LDLコレステロールは「悪玉」、HDLコレステロールは「善玉」という決めつけが一般的に広がっているだけではなく、医師の中にも本気でそう考えている人が多いでしょう。もちろん、私の記事の多くにはHDLコレステロールは高い方が良いという感じで書いています。しかし、HDLコレステロールは高ければ良いってものではありません。
高すぎるHDLコレステロールは逆に死亡率を増加させるという研究はいくつもあります。最近出た研究を取り上げてみましょう。
今回の研究は40~72歳(平均年齢62.1歳)の冠動脈疾患のある英国バイオバンク (UKB) に登録された14,478 ⼈を対象としています。さらにエモリー⼼臓⾎管バイオバンク (EmCAB) の冠動脈疾患のある5,467⼈(平均年齢63.8歳)でも分析しています。
HDLコレステロール値に従い、30mg/dL以下、30-40mg/dL、60-80mg/dL、80mg/dL以上の4つのグループに分けています。80mg/dL以上というと糖質制限をしている場合、簡単にクリアできてしまう人も多いでしょう。(図は原文より)
上の図のAとBは全原因死亡のリスク、CとDは心血管疾患死亡リスクです。HDLコレステロールが55である人と比較すると、HDLが増加する方がリスクが高くなるように見えます。HDLが低いよりも高い方がリスクが高くなっています。
上の図はHDLが40~60である人を基準として、80以上または30以下の人でのリスクはどうなのかを示しています。HDLコレステロールが80以上だとなんとリスクは1.96倍または1.63倍です。30以下よりもリスクが高いです。心血管疾患死亡リスクも同様に、80以上だと1.71倍または1.57倍でこれも30以下よりもリスクが高いです。
では、どうしてこうなるのか患者背景を見てみましょう。
背景を見ても、30以下の人よりも80以上の人の方が女性が多く、高血圧はやや少なく、糖尿病や心臓発作歴は少なく、頻繁に飲酒する割合は多く、喫煙はやや少なく、BMIの平均は少なく、総コレステロールおよびLDLコレステロールは高く、中性脂肪は低く、炎症のCRPも低くなっています。つまり、ほとんどのデータは80以上の群の方が健康的な数値に近いのです。不健康な要素は頻繁な飲酒だけです。
アルコール摂取はHDLコレステロールを増加させます。しかし、アルコールだけで説明はつかないでしょう。遺伝的な要素もほとんどないことはこの研究では示唆されています。一つの交絡因子として考えられるのはアスピリンの使用の差です。心血管疾患にとって血栓は重要です。その血栓を形成されづらくするアスピリンの効果は交絡因子として考えるべきでしょう。HDLが30以下の群では82.6%がアスピリンを使用していたのに、80以上では67.8%でした。でもこれだけでも弱いですね。
正直言って、糖質制限のHDLコレステロール上昇が本当に健康的なのかどうかというのはエビデンスは存在しません。糖質制限でHDLコレステロール上昇は起こりますが、それが心血管疾患や死亡率を減少させたという研究が存在しないからです。ただ、私は単にHDLが「善玉」だから糖質制限でHDLコレステロール上昇は有益だと言っているわけではありません。
LDLと同様にHDLも量よりも質が重要だと考えています。この研究の参加者のほとんど全ての人は糖質過剰摂取です。糖尿病であるかどうかは別としても、十分に糖質過剰摂取で、HDLが80以上の集団でさえ平均のBMIは25を超えます。そうすると80以上もあるHDLは非常に質の悪いHDLである可能性が高いでしょう。逆に糖質過剰摂取なのにHDLが80を超えていること自体が異常なのかもしれません。どのような異常なのかは今の私の知識では説明できません。
HDLにはコレステロール逆転送以外にも抗酸化作用や抗炎症作用など様々な作用があると考えられています。以前の記事「LDLコレステロール値が高いだけではアテローム性動脈硬化は起こらない その2」で書いたように、LOX-1という受容体が活性化されると、内皮機能障害、単球接着、酸化ストレスの増加、泡沫細胞形成、血管平滑筋増殖、および血小板活性化などが起こり、これらの一連のことが、炎症誘発性であり、血栓形成促進状態になり、プラーク形成およびその進行をもたらします。そして、変性したHDLはLOX-1を活性化します。また、以前の記事「HDLの糖化は機能障害を起こす」で書いたように、PON1と呼ばれるHDL中に存在する抗酸化酵素の活性が低下してしまうと、HDLは抗酸化作用、抗炎症作用を発揮できなくなり、機能障害を起こすと考えられます。
健康なHDLは善玉だと一般的には考えられていますが、PON1の活性が低下してしまった変性したHDLは悪玉であり、LOX-1を介して、活性酸素産生の増加、内皮細胞への単球接着の増加、血管拡張作用のあるNOの産生抑制などを起こしてしまうのです。
PON1は冠動脈疾患では健康な人の約1.5倍、糖尿病では約2倍糖化して、PON1の活性は糖化すると約60%減、糖酸化すると活性は80%以上減となります。つまり、糖質過剰摂取により高血糖を起こせば、PON1の活性は大きく低下し、HDLが変性して機能障害を起こすと考えられるのです。
つまり、ただ単にHDLコレステロールが高いことが良いのではなく、糖質制限で高血糖を起こさない状態の機能不全を起こしていない高HDLコレステロールは健康的だと考えられます。糖質過剰摂取なのに非常に高HDLコレステロールになるのは何か裏があると考えられます。それは何かわかりませんが。
次回以降ではもう少し深いところに行きたいと思います。
「Association Between High-Density Lipoprotein Cholesterol Levels and Adverse Cardiovascular Outcomes in High-risk Populations」
「高リスク集団における高密度リポタンパク質コレステロール値と有害な心血管転帰との関連」(原文はここ)
善玉、悪玉の呼び名は分かり易くて
受け入れられていますが、
HDLもLDLも様々なんですね。
ただ、糖質過剰摂取が良くないのは
確かだと思います。
糖質が蔓延している中、
スーパー糖質制限の意識で丁度良い、
と思われます。
鈴木武彦さん、コメントありがとうございます。
ハリウッド映画と同様、正義の味方のヒーローと悪役の対決という図式はわかりやすいですね。
でも人間の体がそんな単純なわけがないです。LDL=悪玉、HDL=善玉と決めつける専門家は
無知でしょう。
清水先生、いつも勉強させていただいています。
LDLは、酸化LDLやsdLDLのように、本当に健康に問題があるものが特定されてきている一方、HDLはそういうことが言われていないように思います。HDLは高ければいい、と思われがちです。
今回の記事は、HDLのPON1の活性が重要という、興味深いものです。HDLとTGの比も重要だと思いますが、このようなことを含め、糖質過剰、制限との関連がわかってくればいいと思いました。
じょんさん、コメントありがとうございます。
HDLに限らずLDLなどもすべてがわかっているわけではありません。
それなのに善と悪に分けることが問題です。
しかし、HDLと糖質の関連はいくつもわかっていることもあります。
専門家はそれを認めてしまっては薬を処方できなくなってしまうし、
糖質制限を認めざるをえなくなるので、ダンマリなんでしょう。