以前の記事「食事を変えれば糖尿病を逆転できる」では、食事を変えることにより2型糖尿病が早期に改善し、逆転できる可能性が高いこと書きました。
今回は認知症の逆転です。認知症は非常に弱い臓器である脳の疾患であることや非常に多因子性であることなどから、2型糖尿病の様に大逆転は難しい場合もあるかもしれませんが、野球に例えれば、試合の半ばでコールドゲームになっていたところを延長戦には持っていけると思っています。
勝手に「認知症逆転プロジェクト」と名前を付けさせていただきました。n=1になる勇気がない方、現在の医療を深く信じ込んでいる方、しっかりとしたエビデンスが出ていないと嫌な方、現在の主治医に申し訳ないからと思う方、自己判断は危険だと思っている方などはこれ以上読む必要はありません。
アルツハイマー病はこれまで「アミロイドβ」というタンパク質が脳に蓄積して脳の細胞が破壊されて認知症になると考えらてきました。しかし、そのアミロイドβを取り除く手段は現在のところありません。様々な高度な検査をして脳の機能低下などを検査しても、治療はほとんどコリンエステラーゼ阻害薬と言われる抗認知症薬(アリセプト、ドネペジル、リバスタッチ、レミニールなど)とプラスアルファが処方される程度でしょう。コリンエステラーゼ阻害薬にはアルツハイマー病に原因を改善したり、進行そのものを抑える効果は全くありません。
このような抗認知症薬を使っている間にも、その裏ではどんどん病気は進行してしまいます。
アルツハイマー病は様々な因子が複合的に関連していると考えられていますが、薬に頼っているのではなく、自分自身や患者の家族ができることはあります。しかも、それが最も多くの因子を改善し、認知症の逆転につながると信じています。全く科学的根拠がないものではありません。
様々な科学的根拠のパズルをつなぎ合わせると、認知症の原因は次の2つの点が最も大きなものであると考えられます。
1.脳の血流量の低下
2.脳のエネルギーの低下
たったこの2点がアプローチ可能であり、重要なものだと考えられます。食事を変えることと、現在処方されている薬のうちでこの2点を促進している薬を止めることで、この2点を改善することができるのです。さらにこれに運動を加えるともっと良い結果が出ると思います。
今回はこの2点のうち「1.脳の血流量の低下」について書いていきます。
(図は原文より)
上の図は脳機能低下と時間経過との間の相互作用の仮説です。赤い線は脳機能、青い線は脳の血管調節、紫はプラーク、神経原線維変化、シナプス喪失などの神経病変を表し、横軸は年齢、縦軸は左端を100%とした割合を示しています。図の左側を潜在期、真ん中を前駆期(軽度認知障害(MCI)の状態)、右側が病気を発症した、つまり認知症の状態です。
この考えでは、まず初めに脳の血管調節機能が低下し始め、それに遅れて段々と脳の機能が低下していきます。さらに脳の神経病変はだんだん増加し、5~10年かけて認知症が現れるのです。
脳は低酸素、低血糖、血流量低下に非常に弱い臓器であり、ほんのわずかな間でも血流が途絶えると重大な障害を起こします。血液が流れなければ酸素もエネルギーもその他の栄養素も脳の各細胞に届けられないのです。ですから通常脳は一定の血流が保たれています。
(図はここより)
しかし、上の図にあるように年齢とともに脳血流量は低下し、しかも高血圧を伴う人ではさらに血流量が低下している可能性があります。高血圧が重症であると平均血圧が100mmHg以下になるとさらに血流量が低下することを図は示しています。
高血圧は認知症の危険因子と考えられていますが、それは本当でしょうか?
