除脂肪量ハイパーレスポンダーにおけるスタチン中止と糖質制限開始後の冠動脈疾患の急速な進行?

今回紹介する抄録はAHA Scientific Sessions 2023という学会の発表だと思われますが、非常に悪意が感じられます。除脂肪量ハイパーレスポンダー(lean mass hyper-responders:LMHR)と名付けられた表現型の人は、糖質制限をするとLDLコレステロールが大きく増加します。私もその一人です。一応このことを研究しているグループの定義は、LDLコレステロール200mg/dL以上、HDLコレステロール80mg/dL以上、中性脂肪70mg/dl以下です。

この症例報告ではLMHRの人がスタチンを中止してケトン食を始めたら急速に冠動脈疾患が進行したというのです。抄録なので詳細な中身はわかりませんが、なぜこれがアクセプトされ、発表ができるようになったのか理解できません。まあ、学会発表レベルなので、査読というほどのものはないのかもしれません。発表の題名は「Rapid Progression of CAD After Stopping Statin and Starting a Ketogenic Diet in a Phenotypic Lean Mass Hyper-Responder」「表現型の除脂肪量ハイパーレスポンダーにおいてスタチンを中止しケトン食を開始した後のCADの急速な進行」です。

症例は心臓の下壁のST上昇型心筋梗塞(STEMI)を呈する51歳の男性。BMIは23。以前に冠動脈の左前下行枝近位部にPCI(経皮的冠動脈インターベンション:カテーテルで狭くなった冠動脈を広げる治療)を受けていて、高血圧と脂質異常症も既往と早期の冠動脈疾患の家族歴がありました。さらに以前のカテーテル検査で右冠動脈の遠位部に中等度の狭窄がありました。最初の冠動脈のPCI後からスタチンの一つアトルバスタチンが処方されていて、その2年半後に筋肉痛のためスタチンを中止しました。彼はスタチンを2年半の間服用し続けました。この期間はプラーク進行のさらなる測定が行われていません。スタチン開始前のデータで、「総コレステロール207、LDL131、HDL43、中性脂肪67で、BMIは正常で、LMHR表現型と同様の特性を持っていました。」と書かれていますが、LMHRの定義に合っているのは中性脂肪だけです。

アトルバスタチン80mgの投与が開始され、LDLは44に減少しました。スタチンを中止した後、コレステロールと冠動脈疾患を管理するためにケトン食を開始しました。

そして、ケトン食開始からどれほどの時間、期間が経ったのか全く書かれていません。全く不明の時間の経過後、下壁のST上昇型心筋梗塞(STEMI)を起こしました。右冠動脈中間部の95%の狭窄と右冠動脈の遠位部の99%の閉塞が明らかになり、2本の薬剤溶出ステントで治療を受けました。右冠動脈は以前のカテーテルですでに中等度の狭窄を認めている冠動脈です。スタチン治療の2年半の間に進行していても何ら不思議ではありません。STEMIを起こした時のデータでは、総コレステロールは388、LDL301、HDL73、TG71、Lp(a) 155nmol/Lでした。この時点でも厳密にいえばLMHRの定義に合致しておらず、合致しているのはLDLだけです。

アトルバスタチン80mgの再開とPCSK9阻害薬のアリロクマブまで投与されて、彼のLDLコレステロールは14まで低下しました。恐ろしい。

定義的にもLMHRに当てはまらず、しかもすでに治療が必要だった重篤な冠動脈疾患があったことや家族歴を含めて、ケトン食を始めるまでの状態がかなり悪い人を対象にして、無理やりケトン食の危険性を発表するというのが、悪意しか感じません。ケトン食で「急速に」進行したのかどうかも全くわかりません。

スタチンは冠動脈の石灰化を促進します。アトルバスタチン80mgで線維アテロームが10%増加するという研究もあります。(ここ参照)

この症例の冠動脈疾患の進行が、スタチンの中止とケトン食の開始によって起きたという証拠はありません。Lp(a)の増加を持ち出していますが、糖質制限で本当にLp(a)は増加するのでしょうか?まあ、一般的には心血管系の専門家の間ではLp(a)はアテローム性動脈硬化症の危険因子とされていますが、恐らくはLDLコレステロールと同様に本当は大して関係ないと思われます。しかも、脂質、飽和脂肪酸を減らすと、有害と考えられているLp(a)は増加してしまうのです。(「最近LDLコレステロールからLp(a)およびApoBにシフトしてきている その2」「頸動脈プラークに関係するのはLp(a)よりも血糖値」など参照)

是非、この症例報告の発表後、論文化してほしいものです。ウソがばれるので論文化はできないと思いますが。。

 

「Rapid Progression of CAD After Stopping Statin and Starting a Ketogenic Diet in a Phenotypic Lean Mass Hyper-Responder」

「表現型の除脂肪量ハイパーレスポンダーにおいてスタチンを中止しケトン食を開始した後のCADの急速な進行」(原文はここ

2 thoughts on “除脂肪量ハイパーレスポンダーにおけるスタチン中止と糖質制限開始後の冠動脈疾患の急速な進行?

  1. 歯科医の方が読んでいらしたら
    申し訳ありませんが、
    世の中には「予防歯科」は
    儲からない、甘い物を食べさせて
    虫歯の患者を増やせ!
    と考える歯科医も一部いらっしゃる
    との話。

    糖質制限、スタチン問題も同様の
    構造に見えます。

    1. 鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。

      ほとんどの歯科医は糖質が虫歯の原因だと知っているので、甘いものを推奨している歯科医はほとんどいないと思います。
      スタチンは糖質の問題を別の問題にすり替えているのが悪いのです。

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