もしかしたら、我々医師が高齢者ドライバーの事故に加担している可能性がある

高齢者ドライバーの悲惨な交通事故が後を絶ちません。高齢者になってくるとやはり注意力、判断力が鈍ってくる可能性は十分あります。それと共に、高齢者ともなれば様々な疾患、症状を抱えているでしょう。そこで我々医師が様々な薬を処方します。その処方された薬は運転にとって安全なのでしょうか?

いわゆる睡眠薬、眠剤(睡眠導入剤)を簡単に処方してしまう医師もいます。特に高齢者は寝つきが悪いとか、夜間に何度も起きてしまうとか、様々な睡眠に対する訴えをします。そこで睡眠薬を飲んでしまった場合、運転に支障はないのでしょうか?

公益社団法人アルコール健康医学協会のホームページによると次のような記述があります。

道路交通法では呼気1リットル中0.15mg以上アルコールを検知した場合、「酒気帯び運転」としています。これは、どのくらい飲んだ場合でしょうか?

1単位(ビール中びん1本、日本酒1合、焼酎0.6合)のアルコールを飲んだときの血中アルコール濃度は、0.02~0.04%です。これは、呼気1リットル当たりのアルコール量に換算すると、0.1~0.2mgに相当します。つまり、1単位のお酒を飲んだだけで、「酒気帯び運転」の基準値を超えることになります。しかし、これらの数値は個人差が大きいこともあり、お酒を一杯でも飲んだら運転はやめましょう。

また、実際には血中アルコール濃度がこれ以下、0.015%(呼気1リットル中0.07mg)でも、いくつかのことに同時に注意を払うという脳の機能に影響があることがわかっています。これは、すなわち、自動車を運転するときに必要不可欠な、前方・後方の状況を同時に把握する能力が損なわれていることを意味します。「酒気帯び運転」の取り締まりは、医学的にみても、危険な状態とみなされるから行われているのです。

ある研究では、睡眠薬の新規使用者では使用していない人と比べて、自動車の衝突事故リスクの増加と関連していました。(原文はここ
 レスリン(トラゾドン):HR 1.91(95%CI:1.62~2.25)
 マイスリー(ゾルピデム):HR 2.20(95%CI:1.64~2.95)

レスリンは抗うつ薬ですが、睡眠薬として処方する医師もいます。マイスリーは非常に良く処方される睡眠薬です。これらの睡眠薬を使用すると自己のリスクが約2倍になってしまうのです。このリスクの推定値は0.06%から0.11%の間の血中アルコール濃度レベル に相当するそうです。これは酒気帯び運転の中でも、 「呼気1リットル中のアルコール濃度0.25ミリグラム以上」という重い罰則の基準値を十分に超える血中アルコール濃度レベルに相当するのです。

つまり、睡眠薬を飲んだ状態は人により、ビールの中びんを2~3本飲んだ状態と何ら変わらない可能性があるのです。これがさらに高齢者であれば、もっと危険な状態になり得ることは十分に考えられます。

これは睡眠薬だけではなく、同じ作用の抗不安薬などでも同じことです。

さらに、抗うつ薬も運転に支障があると考えられます。自動車運転に対する抗うつ薬の影響を検討した大部分の研究は事故リスク増加を報告しています。すべての事故が起こる可能性は1.19~2.03倍の範囲でしたが、致死的な事故が起こる可能性は3.19倍にもなったという報告もあります。

高齢者に対して抗うつ薬は割と多く処方されています。しかも、サインバルタのように名目的には「鎮痛剤」の顔をした抗うつ薬があることも非常に問題です。(「サインバルタ今度は変形性関節症に伴う痛みに適応拡大!大丈夫か?」など参照)

そして、リリカは非常に強い眠気、ふらつきの副作用があることが有名です。(「リリカの安易な使用は止めるべし!」参照)若い人でも非常に強い眠気があるのに、高齢者であればなおさら注意が必要です。判断力や注意力がかなり鈍くなってもおかしくありません。トラムセットやトラマール(トラマドール)でも同じことです。

つまり、中枢(脳)に作用する薬を高齢者が飲んだ場合、酒気帯び運転と変わらない状況になるのかもしれないのです。

高齢者はたくさん薬を飲んでいる可能性が高くなります。鎮痛薬という名の中枢に働く薬、そもそも眠気をもたらす睡眠薬などを飲んでいる可能性も高くなりますし、それらを併用していることも珍しくありません。

ある患者さんは80を過ぎて、非常に足も弱っている状態で、自慢気に「運転はまだ全く問題ない!」と言っていました。そして、その方には先ほど書いた中枢に作用する薬が痛み止めとして処方されていました。非常に驚き、非常に腹が立ちました。どう見ても、私にはその方がまともに運転できるとは思えなかったのです。私は冷静に「最近の高齢者の悲惨な事故を知っていますよね?もう運転しない方が良いですよ。私にはあなたが安全に運転できるようには見えません。」と説明しました。しかし、本人は笑っていました。人それぞれ様々な事情があることはわかりますが…

年齢だけで全てを決めるのは難しいです。住んでいる地域によっても事情が異なったり、どれだけの援助が受けられるかによっても違いがあるでしょう。様々な問題があると思われます。しかし、医療が関わっている場合、薬の処方は医師が決定します。高齢者ドライバーに少しでも中枢に働く薬を処方したのなら、必ず運転中止を説明するべきでしょう。「注意をして運転してください」では何も言っていないことと同じです。何を注意するのでしょうか?

事故を起こした高齢者ドライバーが薬を飲んでいたかどうかはわかりません。そのような観点から報道もされません。しかし、非常に重要なことだと思います。マスコミもそのような観点から問題提起をすべきだと思いますが、製薬会社はスポンサーなので難しいのでしょう。

薬内服状況で取り締まりはできませんが、中枢に働く薬を飲んだ時点で運転を制限する法律などが必要だと思います。ご家族の方もどんな薬を飲んでいるのかを注意するようにしてください。

我々医師も高齢者ドライバーの事故に加担している可能性があることを自覚すべきです。運転をするなら、該当する薬は処方しないなどの規制も必要でしょう。

「Depression, antidepressants and driving safety」

「うつ病、抗うつ薬および安全運転」(原文はここ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です