専門家の肥満治療

肥満治療のいわゆる専門家はどのような治療を行っているのでしょうか?恐らく想像がつく通り、エネルギー(カロリー)制限と運動でしょう。GLP-1受容体作動薬の体重減少効果が話題になっていますが、日本では糖尿病治療薬であり、肥満への適応は今のところ承認されていません。

日本での肥満の定義は欧米と違いBMI25以上です。このうち「肥満症」は、肥満に起因あるいは関連して発症する健康障害(または内臓脂肪蓄積あり)を伴う疾患と定義されています。また、BMI35以上はで健康障害(または内臓脂肪蓄積あり)を伴う場合には「高度肥満症」と言います。

「肥満症診療ガイドライン2016」減量目標は,肥満症で現体重の3%、高度肥満症で5~10%とかなり控えめな目標です。ただ、もとの体がもとの体だけに体重を少し減らしただけでも下の図のように、様々な改善が認められます。

(図はここより)

実際の治療は、まずは食事制限となります。25≦BMI<35の肥満症では、25kcal/kg・標準体重を目安に1日の摂取エネルギー量を算定します。標準体重が60kgだとすると、摂取エネルギーは1,500kcalということになります。このエネルギーの50~60%を炭水化物とし、15~20%をタンパク質、20~25%を脂質とすることが推奨されています。どうしてもこのPFCバランスは譲れないのでしょうか?

一方、「近年、糖質制限食が流行しているが、短期的に減量効果は大きいものの、長期的には差が見られないことも多いので、極端な糖質制限は勧められない。」との立場です。日本のほとんどの学会、ガイドラインの見解と同じです。この間違った見解は今後もしばらく続くでしょう。

BMI≧35の高度肥満症では、20kcal/kg・標準体重を目安に1日摂取エネルギー量を算定します。標準体重が60kgだとすると、摂取エネルギーは1,200kcalということになります。拷問のようなエネルギー制限です。これでも目標とする減量が得られない場合は、専門医のもと600 kcal/日以下(!)の超低エネルギー食も考慮するそうです。恐ろしい!これを続けられる人がどれほどいるのでしょうか?タンパク質は標準体重1kgあたり1g以上は必要としているので、標準体重60kgだとタンパク質で60g、240kcalになってしまいます。これは摂取エネルギーの40%に当たります。(ここでは簡単にPFCバランスが崩れてしまいますが、なんででしょう?)残りは360kcalです。炭水化物を50%確保しようとすると、脂質で60kcalです。およそ6.7gしかありません。細胞がどんどん劣化しそうですね。

もちろん、こんな食事をいつまでもできるわけではないので、通常、3か月をめどに治療効果を評価し、継続あるいは治療内容の見直しを行う、としています。食事療法や運動療法だけで目的とする減量を達成できない場合に、薬物の使用を考慮し、症例によっては外科療法も有効な選択肢となるそうです。糖質過剰摂取をさせながら、なるべく体重が減らないような食事をさせながら、3か月で見切りをつけて薬や手術に持っていくようです。

薬物療法の第一手はサノレックス(マジンドール)です。以前の記事「食欲抑制薬の臨床データはある意味凄い!」で書いたように、極端に少ないエネルギー摂取量でも空腹感を感じないなんて、非常に恐ろしい薬です。その中身はアンフェタミンの類似薬、覚醒剤(メタンフェタミン)の仲間です。3か月で依存症にならなければ良いですが…そして、この薬をやめたときにはきっとリバウンドしてしまいます。そうなったときに医師は患者のせいにするのでしょうか?

肥満症の治療薬は他にありません。しかし、肥満症治療薬ではありませんが、GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬は体重減少をもたらす場合もあるので、その適応症である2型糖尿病を伴う肥満症の患者においては使用できるでしょう。でも、糖質制限をする方が安全で早いでしょう。

そして、その次の手は外科的手術です。以前の記事「肥満に対する手術の適応」でも書いたように、特にBMI35以上の人が糖質制限すれば1か月で10kgくらいは余裕で減少するでしょう。糖質制限をしないで、専門家の治療と称して効果の薄いことを患者にさせて、ダメだから手術しましょう、というのはおかしな話だと思います。

先ほども書いた「糖質制限は短期的に減量効果は大きいものの、長期的には差が見られないことも多いので、極端な糖質制限は勧められない。」ということ(本当は大きな差がありますが)ですが、仮に長期的に差が認められないとして、なんでエネルギー制限は推奨されて、糖質制限は推奨されないのでしょうか?どちらも違いが無いという立場であればどちらも推奨するか、どちらも推奨しないかで良いと思いますが。

いずれにしても肥満に対する認識、治療に対する意欲というのは重要でしょう。なぜ太るのかということをちゃんと知るべきでしょう。そしてどのような食事、治療を選ぶかは自分自身です。糖質制限が良いとしても本人が自らやりたいと思わなければ上手くいきません。それはこれまでの糖質過剰の食事を捨てて、依存症から抜け出し、今後一生糖質制限を続けていくことですから。どんなに健康を害しても肥満でいたい人もいるでしょう。好きなもの(と脳が思わされている)を好きなだけ食べている方が幸せでしょうから。

エネルギー制限を長期に行うのは無理でしょう。運動も効果はわずかです。しかし糖質制限は一生できます。ちゃんとやれば効果も高いです。いずれにしても覚悟が必要だと思います。糖質摂取をあきらめ糖質制限を続ける覚悟、そうでなければ糖質過剰摂取による様々な糖質過剰症候群に襲われる覚悟、ずっと治療を続ける覚悟、ずっと医療から離れられない覚悟、選択は本人の自由です。

