前回の「食事を変えれば認知症を逆転できる 認知症逆転プロジェクトその1」では、脳の血流量の確保について書きました。今回は「2.脳のエネルギーの低下」についてです。
脳は非常にエネルギーを消費します。たった1300gの臓器なのに、体全体の20%ものエネルギーを消費します。しかし、実は「脳はエネルギーの大半を何に費やしているのか」ということは詳しくはわかっていません。恐らく、自分の知らないところで脳が勝手に情報交換を行い、様々な信号のやり取りを行っているのでしょう。エネルギーの大部分は自分の意思と関係ないところで消費されている可能性が高いと思われます。しかし、その自覚していない脳の勝手な働きが、我々人間の意識や高度な頭脳を保っているのだとも言えます。
脳へのエネルギー供給は絶え間なく行われなければなりません。その点で前回に書いたように、脳血流量は非常に重要です。そして供給が行われても、今回のテーマである、脳のエネルギーが低下してしまうことが起こります。
脳のエネルギー源は主に「ブドウ糖」です。よく間違った表現では、「ブドウ糖だけ」と言っている人がいます。私のブログを読んだり、糖質制限を行っている人はもう耳にタコができるほどこの間違いを聞かされているでしょう。脳のエネルギー源は主にブドウ糖ですが、それ以外にエネルギー源として、「ケトン体」を使うことができます。絶食が続くと60%~70%前後のエネルギーをケトン体から賄っているとも考えられています。(「脳のケトン体の利用は標準装備」など参照)
現在認知症である人は、恐らく通常の食事である糖質たっぷりの食事をしていると考えられるので、エネルギー源は100%ブドウ糖でしょう。しかし、これが問題なのです。
現在では、脳がブドウ糖を利用できているかどうかを検査で調べることが可能です。以前の記事「ほんのわずかな空腹時血糖の増加でさえ、脳はアルツハイマー様のパターンの反応になる」で書いたように、空腹時の血糖値が100~110mg/dLというの軽度の上昇であっても、脳はアルツハイマー病のようなパターンを示すという研究があります。アルツハイマー病では脳のある部分で特徴的なブドウ糖の取込みの低下を認めるのですが、そのようなパターンが、まだ認知症になっていない段階で確認されているのです。
さらに「20代の若者でもインスリン抵抗性で脳のグルコースの代謝が低下する」で書いたように、20代でもインスリン抵抗性があると、すでにブドウ糖の取込みが悪くなっているのです。
脳はインスリンに依存しないブドウ糖の取込みをしている部分が多いのですが、認知症に関わる海馬などは筋肉などと同じようにGlut4があり、インスリン抵抗性があるとブドウ糖の取込みが悪くなると考えられます。もちろん海馬にはGlut4だけではないのですが、少しのブドウ糖の取込みの低下が蓄積して、10~20年して認知症になるという可能性は高いと思っています。
さらに、高血糖、インスリン抵抗性は脳の血管拡張を妨げると考えられており、前回の記事で述べた脳血流量を低下させると考えられます。脳でのインスリンの役割は非常に多く、ブドウ糖の取込みだけではありません。その大きな役割のインスリンの効果が低下するというのは非常に脳にとってダメージとなります。
また、果糖は高血圧の原因とも考えられています。恐らく血管拡張を妨げているのでしょう。糖質制限により高血圧が改善する人が大勢います。果糖をはじめとする糖質を制限すると、食後高血糖、インスリン抵抗性も改善し、血管の拡張作用が改善します。動脈硬化がそれほど進行していなければ、糖質を制限するだけで脳の血管拡張が復活し、脳の血液量を確保できるはずです。
糖質過剰摂取をしている限り、認知症の逆転は「無理」、「不可能」です。認知機能の低下した場合に甘いものを異常に食べたがる人もいます。これは食べても食べても脳の細胞ににブドウ糖が供給されないから行っているのかもしれません。
認知症では脳のエネルギー源であるブドウ糖が使えない状況にあるので、そのかわりにケトン体を供給してやれば脳の細胞はエネルギー低下を起こさなくても済むことになります。