脳血流量=(平均血圧ー頭蓋内圧)/脳血管抵抗ですから、頭蓋内圧を一定と考えれば、脳血流量を増やすには平均血圧を上昇させるか、脳血管抵抗を低下させるかどちらかになります。
加齢に伴い血圧の上昇が起こることがありますが、それは動脈硬化により末梢の血管の抵抗が大きくなるためと考えられています。しかし、私は別の面でも血圧が上昇しているのではと思っています。それは脳の血流確保です。血管抵抗が上がった状態であれば、脳の血流量を確保するには血圧を増加させるしか方法はありません。つまり、血管抵抗が上がった結果として血圧が上昇することはもちろんですが、血管抵抗が上がった状態で脳血流を十分に確保するために人間の体が自ら血圧を上げているのではと考えているのです。
脳の血管の調節は神経を含む様々な調節因子があり、それによって非常にうまく調節されていきますが、年齢と共に動脈硬化などにより段々とその機能が低下することと、調節機能を妨害する薬などの影響を受け、調節が上手くできなくなり、脳の血管が拡張しにくくなります。
つまり、動脈硬化により脳の血管抵抗は上昇したままになってしまっている場合があるのです。そうであれば、血圧を上げて、脳の血流を確保するしか方法はないのです。高血圧は動脈硬化に対する適応なのかもしれません。
そうすると、やみくもに血圧を低下させることは得策ではないことになります。
「高齢者の血圧が高いのは意味がある。何でも正常値にする危険性」で書いたように、降圧薬を使って血圧を低下させると認知機能が悪化するという研究があります。それは、上記のようなメカニズムが考えられるのです。(図はこの論文より)
上の図は追跡期間の中央値9か月での、MMSEという認知症の診断に用いられる検査の得点の変化です。MMSEは30点満点中、23点以下で認知症の疑い、27点以下は軽度認知障害(MCI)の疑いがあると判断されます。また、24時間自由行動下血圧と外来血圧を両方測定しています。
図の縦軸はMMSEの変化、そしてグラフは左の3つが降圧薬を使用した群、右の3つが血圧の薬を使っていない群です。上の方のグラフAは24時間自由行動下血圧測定での昼間の収縮期血圧で、その三分位の境界は、128mmHg以下、129~144mmHg、145mmHg以上で、下の方のグラフBは外来での血圧測定の収縮期血圧で、その三分位は、125mmHg以下、126〜149mmHg、150mmHg以上です。
そうすると、降圧薬を使っている群と使っていない群では見事に正反対の変化を示しています。降圧薬を使っている群は血圧が低い群ほど認知機能が悪化しており、降圧薬を使っていない群では血圧が低い群ほど認知機能の悪化は少なく、外来血圧の最低血圧群では逆に認知機能がアップしている傾向が認められたほどです。
つまり、降圧薬を使っている群の血管は動脈硬化が進んでおり、脳の血流の自動調節能が低下しているので、降圧薬を使って血圧を下げてしまうと脳の血流が低下して、認知機能が悪化するのです。一方、降圧薬を使わなくても正常の血圧を保てている人(つまり三分位の一番血圧が低い群)は、それだけ血管の状態が良く、脳の血流の自動調節能が機能していて、脳血流を確保でき、認知機能の悪化が認められないのだと考えられます。
上の図は降圧薬の使用の有無と収縮期血圧の三分位の関連を、認知症のグループ(図の上の方のA)と軽度認知障害(MCI)のグループ(図の下の方B)で分析しています。どちらも先ほどと同様に、降圧薬を使用している群では血圧低下と共に認知機能の悪化を認めます。しかし、降圧薬を使っていない群では認知症のグループでやや最も血圧が高い群で認知機能の悪化の傾向は認めるものの、とりわけMCIグループでは血圧と認知機能の悪化の関連は認めません。
ふたつの結果をまとめると、認知機能が悪化する人のほとんどは、降圧薬を使って血圧が一般的な正常値に低下した人だけなのです。このような認知機能の悪化は医療による医原性の悪化なのです。
「認知症になる前の14年間を追ってみると・・・」で書いたように、認知症を発症する以前から認知症にならない方に比べて血圧が低くなっています。
また、以前の記事「高齢者は血圧を下げすぎてはいけない! その3」で書いたように、収縮期血圧が110mmHg未満であると、高齢者では転倒や失神のリスクが高くなるのです。それは血圧が低くなりすぎると脳の血流量が低下しているという証拠でもあります。
