肪が高いと大きなHDLが減少し、小さなHDLにシフトします。HDLの成熟が妨げられ、HDLが異化されやすくなります。(この論文参照)
逆に考えると、糖質制限では中性脂肪の肝臓での産生が減少し、VLDLの合成と血中への分泌が減少します。血中の中性脂肪値は空腹時ではVLDLの中性脂肪を測定しているので、VLDLが少なくなれば中性脂肪値は低下します。また、推測ですが、VLDLが減少するとHDLなどとの中性脂肪の交換が減少するため、CETPの活性が低下するのではないかと思います。CETPの低下はHDLの増加と結びついています。また糖質制限では中性脂肪が低下するので、大きなHDLが増加します。
このようなメカニズムで糖質過剰摂取では高中性脂肪となり、HDLが低下し、糖質制限では低中性脂肪となりHDLが増加するのではないかと考えられます。
答えになったでしょうか?
「Very low-carbohydrate and low-fat diets affect fasting lipids and postprandial lipemia differently in overweight men」
「超低炭水化物と低脂肪の食事は、太りすぎの男性の空腹時脂質と食後脂肪血症に異なる影響を与える」(原文はここ)
糖質制限(50g/日 PFC比率22:68:10)後の私の中性脂肪、HDL、LDLの変化です。何れも空腹時の検査です。
なぜか、私は糖質制限後にLDLが上がっています。もともと少し高いですが。
考えられる理由としては、糖質制限後の「積極的」な卵の摂取(平均3個/日)です。
制限すればさがっていますし、比較的自由に(糖質制限前と同程度)摂取すれば再び上昇し、糖質制限前の値に戻っています。
食物由来のコレステロールは血中のコレステロール値に影響しないと言うのが最近の研究データですが、私には当てはまりません。中性脂肪も卵の摂取を制限した時期に下がっています。
私は、一般的な人とはメカニズムが違うのでしょうか。糖質制限下でLDLを正常化する方法を模索していますが、清水先生はこの結果をどのように評価されますか。
TG HDL LDL
2017/12/01 81 81 152 糖質制限開始時
2018/03/03 106 60 166 積極的に卵を摂取(3個/日)
2018/09/29 104 70 190
2018/12/15 82 82 186
2019/02/16 97 80 198 (LDL最高値)
2019/04/06 60 74 155 卵の摂取を制限
2019/06/01 63 84 137
2019/07/27 86 76 132
2019/09/28 103 67 135 比較的自由に卵を摂取(1個/日)
2019/11/30 84 80 158
西村 典彦さん、コメントありがとうございます。
糖質過剰状態で食事アンケートによる報告では、多くの日本人のデータを集めるて平均すれば、卵を1日に2個以上摂ってもコレステロール値は上がりません。
しかし、「1日3個の卵は健康的であるかもしれない」で示した研究ではLDLは上がっていますがHDLも上がっています。
卵でコレステロールが上がる人も結構いるでしょう。糖質制限だけでもLDLは上がる人が結構いると思います。
糖質制限をしながら卵摂取はどうかというと、さらに上がる人がいると思います。私も爆上がりです。
糖質過剰摂取状態で、毎日卵黄3個分のコレステロールを2週間摂取し続けた人の内、65%の人はLDLコレステロール値が変化しないかむしろ低下し、残りの35%は上昇したという、日本の研究があるようです。
(詳細は知りません。)
脂質代謝関連遺伝子多型で卵摂取量とコレステロール値や中性脂肪値が関連するものもあるようです。つまり卵のレスポンダーは遺伝子的にいるということです。
西村さんがその遺伝子多型を持っているかどうかはわかりませんが、卵に確実に反応しているので、持っている可能性は高いかもしれません。
ただ、LDLコレステロール値を正常化することが健康的だと思っていませんので、私はこのままです。そもそも糖質制限でのLDLの正常値はわかっていませんし、LDLは悪玉ではないからです。
どうしてもなら、ナイアシンで肝臓のVLDL合成分泌を抑制すればLDLは低下すると思います。(私はしませんが)