認知症の逆転には食事で糖質を思い切って制限し、ケトン体質を作り上げることが必要になります。
「年老いてきたので、好きなものを好きなだけ食べさせてあげたい」と思っているのであれば、それも仕方がないことです。認知症の逆転の道はありません。それは考え方の違いです。しかし、「まだ元気でいて欲しい。死ぬまで自分や家族のことがわかる状態でいて欲しい。」と思うのであれば、食事を変えなければなりません。
「ケトン食は高齢者の認知機能を向上させる」で書いたように、1回のケトン食だけでも一時的な認知機能の向上が認められています。糖質制限と共にココナッツオイルやMCTオイルを上手く使って、ケトン体をいっぱい脳に送り込むことが重要なことになります。
そして、もう一つ重要なことは、エネルギーはミトコンドリアが作っているということです。ミトコンドリアはブドウ糖やケトン体を使って、実際に使うことができるエネルギーを生み出します。このミトコンドリアが弱っていては十分なエネルギーが作られません。インスリン抵抗性はこのミトコンドリアの機能も低下させます。
さらに、ミトコンドリアに害を及ぼす可能性のある薬も止めなければなりません。
最もやめなければならないのは「スタチン」でしょう。アイルランドのサルタン教授は次のように言っています。
“Statin is contra-indicated for any patient over 62 years of age, any women and all children”
「スタチンは、62歳を超える患者、女性およびすべての子供に禁忌である。」
スタチンがミトコンドリアの機能に非常に重要なCoQ10という物質の体内合成を阻害することは確かなことです。スタチンの服用後2週間で血液中CoQ10濃度は25~50%減少することが報告されています。元気で食欲もあり、肉や魚をたくさん食べていれば、肉や魚からCoQ10をたくさん補給できるかもしれません。しかし、高齢になり、食事量も低下し、主食ということだけで白米は欠かさず食べ、野菜は健康的という理由で、多少の野菜でお腹を満たしていたのではCoQ10の摂取量は減ってしまいます。そこに追い打ちをかけるようにスタチンを投与すれば、CoQ10はかなり少ない状態であると思われます。そうしたらミトコンドリアの性能はガタ落ちです。
それ以外にもミトコンドリアには様々なビタミンや微量栄養素が必要です。白米と野菜だけでは到底満たされません。肉や魚、卵は必須の食材です。
さらに、悪い薬はPPI(プロトンポンプ阻害薬)です。報告により様々で範囲が非常に広いですがPPIによって認知症の相対的リスクは4%〜80%増加するとされています。(「PPI(プロトンポンプ阻害薬)の暗黒面 その2」「逆流性食道炎と認知症」など参照)
PPIは胃酸分泌を止めてしまいます。しかし、人間の体は胃酸があって初めて正常な消化吸収ができるのです。PPIによって非常に重要な栄養の吸収が悪くなってしまうのです。その中にはミトコンドリアに必要な栄養素もあると思われます。ですからPPIも止めなければなりません。
これ以外にも頻尿の薬「抗コリン薬」や眠剤などの「ベンゾジアゼピン」、「リリカ」や「ガバペン」やそのほか脳に働くと考えられる薬は止められるならやめた方が良いでしょう。また高齢者によく処方される鎮痛薬「セレコックス」も動物実験上では脳の血管拡張を妨げると考えられていますので、止めた方が良いでしょう。いずれにしても糖質制限をすればこのような薬の多くは必要なくなってくるでしょう。
ミトコンドリアの機能が高まると、ATPの代謝も上がり、脳血管の拡張も起こりやすくなるという好循環になります。
さらにミトコンドリアを元気にするには運動が効果的です。できる限り日常の生活に運動を取り入れることが重要です。歩くことからで構いません。できるなら少し息が上がる程度、薄っすらでも汗をかく程度まで運動ができるとなお良いでしょう。