さらに「高齢者は血圧を下げすぎてはいけない! その2」で書いたように、認知機能の低下が起きている場合、収縮期血圧が160-179mmHgの人と比較して収縮期血圧が120mmHg未満の人は1.64倍、収縮期血圧が120~139mmHgの人は1.32倍の死亡リスクを増加するのです。
このように、アルツハイマー病は血管機能障害がベースにあるのではと考え、血管性認知症と病理学的に重複することも多く、アルツハイマー病と血管性認知症を区別する必要はないのでは、と考えている人もいます。
さらに、脳血流の低下はアルツハイマー病の脳機能障害の原因にもなっているアミロイドβの脳からの洗い流しを低下させます。脳の血流を保つことはアミロイドβの除去速度を保つことにもなります。脳血流の低下はアミロイドβの産生も増加させると言われており、悪循環に陥るのです。
そこで、私が提案する脳の血流量を確保する方法です。
血圧を薬で下げている場合、その低下したレベルによっては注意が必要です。個人差はあると思いますが、70歳以上になって120以下は恐らく低すぎるでしょう。140前後は必要なのではないかと考えています。80歳以上であれば150~160ぐらいでも良いと思います。血圧の薬を飲まなければならない人はすでに全身に動脈硬化を起こしているのです。そうであれば、ある程度血圧を上げなければ、脳だけでなく様々な組織に十分な血液を届けられなくなります。何種類も血圧の薬を飲んでいる場合は調整して、血圧をある程度の高さで保つようにします。
そして、コレステロールを下げないようにします。コレステロールは血管の細胞の細胞壁を作っている成分です。血管を丈夫にしたければコレステロールは必要です。コレステロールを低下せると脳出血が増加するという研究はいくつもあります。(もちろん増加しないという研究も確かにありますが)
また、体を循環する血液の量が少ないことも、脳の血流量の低下を招く可能性があります。ですから、心不全がないのであれば、高血圧の薬でまずやめるべきは利尿薬です。利尿薬を止めて食事を変えただけで、見違える変化を起こした患者さんもいます。そして、血液の量を保つために、水分を十分に摂取する必要があります。飲み過ぎは心臓に負荷がかかりますので、それぞれ個別に考える必要はありますが、夜にトイレに行きたくないという理由だけで水分を控えるのは良くないでしょう。体の大きさにもよりますが、いつも水分をあまり摂らない人であれば、1.5リットル程度、普通に摂っている人であれば1リットル程度余分に摂ります。ただし、一気に飲んではもちろんダメで、1日を通して少しずつ分けて飲みます。当然、糖質を含まない水分に限ります。また、塩分はそれほど控えめにする必要はありません。ただでさえ、高齢者は健康のためと思い、普段から塩分摂取量が少なすぎると思われるからです。(心不全のある方にはお勧めしません。)
この方法のデメリットは、脳出血のリスクが多少上がる可能性はあります。血圧が上がり過ぎると弱い脳の血管が破たんして出血を起こします。しかし、次の記事で取り上げる食事の変更を一緒に行うことで、脳出血のリスク増加を最低限にとどめられると思っています。また心不全を起こすリスクが上がる可能性があります。もともと心臓疾患のある方では難しいかもしれません。
私が提案するこの方法そのもののエビデンスは世の中にありません。しかし、いくつか示した様々な研究の証拠をつなぎ合わせれば矛盾はないと考えています。もちろん、これを行うかどうかは自己判断になってしまいます。でも、ただじっと待っていてもアルツハイマー病の特効薬は開発されません。(「ファイザーは認知症の薬の開発をあきらめた」参照)現状は悪化していきます。認知機能が低下しているならあまり時間的余裕がないことも確かです。逆転するのもタイミングが必要でしょう。医療に頼らなくてもできることがあるのですから。
そして、次回は「2.脳のエネルギーの低下」について書きたいと思います。
「Neurovascular regulation in the normal brain and in Alzheimer’s disease」
「正常脳およびアルツハイマー病における神経血管調節」(原文はここ)