肥満は糖質過剰症候群です。糖質過剰摂取が原因なのに糖質制限をせずにどうやって治すのでしょうか?肥満のほとんどは医師が治す病気ではなく、食事で治る病気です。

 

9 thoughts on “専門家の肥満治療

  1. 「近年、糖質制限食が流行しているが、短期的に減量効果は大きいものの、長期的には差が見られないことも多いので、極端な糖質制限は勧められない。」

    「カロリー制限食」にこそ、当て嵌まりそうです(更にリバウンドも必須)。

    1. 鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。

      まさにその通りですね。カロリー制限の効果についてはもう検討もする必要が無いと思っているのでしょうね。

  2. ロシアの作家、レフ・トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』にて、アンナの愛人ヴロンスキー伯爵が、「体重の増加を防ぐために牛肉のステーキを食べ、デンプン質が多いものや、甘く味付けされた料理を避けた」という記述が残っています。

    それを示すテキスト(英語版)がこちらです。

    “On the day of the races at Krasnoe Selo, Vronsky had come earlier than usual to eat beefsteak in the common messroom of the regiment. He had no need to be strict with himself, as he had very quickly been brought down to the required light weight; but still he had to avoid gaining flesh, and so he eschewed farinaceous and sweet dishes. ”

    (「クラースノエ・スィロウでの競技大会当日、ヴロンスキーは連隊の共同食堂で牛肉のステーキを食べるため、いつもより早めに姿を現した。彼は所要体重まですばやく体重を減らしたので、それほど厳格な節制は必要無かったものの、それでも身体に脂肪が蓄積するのを防ぐため、デンプン質が多い食べ物や甘い味付けの料理を避けた」)

    トルストイがこの小説を発表したのは、1870年代のことです。1863年にウィリアム・バンティングが発表した『Letter on Corpulence, Addressed to the Public』を読んでいたのかどうかは分かりません。
    重要なのは、トルストイが「炭水化物を食べると太る。肉は食べても太らない」という事実を知っていたということ。19世紀後半のロシアにおいて、炭水化物を避ける食事法が知られていた、という事実です。
    フランスの美食家、ブリア=サヴァランは1825年に「体重を減らしたくば、小麦粉・デンプン・砂糖を避けよ」と喝破しています。
    しかしながら、カロリー教の教祖であるカール・フォン・ノールデンが広めたカロリー理論によって、世界中でカロリー信者が増え、世界中に肥満が蔓延してしまいました。

    食欲を満足させ、体重の増加を防ぐという点においても、牛肉のステーキはうってつけの料理かもしれません(味付けはバター、塩・胡椒、香辛料のみ)。

  3. 「肥満は糖質過剰症候群です」という見解は間違っています。
    厚労省の国民健康・栄養調査によると、日本人の炭水化物摂取量は1950年代の410g/日から現在は250gまで4割も減少しています。
    他方、日本人男性のBMI(加重平均、年齢調整済み)は1950年代の21から現在は24と大幅に増加しています。
    「肥満は糖質過剰症候群」とするなら、現在は痩せていないといけませんが、現実は逆です。
    これが客観的な事実です。
    戦後の日本人男性の摂取エネルギーは2000kcalでほぼ一定、増えているのは動物性たんぱく質と脂質です。
    これも客観的な事実です。
    これらを考慮すると、「肥満は活動量不足症候群」というのが正しい見解です。

    1. 大和武尊さん、コメントありがとうございます。

      生理学を無視するわけにはいきませんので、「肥満は糖質過剰症候群」です。
      また、タンザニアの狩猟採集民のハヅァ族の人のエネルギー消費量は欧米人と違いがないという研究があります。
      活動量と肥満とは関連が非常に少ないです。

      また、厚労省の国民健康・栄養調査を示されていますが、その調査票(ここ参照)を
      見ればわかると思いますが、どれだけの人がちゃんと記入しているでしょうか?
      集められたデータの精度は非常に怪しいです。明日の記事でも書きますが、自己申告は通常過少申告になります。

      また日本人で1食で糖質100gなんて珍しくありません。それを3食、それに間食、飲み物で1日に炭水化物を250gしか摂取していない人がどれだけいるでしょうか?
      何を信じるかはご自身の判断で。

      1. 現代は戦後と比較して、炭水化物の摂取量は明確に減少しています。
        食が豊かになり、多様性が増しているのですから当然です。
        調査票が怪しいとか、1日に炭水化物を250gしか摂取していない人がどれくらいいるかとか仰いますが、それこそ主観に過ぎません。
        客観的事実を無視しては、仮説は成り立たず、見解の根拠は崩壊します。
        また、糖質を過剰摂取している若者に肥満が少ないことは、活動量との関係が深いことを示しています。
        肥満は「活動量不足症候群」なのです。

  4. お菓子やスウィーツを始めとして、様々「糖質まみれ」食品が
    販促目的であふれている現代日本。

    とても「炭水化物の摂取量は明確に減少」しているとは、私には思えません。

    1. 鈴木 武彦さん、コメントありがとうございます。

      所詮国が出すデータですから。
      今の疾患まみれの世の中がお米、糖質と関連しているというのは認めたくないでしょう。
      また、以前とは違って、糖質の質も変化していますし。

大和武尊 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です