n=1、つまりたった一人の症例報告は医療の世界ではエビデンスとしては認められませんが、全てはn=1から始まります。また、あることに反応する人と反応しない人がいます。反応する人の方が少ない場合、大人数集めたときに反応しない人が埋もれてしまい、結局効果がないなどと判定されてしまうことも多いでしょう。

一般的なエビデンスと違う反応をする人は、その人にとってはそれが現実、結果です。「エビデンスはない!」と一蹴することではなく、そのような反応をする人もいるんだと受け止めるべきです。もちろん数値で判断できないものは、背景にメンタル的な要素がある場合や疾病利得などがある場合は注意が必要ですが。

糖質制限をすると、LDLコレステロール値が上昇することがあります。私もその一人です。糖質を制限することに反応してLDLが上昇する人は、以前の記事「糖質制限でLDLコレステロールが大きく上昇する人の特徴」で書いたように、ある程度の特徴があるようです。糖質制限でLDLコレステロールが大きく上昇する人の特徴は痩せていて、もともと(糖質制限をする前)のHDLが高く、中性脂肪が低い人である可能性があります。そして糖質制限でLDLが上昇するレスポンダーはおよそ18%程度いるという結果でした。

今回は一人のレスポンダーの症例報告です。しかも飽和脂肪酸との関連も調べています。潰瘍性大腸炎の管理のためにケトン食療法を採用した26歳の男性の報告です。2年半前にケトン食療法を採用して以来、潰瘍性大腸炎は大きく改善しました。(図は原文より)

上の図はケトン食前とその後の経過です。体重はポンドですのでkgにするには0.45をかけます。120ポンドは約54kgです。ケトン食前もBMIは20以下です。エネルギー摂取量は3,000kcalを超えているので十分でしょう。

ケトン食前のLDLコレステロール値は95mg/dLでした。糖質を制限して最初の6か月後には321mg/dLに増加しましたが、一方でHDLコレステロール値は48mg/dLから109に大きく増加しました。このような変化は、不飽和脂肪酸が豊富な食品の優先的に摂取し、赤肉や乳製品などの飽和脂肪酸が豊富な食品の摂取制限、および1日あたり約30gの食物繊維摂取にもかかわらず起きました。つまり、飽和脂肪酸がLDLコレステロールを増加させているわけではないことを示唆しますし、食物繊維が関係していることもなさそうです。その後、この男性は便秘を管理するため、食物繊維を約15g/日に減らしています。

このときにスタチンを勧められましたが、拒否しました。そして2回、炭水化物を再導入してLDLコレステロールを低下させようとしましたが、どちらの場合も、彼は1週間以内に胃腸の不快感と血便を経験しました。彼は当初スタチンを拒否しましたが、エゼチミブ(ゼチーア)を試してみたところ、胃腸の不快感を経験し、治療を中止しました。

その後の経過は上の図のようです。ケトン食を始めておよそ1年後にはLDLコレステロールは500mg/dLを超えていました。普通の医師ならパニックで、「スタチンを飲まないと死ぬよ!」と叫ぶかもしれません。そこで、食事のコレステロール摂取量を減らすように勧められ、それに従ったにもかかわらず、1か月後の2020年9月、彼のLDLコレステロールは545とさらに上昇していました。ちなみにこの時のHDLは94、中性脂肪値は58でした。

2021年1月には少し体重が増加し、それと共にLDLコレステロールはやや低下しました。さらに2021年10月には飽和脂肪酸がはるかに豊富な食事(総脂質の45%)で、LDLは411、HDLは116、中性脂肪39となり、BMIが20を超えました。

上の図は、心臓のCT血管造影です。彼はスタチン治療を勧められていましたが、心臓の検査で問題があればスタチンを内服することに同意しました。彼の心臓は、2年半もの間、非常に高値のLDLコレステロールに晒されているにもかかわらず、石灰化、プラークや狭窄は全く観察されませんでした。

糖質制限でのレスポンダーでは、LDLコレステロールは飽和脂肪酸の摂取量とは恐らく関係していません。BMIが低い、脂肪量が少ないことが関係している可能性があります。

糖質制限では当然エネルギー源は脂肪(脂肪酸とケトン体)です。様々な臓器、組織はエネルギーが当然必要なので、脂肪に対する大きな需要があります。それを提供するために、脂肪細胞から遊離脂肪酸を放出するか、肝臓からの中性脂肪を豊富に含んだVLDLを増やす必要があります。VLDLがどんどん分泌され、末梢でLPLを介して中性脂肪を提供した後は、LDL、HDLが増加することになるでしょう。

つまり、糖質制限をすれば、中性脂肪はどんどん末梢組織に取り込まれるので、血中の中性脂肪値は大きく低下し、VLDLの代謝回転が増加することで、LDLとHDLが大きく増加することになるのでしょう。

人類は進化の過程で糖質制限が当たり前であったことを考えると、LDL高値、HDL高値、中性脂肪低値は珍しくない状態だと思われます。

後は個人差が大きいのと、需要と供給のバランスの問題なのかもしれません。ただ、筋肉が多く、BMIが高めの人の方が需要が多くなりそうですが、BMIが高い方がLDLコレステロールは上昇しにくいのは、説明がまだ思いつきません。もしかしたら、筋肉が多い人は遊離脂肪酸やケトン体をメインにしたり、あらかじめ筋肉内の脂肪を貯めやすいのかもしれません。

今回の症例報告では2年半非常に高値のLDLに曝露されたのに、心臓の血管には全く影響はありませんでした。私はアテローム性動脈硬化はLDLは全く関係ないと考えています。当然、原因は糖質過剰摂取だと思います。

家族性高コレステロール血症(FH)でさえ、LDLとは別の機序で心血管疾患になっていると思っています。

ただ、まだまだ高LDLコレステロールがリスクと考えている医師は多く、特にそうした医師は糖質制限には否定的でしょうから、糖質制限でLDLが上昇したのを見ると、「ほら見たことか!」と糖質制限をやめて、スタチンを飲むように強く脅すでしょう。

エビデンスという観点から見ると、もちろん糖質制限とLDL上昇と心血管疾患の関連はまだ十分にはわかりません。自分自身での判断が必要でしょう。

糖質制限によりLDLが上昇した場合、そのうち正常化してくる人もいるかもしれませんが、上昇したままの人も少なからずいます。心血管疾患は糖質過剰症候群であるということを考えれば、LDL上昇なんて怖くないでしょう。

 

「Case Report: Hypercholesterolemia “Lean Mass Hyper-Responder” Phenotype Presents in the Context of a Low Saturated Fat Carbohydrate-Restricted Diet」

「症例報告:低飽和脂肪炭水化物制限食の状況で現れる高コレステロール血症「除脂肪体重ハイパーレスポンダー」表現型」(原文はここ

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