睡眠薬と死亡率およびがんとの関連

眠れないとすぐに睡眠薬を処方してほしいという患者がいます。私は基本的に睡眠薬を新規には処方しません。様々なアドバイスをします。そのうち要求はしてこなくなりますが、他の医師に処方してもらっているのかもしれません。

不眠になるには原因があります。その原因を取り除かずに睡眠薬に安易に頼ると、すぐに依存になってしまう可能性が高くなります。(「ベンゾジアゼピン(眠剤や安定剤)は1か月で半数が依存になる」参照)依存になれば、ずっと患者のままでいてくれて、ずっと通ってくれるので、医療側としては良いでしょう。

さて、この睡眠薬果たして安全なのでしょうか?

今回の研究では、睡眠薬の使用と死亡率、がん発症率との関連を分析しています。平均年齢54歳の睡眠薬を処方されている10,529人と処方されていない対照群23,676人を平均2.5年追跡しました。睡眠薬の処方群は、非処方群と比較して、様々な心血管疾患や心不全、糖尿病、高血圧、肥満など多くの併存疾患を有している割合が高くなりました。睡眠薬の有無のそれぞれの群において、その併存疾患が一致する人で、他の様々な調整をして、死亡率とがん発症率を見てみましょう。ゾルピデム(商品名マイスリー)、テマゼパム(日本未発売)は個別に分析しています。(図は原文より、表は原文より改変)

睡眠薬死亡がん
HR (95% CI)HR (95% CI)
すべての睡眠薬: 投与量/年
 睡眠薬なし11
 0.4~18錠/年、平均8錠3.60 (2.92 ~ 4.44)0.86(0.72~1.02)
 18~132錠/年、平均57錠4.43 (3.67 ~ 5.36)1.20(1.03~1.40)
 >132錠/年、平均469錠5.32 (4.50 ~ 6.30)1.35(1.18~1.55)
ゾルピデムのみ: mg/年
 ゾルピデムまたは他の睡眠薬を服用していない11
 ゾルピデム 5~130mg/年、平均60mg3.93 (2.98 ~ 5.17)0.79(0.60~1.04)
 ゾルピデム 130~800mg/年、平均360mg4.54 (3.46 ~ 5.95)1.07 (0.83 ~ 1.39)
 ゾルピデム >800 mg/年、平均 3600mg5.69 (4.58 ~ 7.07)1.28(1.03~1.59)
テマゼパムのみ: mg/年
 テマゼパムまたは他の睡眠薬は使用していない11
 テマゼパム 1~240mg/年、平均98mg3.71 (2.55 ~ 5.38)0.48(0.30~0.77)
 テマゼパム 240~1640mg/年、平均683mg4.15 (2.88 ~ 5.99)1.44 (1.05 ~ 1.98)
 テマゼパム >1640mg/年、平均 7777mg6.56 (5.03 ~ 8.55)1.99 (1.57 ~ 2.52)

上の表はすべての睡眠薬およびゾルピデムとテマゼパムの年間の使用量と死亡率、がん発症率のリスクを示しています。驚くべきことに、たった年間18錠未満でも死亡リスクは3.6倍にもなっています。使用量が増加するとさらにリスクは増加し、132錠を超えると5.32倍死亡リスクが増加します。マイスリー(ゾルピデム)も同様です。

がんは年間18錠以上になると1.2倍になり、132錠を超えると1.35倍です。ゾルピデムは132錠を超えると1.28倍です。

上の図は年齢層別の睡眠薬の使用の有無による生存曲線です。青い線の方が睡眠薬非使用群、オレンジ色が睡眠薬使用群です。同じ年齢層で比べると、明らかに使用群の方が死亡率が高いことがわかります。非使用群の75歳超の線と使用群の50-65歳群と生存率が同じ程度です。

上の図はすべての睡眠薬でのがんの種類による死亡リスクです。上から食道がん、膀胱がん、リンパ腫、白血病、メラノーマ、子宮がん、肺がん、結腸がん、前立腺がん、乳がん、すべての他のメジャーながん、メラノーマ以外の皮膚がんです。食道がんとリンパ腫、肺がん、結腸がん、前立腺がん、他のメジャーながんはリスクが高くなっています。

年間18錠未満でも死亡リスクが大きく増加するというのは驚きです。これほど少ない量でリスクが増加するのですから、睡眠薬そのものが死亡リスクを増加させたり、発がん性があるのかというのはちょっと疑問です。でも併存疾患が一致した人を比較していますから、睡眠薬そのものがリスクを上げた可能性も十分にあります。実際に睡眠薬を使用すると、それが次の日も残り、運転中の事故や転倒などが増加するでしょう。睡眠中も舌根が沈下して睡眠時無呼吸も増加するでしょう。

睡眠薬はうつ病の発症増加にもつながります。(ここ参照)

がんとの関連もいくつもの研究で発症リスク増加を指摘しています。(ここ参照)

一番は、不眠を起こすような状態、生活習慣、食習慣を改善せずに、睡眠薬に頼る、医療に依存するというのが問題なのでしょう。睡眠薬使用者が持つ併存疾患はほとんどが糖質過剰症候群です。また、糖質過剰摂取は睡眠の質を低下させます。(「不眠も糖質過剰症候群」「糖質制限は睡眠を改善する」「睡眠中の代謝の変化」「糖質制限と睡眠」「糖質制限は睡眠の質を改善する」など参照)

もちろん、糖質はがんのエサなので、糖質過剰摂取はがんのリスクを増加させます。

睡眠薬に手を出さず、糖質制限をしましょう。

「Hypnotics’ association with mortality or cancer: a matched cohort study」

「睡眠薬と死亡率またはがんとの関連:マッチドコホート研究」(原文はここ

5 thoughts on “睡眠薬と死亡率およびがんとの関連

  1. 先生

    いつも勉強になる内容、ありがとうございます。

    別件ですが質問がございます。

    中枢神経である脳のエネルギーはケトン体と糖質というのは分かるのですが、末梢神経のエネルギーも同じも考えてよろしいでしょうか?

    1. 岩吉新さん、コメントありがとうございます。

      末梢神経系にはモノカルボン酸トランスポーター(MCT)がありますので、
      ブドウ糖だけでなく乳酸、ケトン体などをエネルギー源にできます。
      基本的には肝臓とミトコンドリアを持たない赤血球以外はケトン体をエネルギーにできると思います。

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