食事で何を食べるかの優先順位も考えるべきでしょう。最も重要なタンパク質を肉と魚と卵から摂りましょう。肉も卵も年齢と共に減らしたほうが良いと考えるのはやめるべきです。卵は非常に多くの栄養素が詰め込まれている、栄養の宝庫です。卵に多く含まれているコリンは脳のアセチルコリンという物質の材料です。そして、コリンの摂取量が多いほど認知機能が高いというエビデンスもあります。卵にも肉にもミトコンドリアに必要な様々な栄養素がいっぱい含まれています。特に豚肉はビタミンB群が豊富です。ビタミンB群はミトコンドリアに必須です。
また、魚の脂はオメガ3が豊富です。オメガ3も脳に非常に重要と言われ、アルツハイマー病のリスクを軽減し、症状を改善すると言われています。サプリメントのオメガ3には含まれていない形のものが魚には含まれていると言われているので、魚を食べる方が良いです。
ですから、肉も魚も卵も毎日たくさん摂った方が脳に良いのです。
また細胞膜は脂質でできています。毎日良質な油をたっぷり摂ることにより、細胞を生き生きさせることができるのです。魚のオメガ3だけでなく、ココナッツオイル、オリーブオイル、バターなど良質の油をしっかり摂る必要があります。
今まで一般的に健康的だと言われてきた食事、逆に避けた方が良いと言われてきた食事は忘れてしまいましょう。ただの神話です。
認知症を逆転する方法をまとめます。
1.糖質制限を行う。糖質を制限せずに逆転は不可能である。
2.血圧が低めになっていれば、降圧薬を調整して血圧を少し高めに維持する。
3.水分摂取量を増加させ、血液量を増やす。
4.ケトン体を増加させる、ココナッツオイルやMCTオイル、バターなどを積極的に摂る。
5.良質のタンパク質である肉、魚、卵を積極的に食べる。
6.油も良質の油を使用する。サラダ油は絶対使わないようにする。
7.間食したい場合は、ナッツやチーズや卵や煮干し、スルメなど糖質をほとんど含まないものにする。
8.できる限り運動を行う。まずは歩くことからでもOK。
9.様々な薬を見直し、必要がないものはやめる。特に、スタチン、PPI、睡眠薬、抗コリン薬などは糖質制限がしっかりできていれば、まずは必要がない薬である。
10.薬で認知症は逆転できないことを心得て、自分(家族)の判断で可能な限り早く上記の実行を開始する。
そうすれば認知症を逆転できる可能性が非常に高くなります。
医療に頼らなくても誰でもできることは、この2つです。
「脳の血流量を上げること」と「脳のエネルギーを確保すること」です。
この2つで多因子性の認知症の多くの因子をカバーできると考えます。
「Is insulin resistant brain state a central feature of the metabolic-cognitive syndrome?」
「インスリン抵抗性脳状態は代謝 – 認知症候群の中心的特徴であるか?」(原文はここ)
「Insulin in the brain: its pathophysiological implications for States related with central insulin resistance, type 2 diabetes and Alzheimer’s disease」
「脳におけるインスリン:中枢インスリン抵抗性、2型糖尿病およびアルツハイマー病に関連する状態の病態生理学的意」(原文はここ)
いつも、大変有益な情報を、reference付きで発信していただき、ありがとうございます。
この記事も、うちの家族に読ませたいところですが、なかなか一般人の権威主義の壁は堅固なようで、悩ましいです。
ところで、こちらタイポではないかと思いましたので、コメントしました:
「細胞壁」→ 「細胞膜」?
ではでは〜
浦賀墨さん、コメントありがとうございます。
ご指摘の間違いは修正させていただきました。ありがとうございました。
他人であれば、傍から見ていれば良いかとも思いますが、自分の家族なら何とかしたいと思うのが当然です。
しかし、自分以外の人間をコントロールすることは、たとえ家族であってもできません。
本当に悩ましいところですよね。
認知症になり、病院で診断を受けて薬が処方されて、その薬の副作用が出たときに、
「何かおかしい?」と気付くパターンが多いですね。
しかし、本当はその前に対処したいものです。